1 アインクラッド

10 ②

 どさくさにまぎれて妙なことを口走るカタナ使いのわき腹をもう一度今度は強めにどやしつける。だが、クラインの台詞せりふが終わるか終わらないうちに、後ろに下がっていた五人のパーティーメンバーがガシャガシャ駆け寄ってきて、全員我先にと口を開いて自己紹介を始めた。

《風林火山》のメンバーは、全員がSAO以前からのみらしい。クラインは、独力で仲間を一人も欠くことなく守り抜き、攻略組の一角を占めるまでに育て上げたのだ。二年前──このデスゲームが始まった日、俺がひるみ、拒んだその重みを、彼は堂々と背負い続けている。

 胸中深くににじむ自己けんみ下し、振り返ると、俺はアスナに向かって言った。


「……ま、まあ、悪い連中じゃないから。リーダーの顔はともかく」


 今度は俺の足をクラインが思い切りみつける。その様子を見ていたアスナが、まんしきれないというふうに体を折るとくっくっと笑いはじめた。クラインは照れたようなだらしない笑顔を浮かべていたが、突然我に返っておれの腕をつかむと、抑えつつも殺気のこもった声で聞いてきた。


「どっどどどういうことだよキリト!?」


 返答にきゆうした俺のかたわらにアスナが進み出てきて、


「こんにちは。しばらくこの人とパーティー組むので、よろしく」


 とよく通る声で言った。俺は内心で、えっ今日だけじゃなかったの!? と仰天し、クラインたちが表情を落胆とふんの間で目まぐるしく変える。

 やがてクラインがぎろっと殺気充分の視線を俺に向け、高速ぎしりに乗せてうなった。


「キリト、てンめぇ……」


 これはただでは解放されそうもない、と俺が肩を落とした、その時。

 先ほど連中がやってきた方向から、新たな一団の訪れを告げる足音と金属音がひびいてきた。やたらと規則正しいその音に、アスナがきんちようした表情で俺の腕に触れ、ささやいた。


「キリト君、《軍》よ!」


 ハッとして入り口を注視すると、果たして現れたのは森で見かけたあの重装部隊だった。クラインが手を上げ、仲間の五人をかべぎわに下がらせる。例によって二列縦隊で部屋に入ってきた集団の行進は、しかし森で見た時ほど整然とはしていなかった。足取りは重く、ヘルメットからのぞく表情にもへいの色が見て取れる。

 安全エリアの、俺たちとは反対側のはしに部隊は停止した。先頭にいた男が「休め」と言ったたん、残り十一人が盛大な音とともに倒れるように座り込んだ。男は、仲間の様子に目もくれずにこちらに向かって近づいてきた。

 よくよく見ると、男の装備はほかの十一人とはやや異なるようだった。金属鎧も高級品だし、胸部分に他の者にはない、アインクラッド全景を意匠化したらしき紋章が描かれている。

 男は俺たちの前で立ち止まると、ヘルメットを外した。かなりの長身だ。三十代前半といったところだろうか、ごく短い髪に角張った顔立ち、太いまゆの下には小さく鋭い眼が光り、口元は固く引き結ばれている。じろりとこちらをへいげいすると、男は先頭に立っていた俺に向かって口を開いた。


「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ」


 なんと。《軍》というのは、その集団外部の者がてきにつけた呼称のはずだったが、いつから正式名称になったのだろう。そのうえ《中佐》と来た。俺はややへきえきしながら、「キリト。ソロだ」と短く名乗った。

 男は軽くうなずき、おうへいな口調でいてきた。


「君らはもうこの先も攻略しているのか?」

「……ああ。ボス部屋の手前まではマッピングしてある」

「うむ。ではそのマップデータを提供してもらいたい」


 当然だ、と言わんばかりの男の台詞せりふおれも少なからずおどろいたが、後ろにいたクラインはそれどころではなかった。


「な……て……提供しろだと!? 手前ェ、マッピングする苦労がわかって言ってんのか!?」


 どうごえわめく。未攻略区域のマップデータは貴重な情報だ。トレジャーボックスねらいのかぎけ屋の間では高値で取引されている。

 クラインの声を聞いたたん男は片方のまゆをぴくりと動かし、ぐいとあごを突き出すと、


「我々は君ら一般プレイヤーの解放のために戦っている!」


 大声を張り上げた。続けて、


「諸君が協力するのは当然の義務である!」


 ──ごうがんそんとはこのことだ。ここ一年、軍が積極的にフロア攻略に乗り出してきたことはほとんどないはずだが。


「ちょっと、あなたねえ……」

「て、てめぇなぁ……」


 左右から激発寸前の声を出すアスナとクラインを、しかし俺は両手で制した。


「どうせ街に戻ったら公開しようと思っていたデータだ、構わないさ」

「おいおい、そりゃあ人がすぎるぜキリト」

「マップデータで商売する気はないよ」


 言いながらトレードウインドウを出し、コーバッツ中佐と名乗る男に迷宮区のデータを送信する。男は表情一つ動かさずそれを受信すると、「協力感謝する」と感謝の気持ちなどかけらも無さそうな声で言い、くるりと後ろを向いた。その背中に向かって声をかける。


「ボスにちょっかい出す気ならやめといたほうがいいぜ」


 コーバッツはわずかにこちらを振り向いた。


「……それは私が判断する」

「さっきちょっとボス部屋をのぞいてきたけど、なまはんな人数でどうこうなる相手じゃないぜ。仲間もしようもうしてるみたいじゃないか」

「……私の部下はこの程度でを上げるような軟弱者ではない!」


 部下、という所を強調してコーバッツはいらったように言ったが、床に座り込んだままの当の部下たちは同意しているふうには見えなかった。


「貴様さっさと立て!」


 というコーバッツの声にのろのろ立ち上がり、二列縦隊に整列する。コーバッツははやこちらには目もくれずその先頭に立つと、片手を上げてサッと振り下ろした。十二人はガシャリと一斉に武器を構え、重々しい装備を鳴らしながら進軍を再開した。

 見かけ上のHPは満タンでも、SAO内でのきんぱくしたせんとうは目に見えぬ疲労を残す。あちらの世界に置き去りの実際の肉体はぴくりとも動いていないはずだが、その疲労感はこちらで睡眠・休息を取るまで消えることはない。おれが見たところ、軍のプレイヤーたちは慣れぬ最前線でのせんとうで限界近くまでしようもうしているようだった。


「……だいじようなのかよあの連中……」


 軍の部隊が上層部へと続く出口に消え、規則正しい足音も聞こえなくなったころ、クラインが気遣わしげな声で言った。まったく人のいいやつだ。


「いくらなんでもぶっつけ本番でボスに挑んだりしないと思うけど……」


 アスナもやや心配そうだ。確かにあのコーバッツ中佐という奴の言動には、どこかぼうさを予期させるものがあった。


「……一応様子だけでも見に行くか……?」


 俺が言うと、二人だけでなくクラインの仲間五人も相次いで首肯した。

「どっちがおひとしなんだか」と苦笑しながらも、俺もはらを決めていた。ここで脱出して、あとからさっきの連中が未帰還だ、などという話を聞かされたら寝覚めが悪すぎる。

 手早く装備を確認し、歩き出そうとした俺の耳に──。

 背後で、アスナにひそひそ話しかけるクラインの声が届いた。しようりも無く、と呆れかけたが、言葉の内容はまったく予想外のものだった。


「あー、そのぉ、アスナさん。ええっとですな……アイツの、キリトのこと、よろしくたのんます。口下手で、あいそうで、戦闘マニアのバカタレですが」


 俺はびゅんっとバックダッシュし、クラインのバンダナの尻尾しつぽを思い切り引っ張った。


「な、何を言っとるんだお前は!」

「だ、だってよう」


 カタナ使いは首を傾けたまま、じょりじょりとあごしようひげをこすった。


「おめぇがまただれかとコンビ組むなんてよう。たとえ美人の色香に惑ったにしても大した進歩だからよう……」

「ま、惑ってない!」


 言い返したものの、クラインとその仲間五人、そしてかアスナまでもがにやにやと俺を見ているので、口をひんまげて後ろを向くことしかできなかった。

 おまけにアスナがクラインに、任されました、などと言っている声まで聞こえた。

 ずがずがとブーツの底を鳴らし、俺は上階へと続く通路へと脱出した。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ グルメ・シーカーズ2の書影
ソードアート・オンライン28 ユナイタル・リングVIIの書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ミステリ・ラビリンス 迷宮館の殺人の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ グルメ・シーカーズの書影
ソードアート・オンライン IF 公式小説アンソロジーの書影
ソードアート・オンライン27 ユナイタル・リングVIの書影
ソードアート・オンライン26 ユナイタル・リングVの書影
ソードアート・オンライン プログレッシブ8の書影
ソードアート・オンライン プログレッシブ7の書影
ソードアート・オンライン25 ユナイタル・リングIVの書影
ソードアート・オンライン24 ユナイタル・リングIIIの書影
ソードアート・オンライン23 ユナイタル・リングIIの書影
ソードアート・オンライン22 キス・アンド・フライの書影
ソードアート・オンライン21 ユナイタル・リングIの書影
ソードアート・オンライン プログレッシブ6の書影
ソードアート・オンライン プログレッシブ5の書影
ソードアート・オンライン20 ムーン・クレイドルの書影
ソードアート・オンライン19 ムーン・クレイドルの書影
ソードアート・オンライン18 アリシゼーション・ラスティングの書影
ソードアート・オンライン17 アリシゼーション・アウェイクニングの書影
ソードアート・オンライン プログレッシブ4の書影
ソードアート・オンライン16 アリシゼーション・エクスプローディングの書影
ソードアート・オンライン プログレッシブ3の書影
ソードアート・オンライン15 アリシゼーション・インベーディングの書影
ソードアート・オンライン14 アリシゼーション・ユナイティングの書影
ソードアート・オンライン プログレッシブ2の書影
ソードアート・オンライン13 アリシゼーション・ディバイディングの書影
ソードアート・オンライン12 アリシゼーション・ライジングの書影
ソードアート・オンライン11 アリシゼーション・ターニングの書影
ソードアート・オンライン プログレッシブ1の書影
ソードアート・オンライン10 アリシゼーション・ランニングの書影
ソードアート・オンライン9 アリシゼーション・ビギニングの書影
ソードアート・オンライン8 アーリー・アンド・レイトの書影
ソードアート・オンライン7 マザーズ・ロザリオの書影
ソードアート・オンライン6ファントム・バレットの書影
ソードアート・オンライン5ファントム・バレットの書影
ソードアート・オンライン4フェアリィ・ダンスの書影
ソードアート・オンライン3フェアリィ・ダンスの書影
ソードアート・オンライン2アインクラッドの書影
ソードアート・オンライン1アインクラッドの書影