俺は身も凍る恐怖を味わいながら、必死にアスナと斬馬刀の間に身を躍らせた。ぎりぎりのタイミングで、俺の剣が悪魔の攻撃軌道をわずかに逸らす。途方もない衝撃。
擦れ合う刀身から火花を散らして振り下ろされた巨剣が、アスナからほんの少し離れた床に激突し、爆発音とともに深い孔を穿った。
「下がれ!!」
叫ぶと、俺は悪魔の追撃に備えた。そのどれもが致死とさえ思える圧倒的な威力で、剣が次々と襲い掛かってくる。とても反撃を差し挟む隙などない。
グリームアイズの使う技は基本的に両手用大剣技だが、微妙なカスタマイズのせいで先読みがままならない。俺は全神経を集中したパリィとステップで防御に徹するが、一撃の威力が凄まじく、時々体をかすめる刃によってHPがじりじりと削り取られていく。
視界の端では、クラインの仲間たちが倒れた軍のプレイヤーを部屋の外に引き出そうとしているのが見える。だが中央で俺と悪魔が戦っているため、その動きは遅々として進まない。
「ぐっ!!」
とうとう敵の一撃が俺の体を捉えた。痺れるような衝撃。バーがぐいっと減少する。
元々、俺の装備とスキル構成は壁仕様ではないのだ。このままではとても支えきれない。死の恐怖が、凍るような冷たさとなって俺の全身を駆け巡る。最早離脱する余裕すらない。
残された選択肢は一つだけだ。攻撃特化仕様たる俺の全てを以て立ち向かうしかない。
「アスナ! クライン! 十秒持ちこたえてくれ!」
俺は叫ぶと、右手の剣を強振して悪魔の攻撃を弾き、無理やりブレイクポイントを作って床に転がった。間髪入れず飛び込んできたクラインがカタナで応戦する。
だが奴のカタナも、アスナの細剣も速度重視の武器で重さに欠ける。とても悪魔の巨剣は捌ききれないだろう。俺は床に転がったまま左手を振り、メニューウインドウを呼び出す。
ここからの操作にはワンミスも許されない。早鐘のような鼓動を抑えつけ、俺は右手の指を動かす。所持アイテムのリストをスクロールし、一つを選び出してオブジェクト化する。装備フィギュアの、空白になっている部分にそのアイテムを設定。スキルウインドウを開き、選択している武器スキルを変更。
全ての操作を終了し、OKボタンにタッチしてウインドウを消すと、背に新たな重みが加わったのを確認しながら俺は顔を上げて叫んだ。
「いいぞ!!」
クラインは一撃食らったと見えて、HPバーを減らして退いている。本来ならすぐに結晶で回復するところだが、この部屋ではそれができない。現在悪魔と対峙しているアスナも、数秒のうちにHPが五割を下回ってイエロー表示になってしまっている。
俺の声に、背を向けたまま頷くと、アスナは裂ぱくの気合とともに突き技を放った。
「イヤァァァァ!!」
純白の残光を引いたその一撃は、空中でグリームアイズの剣と衝突して火花を散らした。大音響とともに両者がノックバックし、間合いができる。
「スイッチ!!」
そのタイミングを逃さず叫ぶと、俺は敵の正面に飛び込んだ。硬直から回復した悪魔が、大きく剣を振りかぶる。
炎の軌跡を引きながら打ち下ろされてきたその剣を、俺は右手の愛剣で弾き返すと、間髪入れず左手を背に回して新たな剣の柄を握った。抜きざまの一撃を悪魔の胴に見舞う。初めてのクリーンヒットで、ようやく奴のHPバーが目に見えて減少する。
「グォォォォォ!!」
憤怒の叫びを洩らしながら、悪魔は再び上段の斬り下ろし攻撃を放ってきた。今度は、両手の剣を交差してそれをしっかりと受け止め、押し返す。奴の体勢が崩れたところに、俺は防戦一方だったいままでの借りを返すべくラッシュを開始した。
右の剣で中段を斬り払う。間を空けずに左の剣を突き入れる。右、左、また右。脳の回路が灼き切れんばかりの速度で俺は剣を振るい続ける。甲高い効果音が立て続けに唸り、星屑のように飛び散る白光が空間を灼く。
これが俺の隠し技、エクストラスキル《二刀流》だ。その上位剣技《スターバースト・ストリーム》。連続十六回攻撃。
「うおおおおおあああ!!」
途中の攻撃がいくつか悪魔の剣に阻まれるのも構わず、俺は絶叫しながら左右の剣を次々敵の体に叩き込み続けた。視界が灼熱し、最早敵の姿以外何も見えない。悪魔の剣が時々俺の体を捉える衝撃すら、どこか遠い世界の出来事のように感じる。全身をアドレナリンが駆け巡り、剣撃を敵に見舞うたび脳神経がスパークする。
速く、もっと速く。限界までアクセラレートされた俺の神経には、普段の倍速で二刀を振るうそのリズムすら物足りない。システムのアシストをも上回ろうかという速度で攻撃を放ち続ける。
「…………ぁぁぁああああああ!!」
雄叫びともに放った最後の十六撃目が、グリームアイズの胸の中央を貫いた。
「ゴァァァアアアアアアアア!!」
気付くと、絶叫しているのは俺だけではなかった。天を振り仰いだ巨大な悪魔が、口と鼻から盛大に噴気を洩らしつつ咆哮している。
その全身が硬直した──と思った瞬間。
グリームアイズは、膨大な青い欠片となって爆散した。部屋中にキラキラと輝く光の粒が降り注ぐ。
終わった……のか……?
俺は戦闘の余熱による眩暈を感じながら、無意識のうちに両の剣を切り払い、背に交差して吊った鞘に同時に収めた。ふと自分のHPバーを確認する。赤いラインが、数ドットの幅で残っていた。他人事のようにそれを眺めながら、俺は全身の力が抜けるのを感じて、声もなく床に転がった。
意識が暗転した。