1 アインクラッド

15 ②

 ひときわ高まるゴドフリーの絶叫にかぶさるように、クラディールも奇声を上げる。剣先はじわじわとゴドフリーの体に食い込み続け、同時にHPバーは確実な速度でその幅をせばめていき──

 俺ともう一人の団員が声も無く見つめる中、クラディールの剣がゴドフリーを貫通して地面に達し、同時にHPがあっけなくゼロになった。多分、無数の砕片となって飛び散るそのしゆんかんまで、ゴドフリーは何が起きているのか理解していなかっただろう。

 クラディールは地面に突き刺さった大剣をゆっくり抜くと、機械じかけの人形のような動きで、ぐるんと首だけをもう一人の団員のほうに向けた。


「ヒッ!! ヒィッ!!」


 短い悲鳴を上げながら、団員は逃げようとむなしくもがく。それに向かってヒョコヒョコと奇妙な足取りでクラディールが近づいていく。


「……お前にゃ何の恨みもねえけどな……俺のシナリオだと生存者は俺一人なんだよな……」


 ボソボソと言いながら、再び剣を振りかぶる。


「ひぃぃぃぃっ!!」

「いいか~? 俺たちのパーティーはァー」


 団員の悲鳴に耳も貸さず、剣を打ち下ろした。


「荒野で犯罪者プレイヤーの大群におそわれェー」


 もう一度。


「勇戦空しく三人が死亡ォー」


 さらにもう一度。


「俺一人になったものの見事犯罪者をげき退たいして生還しましたァー」


 四撃目で団員のHPバーが消滅した。全身があわつ不快な効果音。だがクラディールには女神の美声にでも聞こえるのだろうか。爆散するオブジェクトの破片のただなかこうこつの表情で体をけいれんさせている。

 初めてじゃないな……。

 おれはそう確信していた。たしかにやつはついさっきまで犯罪者を示すオレンジカラーではなかったが、フラグを立てずに殺人を犯すきような方法はいくらでもある。しかし、今それを悟ったところで何になるだろう。

 クラディールがとうとう視線をこちらに向けた。その顔には抑えようのない歓喜の色が張り付いている。右手の大剣を地面に引きずるみみざわりな音を立てながら、奴はゆっくりこちらに歩み寄ってきた。


「よォ」


 ざまいつくばる俺のかたわらにしゃがみこみ、ささやくような声で言う。


「おめぇみてえなガキ一人のためによぉ、関係ねえ奴を二人も殺しちまったよ」

「その割にはずいぶんとうれしそうだったじゃないか」


 答えながらも、俺は必死に状況を打開する方法を考えていた。動くのは口と左手だけだ。状態ではメニューウインドウが開けず、よってだれかにメッセージを送ることもできない。焼け石に水だろうと思いながら、クラディールから死角になる位置でそっと左手を動かし、同時に言葉を続ける。


「お前みたいな奴がなんでKoBに入った。犯罪者ギルドのほうがよっぽど似合いだぜ」

「クッ、決まってんじゃねぇか。あの女だよ」


 きしんだ声で言いながら、クラディールはとがった舌でくちびるめまわした。アスナのことだと気付いて全身がカッと熱くなる。


「貴様……!」

「そんなコエェ顔すんなよ。しよせんゲームじゃねえかよ……。心配すんな、おめぇの大事な副団長さまは俺がきっちり面倒見てやるからよ。いろいろ便利なアイテムもあることだしなァ」


 クラディールはかたわらから毒水入りのびんを拾い上げ、チャプチャプと鳴らしてみせた。ひとつ不器用なウインクをし、続ける。


「それによ。おめぇさっきおもしれー事言ったよな。犯罪者ギルドが似合うとかなんとか」

「……事実だろう」

めてるんだぜぇ? いい眼してるってよ」


 くくくく。

 のどの奥からかんだかい笑いをらしながら、クラディールは何を考えたか、突然左のガントレットを除装した。純白のインナーのそでをめくり、あらわになった前腕の内側を俺に向ける。


「…………!!」


 そこにあったものを見て──俺は激しくあえいだ。

 タトゥーだ。カリカチュアライズされたしつこくかんおけの図案。ふたにはにやにや笑う両眼と口が描かれ、ずれたすきから白骨の腕がはみ出している。


「その……エンブレムは……《笑う棺桶ラフイン・コフイン》の……!?」


 かすれた声でそう口走ったおれに、クラディールはにんまりとうなずいてみせた。

《ラフィン・コフィン》。それは、かつてアインクラッドに存在した、最大最凶のギルドの名前だ。れいこくにしてこうかつな頭首に率いられ、次から次へと新手の殺人手段を考え出して三けたに上る数のせいしやを出した。

 一度は対話による解決もさくされたが、メッセンジャーを買って出た男も即座に殺された。ゲームクリアの可能性をぐに等しいPK行為に彼らを駆り立てる動機すら理解できないのに、話し合いなど成り立つはずもなかったのだ。やがて攻略組から対ボス戦なみの合同討伐隊が組織され、血みどろのとうの果てについにかいめつしたのもそう昔のことではない。

 討伐チームには俺もアスナも参加したが、しかしどこからか情報がれ、殺人者たちはげいげき態勢を整えていた。仲間を守るため半ばさくらんした俺は、その戦闘において、ラフィン・コフィンのメンバー二人の命を奪う結果となった。


「これは……ふくしゆうなのか? お前は、ラフコフの生き残りだったのか?」


 掠れた声でいた俺に、クラディールはき捨てるように答えた。


「ハッ、げーよ。そんなだせぇことすっかよ。俺がラフコフに入れてもらったのはつい最近だぜ。ま、精神的にだけどな。このテクもそん時教わったんだぜ……、と、やべえやべえ」


 かくん、と機械じみた動作で立ち上がり、クラディールは音を立てて大剣を握りなおした。


「おしゃべりもこの辺にしねえと毒が切れちまうからな。そろそろ仕上げと行くかァ。デュエルん時から、毎晩夢に見てたぜ……このしゆんかんをな……」


 ほとんど真円にまで見開かれた目にもうしゆうの炎を燃やし、りようはしり上げた口から長い舌を垂らしたクラディールは、つまさきちになって大きく剣を振りかざした。

 その体が動き始める寸前、俺は左手に握り込んだとうてき用ピックを手首の動きだけで放った。被ダメージの大きくなる顔面をねらったのだが、麻痺による命中率低下判定のせいで軌道がずれ、鋼鉄の針はクラディールの左腕に突き刺さった。絶望的なほどわずかな量、クラディールのHPバーが減少した。


「……ってえな……」


 クラディールは鼻筋にしわを寄せ、くちびるをめくりあげると剣先を俺の右腕に突き立てた。そのまま二度、三度とこじるように回転させる。


「……っ!」


 痛みはない。だが、強力な麻酔をかけた上で神経を直接刺激されるような不快な感覚が全身を駆け巡る。剣が腕をえぐるたび、俺のHPがわずかだか確実な勢いで減っていく。

 まだか……まだ毒は消えないのか……。

 歯を食いしばって耐えながら、体が自由になる瞬間を待つ。毒の強さにもよるが、通常麻痺毒からは五分程度で回復するはずだ。

 クラディールは一度剣を抜くと、今度は左足に突き下ろしてきた。再び神経をしびれさせるような電流が走り、にダメージが加算される。


「どうよ……どうなんだよ……。もうすぐ死ぬってどんな感じだよ……。教えてくれよ……なぁ……」


 クラディールはささやくような声で言いながら、じっとおれの顔を見つめている。


「なんとか言えよガキィ……死にたくねえって泣いてみろよぉ……」

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