一際高まるゴドフリーの絶叫に被さるように、クラディールも奇声を上げる。剣先はじわじわとゴドフリーの体に食い込み続け、同時にHPバーは確実な速度でその幅を狭めていき──
俺ともう一人の団員が声も無く見つめる中、クラディールの剣がゴドフリーを貫通して地面に達し、同時にHPがあっけなくゼロになった。多分、無数の砕片となって飛び散るその瞬間まで、ゴドフリーは何が起きているのか理解していなかっただろう。
クラディールは地面に突き刺さった大剣をゆっくり抜くと、機械じかけの人形のような動きで、ぐるんと首だけをもう一人の団員のほうに向けた。
「ヒッ!! ヒィッ!!」
短い悲鳴を上げながら、団員は逃げようと空しくもがく。それに向かってヒョコヒョコと奇妙な足取りでクラディールが近づいていく。
「……お前にゃ何の恨みもねえけどな……俺のシナリオだと生存者は俺一人なんだよな……」
ボソボソと言いながら、再び剣を振りかぶる。
「ひぃぃぃぃっ!!」
「いいか~? 俺たちのパーティーはァー」
団員の悲鳴に耳も貸さず、剣を打ち下ろした。
「荒野で犯罪者プレイヤーの大群に襲われェー」
もう一度。
「勇戦空しく三人が死亡ォー」
さらにもう一度。
「俺一人になったものの見事犯罪者を撃退して生還しましたァー」
四撃目で団員のHPバーが消滅した。全身が粟立つ不快な効果音。だがクラディールには女神の美声にでも聞こえるのだろうか。爆散するオブジェクトの破片の真っ只中、恍惚の表情で体を痙攣させている。
初めてじゃないな……。
俺はそう確信していた。たしかに奴はついさっきまで犯罪者を示すオレンジカラーではなかったが、フラグを立てずに殺人を犯す卑怯な方法はいくらでもある。しかし、今それを悟ったところで何になるだろう。
クラディールがとうとう視線をこちらに向けた。その顔には抑えようのない歓喜の色が張り付いている。右手の大剣を地面に引きずる耳障りな音を立てながら、奴はゆっくりこちらに歩み寄ってきた。
「よォ」
無様に這いつくばる俺の傍らにしゃがみこみ、ささやくような声で言う。
「おめぇみてえなガキ一人のためによぉ、関係ねえ奴を二人も殺しちまったよ」
「その割にはずいぶんと嬉しそうだったじゃないか」
答えながらも、俺は必死に状況を打開する方法を考えていた。動くのは口と左手だけだ。麻痺状態ではメニューウインドウが開けず、よって誰かにメッセージを送ることもできない。焼け石に水だろうと思いながら、クラディールから死角になる位置でそっと左手を動かし、同時に言葉を続ける。
「お前みたいな奴がなんでKoBに入った。犯罪者ギルドのほうがよっぽど似合いだぜ」
「クッ、決まってんじゃねぇか。あの女だよ」
軋んだ声で言いながら、クラディールは尖った舌で唇を嘗めまわした。アスナのことだと気付いて全身がカッと熱くなる。
「貴様……!」
「そんなコエェ顔すんなよ。所詮ゲームじゃねえかよ……。心配すんな、おめぇの大事な副団長さまは俺がきっちり面倒見てやるからよ。いろいろ便利なアイテムもあることだしなァ」
クラディールは傍らから毒水入りの瓶を拾い上げ、チャプチャプと鳴らしてみせた。ひとつ不器用なウインクをし、続ける。
「それによ。おめぇさっきおもしれー事言ったよな。犯罪者ギルドが似合うとかなんとか」
「……事実だろう」
「褒めてるんだぜぇ? いい眼してるってよ」
くくくく。
喉の奥から甲高い笑いを漏らしながら、クラディールは何を考えたか、突然左のガントレットを除装した。純白のインナーの袖をめくり、露わになった前腕の内側を俺に向ける。
「…………!!」
そこにあったものを見て──俺は激しく喘いだ。
タトゥーだ。カリカチュアライズされた漆黒の棺桶の図案。蓋にはにやにや笑う両眼と口が描かれ、ずれた隙間から白骨の腕がはみ出している。
「その……エンブレムは……《笑う棺桶》の……!?」
掠れた声でそう口走った俺に、クラディールはにんまりと頷いてみせた。
《ラフィン・コフィン》。それは、かつてアインクラッドに存在した、最大最凶の殺人ギルドの名前だ。冷酷にして狡猾な頭首に率いられ、次から次へと新手の殺人手段を考え出して三桁に上る数の犠牲者を出した。
一度は対話による解決も模索されたが、メッセンジャーを買って出た男も即座に殺された。ゲームクリアの可能性を削ぐに等しいPK行為に彼らを駆り立てる動機すら理解できないのに、話し合いなど成り立つはずもなかったのだ。やがて攻略組から対ボス戦なみの合同討伐隊が組織され、血みどろの死闘の果てについに壊滅したのもそう昔のことではない。
討伐チームには俺もアスナも参加したが、しかしどこからか情報が漏れ、殺人者たちは迎撃態勢を整えていた。仲間を守るため半ば錯乱した俺は、その戦闘において、ラフィン・コフィンのメンバー二人の命を奪う結果となった。
「これは……復讐なのか? お前は、ラフコフの生き残りだったのか?」
掠れた声で訊いた俺に、クラディールは吐き捨てるように答えた。
「ハッ、違げーよ。そんなだせぇことすっかよ。俺がラフコフに入れてもらったのはつい最近だぜ。ま、精神的にだけどな。この麻痺テクもそん時教わったんだぜ……、と、やべえやべえ」
かくん、と機械じみた動作で立ち上がり、クラディールは音を立てて大剣を握りなおした。
「おしゃべりもこの辺にしねえと毒が切れちまうからな。そろそろ仕上げと行くかァ。デュエルん時から、毎晩夢に見てたぜ……この瞬間をな……」
ほとんど真円にまで見開かれた目に妄執の炎を燃やし、両端を吊り上げた口から長い舌を垂らしたクラディールは、爪先立ちになって大きく剣を振りかざした。
その体が動き始める寸前、俺は左手に握り込んだ投擲用ピックを手首の動きだけで放った。被ダメージの大きくなる顔面を狙ったのだが、麻痺による命中率低下判定のせいで軌道がずれ、鋼鉄の針はクラディールの左腕に突き刺さった。絶望的なほどわずかな量、クラディールのHPバーが減少した。
「……ってえな……」
クラディールは鼻筋に皺を寄せ、唇をめくりあげると剣先を俺の右腕に突き立てた。そのまま二度、三度とこじるように回転させる。
「……っ!」
痛みはない。だが、強力な麻酔をかけた上で神経を直接刺激されるような不快な感覚が全身を駆け巡る。剣が腕を抉るたび、俺のHPがわずかだか確実な勢いで減っていく。
まだか……まだ毒は消えないのか……。
歯を食い縛って耐えながら、体が自由になる瞬間を待つ。毒の強さにもよるが、通常麻痺毒からは五分程度で回復するはずだ。
クラディールは一度剣を抜くと、今度は左足に突き下ろしてきた。再び神経を痺れさせるような電流が走り、無慈悲にダメージが加算される。
「どうよ……どうなんだよ……。もうすぐ死ぬってどんな感じだよ……。教えてくれよ……なぁ……」
クラディールはささやくような声で言いながら、じっと俺の顔を見つめている。
「なんとか言えよガキィ……死にたくねえって泣いてみろよぉ……」