一章 三ツ葉の探偵 ⑬

 ナユタが城からの一時だつを果たした時、メールボックスにはすでに三通のメッセージが届いていた。


【 なゆさんごめん! 頑張ったけどやられちゃった……また明日、たんていさんで! 】

【 すまない。私も負けた。ヤナギ氏もおつかれのようだし、君も今日のところはログアウトしてくれ 】

【 おそります。私もお役に立てませんで── 】


 どうやら三人ともあっさりとてつ退たいまれたらしい。無事にイベントフラグをいで城からだつしゆつできたのは、ナユタだけということになる。

《百八のかい》においては、デスペナルティとして、HPが〇になったプレイヤーはその後の六時間にわたってログインができなくなる。

 所持アイテムをランダムで一つ失う通常通りのペナルティもあるが、これは身代わりとして消失する《さるぼぼ》を持っている限り、あまりこわくはない。

 この人形の由来は、さるあかぼうを模した地方の名産品で、さいやくが「去る」とさるけたお守りらしい。

 百八のかいでは消失アイテムの代わりに「去る」という設定で、こうりやくぐみにとってはひつのアイテムとなっている。

 そもそもホラーテイストという事情もあって、今回のイベントではとつぱつてきなリタイアがそれなりに多い。

 さるぼぼはそれに対する救済であり、アスカ・エンパイアの他のクエストでは効果を発揮しない、かいイベント専用のとくしゆアイテムだった。

 それを持っている限りリタイアによるがいは少ないだろうが、六時間のログイン制限についてはどうしようもない。

 早期の合流はあきらめて、ナユタもひとまずログアウトすることにした。

 転送ポイントでイベントフラグをセーブし、ついでに消費したアイテムをよろず屋で買い直してから、かのじよは自分の部屋へともどる。

 ベッドから頭をあげると、窓の外はもう暗かった。

 部屋の外から母親のしかるような声がひびく。


ー、まだゲームやってるのー? 聞こえてたら、おいてるから入っちゃいなさーい」

「……うん。いま入る」


 ナユタは──くしいなは、返事をしながら自分の部屋を見回した。

 古い和風の世界観からこの部屋へもどると、そのちがいに少しばかりまどうことがある。

 ベッドの上にはきよだいでやや不細工なくろねこのぬいぐるみ。それがかろうじて女子高生らしいそうしよくひんで、他は総じて地味な部屋だった。

 かべしよだなには小説を中心に大量の本がまれ、机にはパソコンが一台、部屋の色使いは白系と黒系が多く、雑貨類はあまりない。よく片づいてはいるものの、男の部屋とでも思われそうな素っ気ない空間となっている。

 移動した居間では、兄と父がしようを指していた。

 今日は兄の方が優勢らしく、いつも気弱げな父がめずらしくけんしわを寄せ、せいだいうなっている。


「お兄ちゃん、今日は非番?」

「……非番じゃないのに親父おやじしようなんか指してたらまずいだろ」


 あきれた口調で返され、はくすりと笑った。

 アイランドキッチンから、母親も顔をのぞかせる。


「非番なのにデートの予定もなくお父さんとしようを指しているのも、それなりにまずいんじゃないかしら? かれとか連れてきたらお父さんはそつとうしそうだけど、お兄ちゃんがかのじよを連れてくる分にはだいかんげいよ?」


 独り者の兄は、聞こえないふりをしてかたをすくめた。

 ようやく次の手を打った父がおそおそる顔をあげる。


「……。念のために聞くけど、そういう相手はまだいない……よな?」


 が答えるまでもなく、兄がからからと笑った。


「いたら貴重な土曜日の午後をゲームなんかについやしてるわけないだろ。ほら、親父おやじ。王手」

「ああっ……お前、そこにけいはないだろ……うう、飛車とこうかんか……」


 決着は近いらしい。

 ソファにこしけたは、入浴の前にタブレットからいつも見ているサイトのチェックをはじめた。

 MMOトゥデイ。

 VRMMOの関連情報をあつかうこの大手ニュースサイトは、情報の速さと精度に定評がある。こうりやく情報だけでなく、業界の動向や新規ゲームの宣伝までもうしているが、ここ数日の目玉記事は、管理人シンカーによるカナダ旅行記だった。

 現地のソフトウェア会社を訪問し、新進えいのクリエイターたちへ直接インタビューを行う──そんな内容だが、同行しているにいづまのユリエールもひんぱんに写真のはしに登場するため、内容はいたって真面目ながら「公開しんこん旅行か」とごく一部でやっかまれている。

 が今日のこうしんぶんを読み始めた直後、サイトのトップに速報が入った。


『 アスカ・エンパイア、《百八のかい》新規クエストに不具合発生 』


(新規クエスト、って……まさか──)


 今週配信された新規クエストは、《じんろうの森》と《ゆうれいばや》の二つしかない。

 いやな予感とともに、はすぐさま記事をクリックする。

 読み進むうちに、このねんは完全に裏付けられた。


「……今週配信されたばかりの《ゆうれいばや》において、一部のユーザーから苦情が発生……? 内容を調査検証するため、配信を一時停止……再配信の時期は未定──って……」


 かのじよぼうぜんと、短い記事をいくか読み返す。急ぎの第一報ゆえか、苦情の内容までは書かれていない。


(そんな……だってヤナギさん、一週間以内にどうしてもクリアしたいって……)


 こうした一時的な配信停止は、過去にもいくか例がある。そのままさくじよされてしまったクエストもあるが、復活する場合でも修正に一ヶ月程度はかかるのが常だった。

 一週間以内でのクリアとなると、もはや絶望的といっていい。

 は追加の情報を求めて、ブックマークから《百八のかい》のこうりやくコミュニティへ移動した。

 案の定、そこにはゆうれいばやの配信停止に関するスレッドがすでに立っている。

 しんあやしい推測やうわさばなしが多いことは承知で、かのじよはその内容をかくにんしはじめた。

 急な配信停止にまどう声が多い中、いくつかのみがかのじよとらえる。


『 ゲームの中に、本物のゆうれいが出たらしい 』──


 は──ナユタは、くちびるをきつく引き結ぶ。

 このみが鹿鹿しいばなしではないことを、かのじよすでに知っていた。

 確かにかのじよも、〝データとしては存在しないはずのゆうれい〟をもくげきしている。

 ただし、それが《本物》のれいこんだなどとは思っていない。ほぼちがいなく、なんらかの種とけがある。

 そして困ったことに──今回はその種とけが、運営側にとって看過できないたぐいのものだった可能性が高い。

 のんしようを指す兄と父に背を向け、ナユタは独り、無意識のうちにきやしやこぶしにぎんでいた。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影