二章 狐の見舞い ①

 ねこは神である。

 神とは人知をえてされる存在であり、しんこうの対象である。

 いわしの頭も信心から、などと言う通り、しんこうする者さえいればいわしの頭でさえ神になる。


「……いわんやねこをや、というのが連中の主張だ」


 きつねがおたんていクレーヴェルはどこかうんざりとした表情で、かべして向かいにあるりんしつを指さした。

 いくさ巫女みこのナユタとしのびのコヨミは、そろってその方向に視線を向ける。

 たんていしやとなりの部屋を借りているのは、〝ねこがみしんこう研究会〟なるあやしい組織だった。

 得体は知れないが、さしあたって実害があるようにも思えない。

 ボットのねこまたひざせたコヨミが、あごしたでながら力なく笑った。


「まあ、神様とねこさまってづらも似てるしねー……あと人間に無関心なとことか、人間をぼくと思ってそうなとことか、みついでも見返りがないとことか、共通点も割と多そうだし──」


 かのじよらしい言い草に、ナユタはたんそくを向ける。


「コヨミさんってたまに言うことが黒いですよね。信心深い人におこられますよ」

「……その信心深い人らがよってたかってうちのおじいちゃんから土地とその他資産をひっぺがしていった結果、私はつまんないOLやってるの……あの遺産があったら一生ニートできたのにっ!」


 それはそれでどうなのかと思わないでもない。

 半分は同情し、半分はあきれて、ナユタはコヨミの頭を適当にまわした。


「残念でしたね、コヨミさん。それより……となりねこがみしんこうひとたちって、じようだんで活動してるわけじゃないんですか? しんこうしてるっていうなら、教義とかは……」


 しつづくえひじをついたクレーヴェルが、しようとともにかたをすくめた。


「あるにはある。〝ねこは聖なるけものである〟〝ねこあがめよ〟〝おやつをあげすぎるな〟〝つめとぎボードを用意せよ〟〝栄養のバランスに気をつけよ〟〝予防接種は確実に〟〝トイレはきちんとそうせよ〟……だったかな?」

「……三つ目以降、ただのねこの飼い方ですよね?」


 たんてい事務所につどった三人は、日曜の早朝からやくたいもない会話を重ねていた。

 きつねのようなぎんぱつの青年たんてい、クレーヴェル。

 幼く見えるがれつきとした社会人のにんじや、コヨミ。

 そして身軽さを重視したしゆくうけんいくさ巫女みこ、ナユタ──

 三人ともにその顔色はえない。

 早朝とはいえ、窓の外は今日も暗い。あやかし横丁は常に夜の街であり、空に朝日がのぼることは決してない。

 そしてナユタたちの精神状態も、現状、夜明けからはほどとおかった。

 クエスト《ゆうれいばや》のとつぜんの配信停止により、かのじよたちは今、その動きをふうじられている。

 とりあえずとばかりに事務所には集まったものの、らいぬしたるヤナギもまだ来ていない。

 ボットのねこまたとコヨミが、同時に欠伸あくびらした。


「ふあ……ねー、なゆさん。なんかあまいもの食べたい……ねこぢや行こっか? ヤナギさんにもメールして、待ち合わせそっちにしてさー」


 あまいものでも食べれば、みようあんが──かぶとは思えないが、当面のストレスは軽減されそうだった。


「わかりました。たんていさんも行きますよね?」

「……ねこぢやか……ああ、ヤナギ氏には私からメールを送っておこう」


 メニューウィンドウを操作しながら、たんていが立ち上がった。

 ナユタとコヨミは一足先に事務所を出る。

 昨日までと同じく、そこには高さ三メートルにおよくろねこだいぶつちんしていた。

 ──気のせいか、前足の角度が昨日とはみようちがっているように見える。

 気づかぬふりをして通り過ぎ、三人はよいやみ通りをけて、あやかし横丁の表通りへともどった。

 ゲームの中は常に夜でも、実際の時間は休日の朝とあって、そこそこ人通りは多い。

 夜空を見上げればどんてんから大量の長い手が生え、まるでクラゲのしよくしゆのようにうごめいていた。


「……あれって、〝なんとなく不気味〟以上の意味はあるんでしょうか?」

「さて。〝雲をつかむ〟ような話だね」


 たんていが鼻で笑う。

 じようだんのようなその答えに、ナユタはみようなつとくしてしまった。

 この街は結局、〝よくわからないもの〟が意味もなく適当にうごめいている場所だった。

 よく言えばふところが深く、悪くいえば節操がない。

 無意味なものも、無意味なままで存在を許される──そういう意味では、多くの人々にとってここは存外に心地ごこちがいい。ホラー的な空間のはずなのに、全体としてみような活気がある。

 やがてとうちやくしたねこぢやは、ひっきりなしに客が出入りしていた。

 出入りのすうしゆんかれらの姿はゆうれいのように不安定になる。

 店の入り口を境に、入店する時は体がおぼろに消え、退店する時は逆にかびがって実体化する。

 この出入り口は転送ゲートのような仕様で、客はコピーされた複数のてんへ飛ばされるため、いつ来ても混雑とはえんだった。

 ナユタたち一行も、他にだれもいないがら空きの店内へと飛ばされた。

 適当なテーブル席に案内されながら、接客するねこまたあごしたをコヨミがわしわしとでる。


「まだ朝だし、さっぱりしたのがいいかなあ。今日は私も豆かんにする! なゆさんはいつも通り?」

「はい。豆かんで」


 コヨミは気分だいで注文をよく変えるが、ナユタは七割程度の確率で豆かんをたのむことが多い。

 えんどう豆と寒天だけのシンプルなあまだが、寒天の歯応えがよく、みつあまみがちょうどいい。えんどう豆も特別仕様で、よそのてんのそれとは物がちがう。

 ひとみでぷちんと小気味よくはじけ、バニラビーンズにも似たほのかにあまかおりがくちいつぱいに広がるその豆は、現実には存在しないしろものだった。

 じゆんすいな豆かんを求めて来る客はさておき、こうしたようせつちゆうの不可思議な味わいが、この店の人気にもつながっている。

 並んですわるナユタとコヨミの向かいに、たんていこしをおろした。


「私も同じものでいい。豆かん三つでたのむ」


 はつを着たマンチカンが小さくうなずき、注文票に筆記をしながら、とてとてとおくちゆうぼうへ歩いていった。


たんていさんもここ、よく来るの?」


 コヨミが問うと、クレーヴェルはあいまいうなずいた。


「観光案内では定番のスポットになっている。海外の客にも評判がいい。ただ──豆かんは食べたことがないな。注文したことは何度かあるんだが」


 みようなことを言い出した。


「ああ、もしかしてちがえですか? 私とコヨミさんが知り合ったのも、おたがいの豆かんとわらびもちちがってはいぜんされたのがきっかけで──」

「……いや、ちがえというか……」


 クレーヴェルがけた矢先、早くもねこまたぼんを運んできた。

 豆かんを盛ったとうわんが二つ。

 それともう一つ、あまり見覚えのないふながたのガラス容器に、黄色い円柱と大量の生クリーム、色とりどりのフルーツをごうせいに盛り合わせ、カラメルソースとチョコレートをトッピングした明らかにかんのないいつぴんが一皿──


「……え。何それ。え?」


 混乱するコヨミをよそに、ねこまたはそれぞれの前にうつわを置いていく。

 クレーヴェルの前に置かれたのは、ごうせいな《プリン・ア・ラ・モード》だった。

 注文は豆かん三つである。何をどうちがえたらこうなるのか、ナユタにはさっぱりわからない。


「……たのんだの、豆かん三つですよね?」


 はいぜんねこまたに問いかけると、マンチカンは不思議そうに首をかしげ、そのまま近くのキャットタワーへよじ登り、最上段で丸くなってしまった。

 こうかんはしてくれないらしい。

 クレーヴェルがけんに指をえる。


「……高すぎる幸運値のえいきようで、私がここに来るといつもメニューにないとくしゆな品が出て来る。どうも生クリーム系は苦手なんだが……このプリンも三度目だ。もしよければきみたちで分けるといい」

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ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
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