二章 狐の見舞い ②

 ふながたうつわに盛られたプリンアラモードを、クレーヴェルがナユタたちの前にしだした。

 運がいのか悪いのか、もはやよくわからない。

 ねこぢやではめずらしいこの特製スイーツを前に、コヨミが子供のようにかがやかせた。


「まじで!? わーい、いっただっきまーす!」


 えんりよなくプリンにスプーンをし、周囲の生クリームをえて一口ほおるや、かのじよは満面のみを見せた。


「うまっ!? 何これうまっ! ド・ロタ・ボー・パーラーの最高級イツマーデンプリンえてるっ! なゆさんなゆさん、ほら食べてみなって!」


 目の前にスプーンを差し出され、ナユタは流されるままにプリンを口にいれた。

 あますぎずさっぱりとしたしたざわりながら、カスタードの風味はのうこうで、カラメルのほろ苦さが味の深みとなって確かに美味おいしい。

 ──が、ナユタは寒天のほのかなあまみと歯応えのほうが好みでもある。

 同時に、その味をまだ知らないらしいクレーヴェルを少しだけ気の毒にも感じた。

 ナユタはまだ手をつけていない豆かんをクレーヴェルの前へ置き直す。


「それじゃ、たんていさんには私の豆かんを代わりに──どうぞ」


 クレーヴェルが切れ長の目をわずかに細めた。


「君が注文したものだろう。いいのか?」

「私はいつも食べていますから。おづかいなく」


 コヨミがナユタへあまえるようにもたれかかった。


「だったらなゆさん、プリンも豆かんも私と半分こしよ? それならおたがいに両方食べられるし。はい決定ー」


 そのまま口元に、カットしたスイカを差し出される。

 このけをなおに受け入れながら、ナユタは真顔でたんていに向き直った。


「……さて、クレーヴェルさん。今後の話ですが……」

「……もう? もうちょっと現実とうしてようよ……」


 コヨミがとなりでぽつりとささやいたが、そうもいかない。

 ヤナギからのらいは、クエスト《ゆうれいばや》を一週間以内にクリアすること──

 かんじんのクエストが配信停止になってしまった今、ナユタたちにできることは何もない。

 大手のゲーム情報サイト、MMOトゥデイにも続報はまだなく、公式からの情報発信もえている。


「配信停止になったクエストが、修正を経て再配信されるまでには、早くても半月──通常なら一ヶ月程度はかかります。ヤナギさんのらいは……残念ながら、もう達成不可能です」


 この事実は認めないわけにいかない。どう足搔あがいたところで、そもそも配信されていないクエストをプレイする手段はない。

 クレーヴェルがきつねのような顔でくすりとわらった。


「まったく、困った話だね。こういう事態は私も想定していなかったが、ひとまずはヤナギ氏からのれんらくを待とう。らいするか、それとも時期をずらして再配信を待つか、あるいは……ヤナギ氏の〝本当の目的〟を教えてもらい、それに対応するか、だね」


 コヨミがハムスターのようにメロンをかじりながら、器用に首をかしげた。


「本当の目的? クエストのクリアじゃなくて?」


 クレーヴェルがせた。


「昨日、君も疑問に思っただろう? 〝こんなクエストのクリアに百数十万円も出すなんて、つうじゃない〟──その通りだ。しかし、ヤナギ氏は大金を出してでもさつきゆうにクリアしたい何らかの事情をかかえている。その内容によっては──ただクエストをクリアする以外にも、かれの望みをかなえる手段があるかもしれない。そういう話だ」


 コヨミが逆側に首をかしげ直した。


「えーと……そもそもヤナギさんって、どうしてクエストクリアしたいのかな?」


 たんていが豆かんを口にいれた。


「──ん。これは確かにうまい……実のところ、ある程度まで想像はついている。ただ、本人のプライバシーに関わることだし、かくにんもとらずに私が無責任な推論を述べるわけにはいかない。ヤナギ氏から直接、聞いたほうがいいだろう。赤の他人である我々に、それを話すかどうかの判断もふくめて──結局はかれだいだ」


 もったいぶっているわけではないらしい。クレーヴェルの口調には、これまでよりもしんひびきがあった。

 ナユタもえんりよむ気はない。人にはそれぞれ、かかえている事情がある。

 コヨミが要領を得ない顔で、カットされたスイカをしゃくしゃくとかじった。


「よくわかんないけど、まだあきらめないってことでいいのかな?」

「私としてはあきらめないつもりだけれど、結局のところ、すべてはらいぬしの意向だいかな」


 クレーヴェルが不意にメニューウィンドウを開いた。何かメッセージが届いたらしい。


うわさをすれば、さっそくヤナギ氏から……いや。ちがう──これは……」


 クレーヴェルの目つきがわずかに険しさを増した。


「どうしたんですか? もしかしてらいとか……?」


 ナユタが身を乗り出すと、たんていは逆に身を引かせた。


「ヤナギ氏のご家族からだ。ヤナギ氏が体調不良でログインできないため、こちらに来られないと……可能ならじかに会ってくわしい話を聞きたいと、そんな代筆のメールが来ている。記名はけているが、文面からしておくがたのようだな」


 ゲーム内から送られたメッセージではなく、転送されてきた電子メールらしい。

 ナユタは思わずコヨミと顔を見合わせた。


「体調不良でログインできないって……ヤナギさん、何かあったんでしょうか?」

おくさんからのメールって……ま、まさか運営が配信停止を決めた苦情って、ヤナギさんとこがほつたんとか……? 〝おじーちゃんが調子悪くなったのはゲームのせいだ!〟みたいな……」


 こうれいしやがゲームの直後に体調をくずし、家族がそのことについて運営側に苦情を送る──こうはさておき、ありえそうな事例ではある。

 だが、クレーヴェルはそくに首を横にった。


「それはない。運営に届いた苦情の内容については、昨夜のうちにかくにん済みだ。どうも我々よりも少し早く、城内への進入に成功した他のパーティーがいたらしい。で……その中の一人が、データとしては存在しないはずの《ゆうれい》におどろいて気絶し、アミュスフィアの安全装置が働いて強制ログアウトにまれた。そばにいた家族があわてて救急車を呼び、その後、病院側から運営にもれんらくがいって──安全性をかくにんするためにきんきゆう配信停止、という流れだったと聞いている。たおれたのは二十代の大学生らしい」


 ナユタは少なからずおどろいた。

 運営からの発表はそこまでくわしい内容にれられていない。特に報道されたわけでもなく、ネット上のうわさも「本物のゆうれいが出たらしい」

程度にとどまっている。


「そんなくわしい情報、一体どこから……?」


 たんていは事も無げにこの問いを受け流した。


「商売がら、情報源はいろいろあってね。ついでに、配信停止に至った本当の理由は苦情のせいじゃなく……苦情をきっかけに、運営側がしんの見落としに気づいたせいだ。あの《ゆうれい》はかれらにとっても想定外だったらしい」


 コヨミがうなる。


「想定外のゆうれいかあ……あのさ、ヤナギさんが来てから話そうと思ってたんだけど、二人はどこに飛ばされて何を見たのか、聞いてもいい?」


 クレーヴェルがおうよううなずいた。


「私は城の天守閣に飛ばされた。目の前に現れたのは、かつて死んだ友人……同期の仲間だ。その後、きつねめんをつけたわらべが出てきて、道案内をたのんだんだが──直後にしゆうをかけてきたじよろう蜘蛛ぐもに、善戦むなしくたおされた」

「……たんていさんのステータスで善戦とか、明らかにうそですよね?」


 ナユタのみに、クレーヴェルはうすわらいをかべたのみだった。

 えて、かのじよも自身の進行じようきようを話し始める。


「私が最初に飛ばされたのは、んだ通路がそのまま前後に延びたような場所でした。やっぱりきつねめんの子が出てきて、〝かくれんぼをして遊ぼう〟っていわれて──その後、かれを探しながら、ろうとかふるの底の通路をたんさくして、イベントアイテムっぽいものをいくつか見つけて、ちょうど近くに出口もあったので一時だつしただいです」


 コヨミとクレーヴェルが、信じがたい生き物を見るようなをナユタに向けた。


ろう……」

ふる……」

「はい。知った顔のゆうれいらしきひとかげも出てきましたけれど、ちらりと見えた程度なので、あまり印象には残りませんでした。わなはいくつかありましたけれど、ダメージ系よりびっくり系が中心ですね。一人ずつ分断されたのはやつかいでしたが、こうりやく難度そのものはさほど高くないと思います」

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影