二章 狐の見舞い ⑨

 かれは自らのどうように気づいた直後、その演技力を使して平静をよそおう。


「……何故なぜ、そんなことを私に聞くのかな?」

「私には……わからないんです。VR技術に一番くわしかったはずのかれが、どうしてあんな大量ぎやくさつを起こしたのか。大勢の人間が不幸になるとわかっていたはずなのに──数千人の命をうばって、その命に関わる数万人の遺族の人生をゆがめてまで、一体何をしたかったんだろう、って──」


 クレーヴェルが真顔に転じた。

 きつねのようなかれに、いつしゆんだけきように近いいびつな光が宿る。


「……その答えがどんなものであれ──私は、かれを決して許さない」


 たんたんんだこわで話しながら、クレーヴェルは机の上で指を組んだ。


「私はかれを心の底からけいべつしている。もしもまだ生きていたとしたら、この手で殺したいほどにくんでもいる。自らのかたよった理想のために大量ぎやくさつおかしたかれは、権力を守るために罪をおかした歴史上の大量ぎやくさつしやたちと、本質的な部分ではさして変わらない。わかっていてこうおよんだ時点で、罪の意識がはくだったことも推測できる。よく科学者が、自らの研究成果を兵器に転用されてのうするという話を見かけるが──かれの場合は他人に転用されたわけではなく、自らの意志でわなけ、故意に不特定多数の殺害におよんだ。とうていようできる要素はない」


 これまでのひようひようとしたかれからは想像もつかないかたくなな反応に、ナユタはまどった。

 ひざの上ではコヨミも固まっている。クレーヴェルのはくりよくまれ、その口からいつもの軽口が出てこない。

 声こそ冷静で、らしているわけでもないが、それゆえに異様なすごみを感じてしまう。

 たたりをなすきつねがそうするように、クレーヴェルの細いひとみにはぞうの光が明確に宿っていた。


「……かやあきひこという男についてどう思うかと問われれば──私の答えは単純だ。〝すべき、独りよがりの大量ぎやくさつしや〟。かれが何をしたかったのかなど、考えるだけだよ。それがどんな回答であろうと、家族や友人の死という現実の前では、ただの鹿げた戯言たわごとにしかなり得ない」


 かれのそんないかりをの当たりにして、ナユタは気づく。


たんていさんは……SAOサバイバーなんですね」


 クレーヴェルの真顔がいつものうすわらいに転じた。


「……君は私よりたんていに向いていそうだ。よく気づいたね? 確かに私は、かつてあのゲームにとらわれていた」


 かれいかりには、ぞうの対象を明確に知る者ならではの信念が宿っていた。

 クレーヴェルはおそらく、かやあきひこという男を──あるいは、ソードアート・オンラインの中でかやふんしていたヒースクリフというキャラクターを、個人的に知っている。

 ──その意味で、かやという人間を名前だけしか知らないナユタとはちがっていた。

 張りついたようなかれがおが初対面からさんくさく見えた理由についても、かのじよはようやく理解する。

 かれがおの時も笑ってなどいない。

 表情をがおと同じ形にしているだけで、そこに宿った感情は明らかに別物だった。

 固まっていたコヨミが、ナユタのひざからおそおそる起きあがった。


「わ、わお……SAOサバイバーの人って初めて見た……」

「人をちんじゆうみたいに言わないでくれ。世の中に六千人ほどいるわけだから、そうめずらしいものでもないだろう」


 クレーヴェルがいつものひようひようとした声でからかったが、コヨミは表情をくもらせる。


「そっか……たんていさん、大変だったんだね……さんくさいとか言ってゴメン。そんな目にったら……そりゃ人間不信にもなるよね……」

「……別に人間不信になったつもりはないんだが……そもそも私はせいかんできたわけだし、大変だったのはくなった人々のほうだよ。私が《ゆうれいばや》の中で見た同期のゆうれいというのも──アインクラッドで死んだ友人でね」


 ナユタの心臓に、ちくりと痛みが走った。

 たんていが目をせる。


「──ごていねいに、当時のきんぞくよろいのままで出てきた。かんもあったが……データとしては存在しないはずの、あの《ゆうれい》の正体と仕組みを見定めないことには、運営も再配信に動けない。昨日、病院でも話した通り、が我々のねらい目だ。たんていとしてのきようにかけて──ヤナギ氏からのらいは、きちんと成功させてみせる」


 いつになくしんけんかれの声に、ナユタは力強くうなずいた。

 再配信には、早くとも一ヶ月程度はかかる。

 この一ヶ月とはすなわち、クエストの調査と修正のために必要な時間だった。


 その〝調査〟を、だれが行うのか──


 クレーヴェルは今回、そこにをつけた。

 配信停止直後から、かれは自らの人脈を使して動き回り、調査にたずさわるテストプレイヤーのけんもととして、《クローバーズ・ネットワークセキュリティ・コーポレーション》をむことに成功したらしい。

 くわしいけいはわからないが、かれには運営側との太いパイプがあるという。


〝そもそも《アスカ・エンパイア》の運営は、しやにとって大事な取引先の一つだ。これまでにつちかってきたしんらいと実績もある。それと……ヤナギ氏の存在もいたな。個人的に親交のあるえらい人が結構な浪花なにわぶしでね。事情を話したら二つ返事で我々をねじんでくれた〟


 つい昨日、クレーヴェルはのようにかろやかな口調でそんな説明をした。

 いに行く前にあらかたの話をつけておいたらしいが、つまりはくなったヤナギの孫の件で事実かくにんをする前に、推論の段階で運営側とこうしようを進めていたことになる。

 先方の検証方針が固まる前にいち早く、というあせりもあったのだろうが、その動きの早さにはナユタも舌を巻くばかりだった。

 かれもくは奏功し、ナユタたちはこれから、クレーヴェルの会社にやとわれて《ゆうれいばや》の調査をねたテストプレイにいどむ。


「……それにしても、よく外部のわたしたちを調査に使う許可がおりましたよね。こういうのって社内だけで検証するものだと思ってました」


 ナユタのてきたんていうなずいた。


「もちろん《アスカ・エンパイア》の運営側にも検証チームがいる。だが、かれらは基本的に来週以降に配信される新規クエストのチェックでいそがしい。こうしたとつぱつてきなトラブルへの対応までは手が回りにくい。だからトラブル対応班もいるんだが、かれらも常に複数のトラブル処理をかかえていてひまではないから、なんだかんだで再配信まで時間がかかってしまう。かといって、経費とセキュリティの問題もあるからうっかり外部たくもしにくい。ごろから取引のあるセキュリティ関係会社が〝タダ同然でいいから手伝わせてしい〟と土下座してたのめば、こうした案件ならどうにか無理が通るということさ」

「……したの? 土下座?」


 コヨミが小声で問うと、クレーヴェルはめずらしく苦笑いを見せた。


「行動としてはしていないけれど、気分的にはね。運営側に借りができた。とはいえ、向こうにとっても悪い話じゃない。プレイヤーに何か問題が起きても責任はこちらにあるというけいやくだし、うまくいけば再配信までの期間を短縮できる。ただ、きみたちも守秘義務は守ってくれ。これから見聞きするものについては他言無用だ。ナユタに関してはあまり心配していないが、コヨミ……君は口が軽そうだから」


 コヨミがぶんむくれて異議を唱える。


「なにおう。確かに軽いけど、本当に言っちゃダメなことは言わないよ? なゆさんの3サイズとか、ブラのカップとか」

「それを言ったらもうひざまくらしてあげません」


 コヨミがそくに口を閉ざした。しかられるとわかっていて口にするあたり、かのじよもなかなかりない。

 ちょうどそこへノックの音が重なる。


「失礼、ヤナギです。予定より早いのですが──」


 クレーヴェルが机から立った。

 待ち合わせは十三時だが、まだ正午にもなっていない。


「まったく、気の早い方々だ……ヤナギさん、他の二人も何故なぜか来ています。どうぞお入りください」


 とびらを開けたろうそうは、編みがさわきかかえ深々と一礼した。

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