三章 幽霊囃子 ②

 その先で手に入る合流用のキーアイテム〝楽器〟を、ナユタ以外の三人はまだ入手していない。

 まずは楽器のたんさく、しかる後に合流、そしてボスのとうばつ──可能ならば、今日一日ですべてを済ませたい。


「コヨミさん、かくは決まりましたか」


 一行の中でゆいいつかくが決まっていなさそうなかのじよに、ナユタはやさしく問いかけた。

 コヨミはようやくナユタのこしから手を外し、小刻みにふるえながらうなずく。


「だ、だいじよう……だと思う……たぶん……なゆさん、後で合流できたら、めちゃくちゃめてあまやかしてね? それくらいのごほうないと心が折れそうっ……」

「はあ……じゃ、行きますね」


 げんあたえないままして、ナユタは一足先にくらやみの向こうへんだ。

 ちゆうちよのない足取りに置いて行かれまいと、コヨミがあわてて追いすがる。

 クレーヴェルとヤナギも二人の後へと続き──

 そして四人はやみの中、城内の各所へ散り散りに飛ばされた。





 幼い孫から「人生の意味」を聞かれた時、ヤナギはまともに答えられなかった。

 いわゆる教科書的な答えならばいくつかある。

 それを探すのが人生だ、とか、よく遊びよく学ぶことだとか、あるいは家族と過ごしたり子孫を残したりといった、生物的な喜びについて説明することも可能ではあった。

 そもそも相手は子供である。本来なら未来への希望を語るだけで、「生きる意味」などいくらでも見つけられる。

 しかしヤナギは──答えられなかった。

 言葉にまり、首をかしげ、「じいちゃんにもよくわからん」とおだやかに笑うのがせいいつぱいだった。

 孫のきよふみは、自身が成人まで生きられないことを知っていた。

 病院からほとんど出られず、学校にも通えず、友人とも遊べない──そんな自分の人生に一体どれほどの意味があるのか、かれは幼いころから常に自問していた。

 きよふみが死んだ今も──

 ヤナギは、孫の問いにどう答えるべきだったのかわからずにいる。

 孫の死からさほど日々をおかずに自分の死期も見えてきたが、存分に生きてろうすいで死ぬヤナギと、成人すらむかえられなかった孫とでは、そもそものきようぐうちがいすぎた。


(私は、きよふみに……何もしてやれなかった)


 そんなこうかいかかえて、ヤナギは今、にせものの肉体でこの場に立っている。

 ヤナギの視界には、土曜日におとずれた時と同じ柱のない大広間が映っていた。

 ゆかたたみてんじようは板張りで、光源もないくせに何故なぜかはっきりと見えている。

 まるで合わせ鏡のように延々と続くこの大広間について、ヤナギはたんていから推論交じりのレクチャーを受けていた。


〝ループしている空間からす方法については、いくつかのセオリーがあります。何らかのヒント、かくしスイッチ等を見つける、とくしゆなアイテムを使う、あるいはその空間を支配する敵をたおす……一定時間の経過を待ったり、歩いたきよで判定するという例もありますが、先日のほこらけを見る限り、お孫さんはきちんとヒントを出すフェアな開発者のようです。逆にいえば、ぐうぜんに解けるようなけは作らないでしょうから、転送後はいきなり歩き出さずに周囲をよく観察してみてください〟


 助言を思い出しながら、ヤナギはあたりを見回した。

 この空間には柱もかべもない。あるのはてんじようたたみばかりである。

 もしもかくとびらやスイッチがあるとしたら、手の届かないてんじようか、あしもとに連なるたたみのいずれかしかない。


(前回は、適当に歩き回っているうちに落とし穴へ落ちてしまいましたが……)


 本来はそくするようなわなではなかったが、レベル1のヤナギはそもそもHPが低く、あっさりと退場にまれた。

 テストプレイとなる今回はレベル調整を受けているが、それでもやみに歩き回るのは得策といえない。


(さて、たたみには特に異状なし──てんじようは、と……)


 頭上をじっと見上げたヤナギは、てんじよういたの木目がみようゆがんでいることに気づいた。

 ──昔、きよふみが言っていたことをふと思い出す。

 病状が深刻でないころ、旅先の旅館で、幼いきよふみてんじようの木目が人の顔に見えると言い出した。

 子供にはよくあることで、両親はおもしろがってゆうれいだお化けだとおどかしたが、ヤナギはそれとは別の「きよふみが求めている答え」を知っていた。

 仕事でいそがしく、あまり子供に構えなかった両親より、いんきよの身で常に孫と接してきたヤナギのほうが、かれの性格をよくあくしていた。

 きよふみは合理的な子供だった。

 かれゆうれいこわがったのではなく、〝どうして木目が人の顔に見えるのか〟、その理由を知りたがっていた。

 だからヤナギは、きよふみが知りたいことを、おだやかにていねいに説明した。

 木目は木の生長によってできること。

 人やけものの大半は、両目と口の位置が逆三角形に配置されていること。

 そのせいで、逆三角形に並ぶ〝三つの点〟を見ると、人はそこについ〝顔〟を連想してしまうこと。

 これはシミュラクラ現象と呼ばれ、昔はかべみや木の葉のかげなどをしんれい写真とにんする例も多かったこと。

 そうした知識を吸収する時のきよふみは、いつもきらきらとかがやかせていた。

 ふとのうをよぎったそんな思い出は、今のじようきようと無関係ではない。


(……板張りのてんじよう……木目……)


 見上げたてんじよういたの木目は、明らかに不自然なゆがみ方をしていた。

 ただしそこにいた模様は、人の顔などではない。

 三角形に近いが、えいかくで、なおかつ尻尾しつぽのように線が生えている。


(……矢印?)


 方向は、ヤナギの後ろを示していた。

 かえったヤナギは、てんじよういたの示す矢印が連続していることに気づく。

 ゲームに不慣れなかれでも、それが道案内の標識代わりであることはすぐに理解できた。

 おそらくはてんじよういたの木目が作るこの矢印が、この無限に続く大広間からのだつしゆつを示している。けがわかってしまえばなんのことはない、ごく単純ななぞだった。

 ヤナギは苦笑いをかべ、矢印に従い歩き出す。

 きつねめんわらべはまだ出てこない。

 たんていが予測したように、もしも運営の目からのがれる仕様のAIだとすれば、今回のテストプレイでそうぐうする機会はないのかもしれない。

 一方で、ヤナギはその見解に疑問を持ってもいる。


(あのきよふみが、そんなものを作るだろうか……?)


 アスカ・エンパイアというゲームを愛し、敬意すら持っていたきよふみが、わざわざ運営をく目的でけをほどこすとはどうしても思えない。

 きつねめんわらべには、おそらくとくしゆな出現条件がある。

 運営側が気づかず、きよふみにもかくす意図はなく、しかしヤナギたちが知らず知らずのうちに達成してしまった《出現条件》──

 矢印に導かれながら、ヤナギは老いた頭で思案をめぐらせた。


ほこらだいたいぶつの供え物をしたこと……は、ちがう。あれは運営側も承知している流れのはず。私やたんてい殿どのだけがした〝何か〟……クレーヴェル殿どのの異常に高い幸運値……いや、しかし、それなら運営側も気づきそうなもの。もっと特別な……)


 ──《特別》なこと。

 あるにはある。

 むしろ自分程度の頭では、しか思いつかない。

 わりえしない大広間の先に向けて、ヤナギは声を投げた。


「……きよふみ、まさか……〝私〟が来るのを、待っていてくれたのか……?」


 ──ぶんたちだけに備わっていた特別な要素。

 きよふみの〝祖父〟たるヤナギが、パーティーメンバーにいること。

 もしもこれが出現の条件だったとすれば、運営側があくできないのも当然で、なおかつ他のプレイヤーがぐうはつてきに出会う可能性もほぼない。

 ヤナギの視界で、何もない空間がふとけむりのようにゆがんだ。





 他のメンバーにさきけて、ナユタは城そのもののたんさくをはじめていた。

 かのじよだけは、すでに合流用のアイテムとなる楽器、《はるがすみの横笛》をかくとくしている。

 ためしにいてみると、素人しろうとかのじよでもけいみような音をかなでられたが、指使いがわからないため曲にはならない。

 練習すれば本物の楽器としても使えそうだが、特にそういったしゆもないため、クエスト後のあつかいには迷いそうだった。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影