三章 幽霊囃子 ③

 左右をいしがきはばまれた広い地下通路は、少しだけはださむい。

 高い位置に灯台が連なっており、明かりは用意されているものの、それでも前方は暗くやみに閉ざされている。てんじように至っては高すぎて見えない。

 わたせるはんは、きよにして三十メートルほど──

 それだけきよがあれば、敵のしゆうにもおおむね対応できる。先が見えないことへのきようなどはいまさらで、ナユタはそうしたことをあまり気にしない。

 しよせん、ゲームの中である。

 ──現実のほうが、かのじよにとってはよほどおそろしい。

 こすれるような草履ぞうりの足音を立てながら、ナユタはゆうゆうと前へ進む。

 いしだたみかれた広い通路の先から、がちゃがちゃと金属質な音がひびき始めた。


(《がいこつしや》……? 数は五体以上、十体未満──)


 防具が立てる音にとくちようがあるため、察知しやすい敵ではある。個体の強さはさほどでもないが、各種の武器を使い分けつつれんけいこうげきけてくるため、数がそろうと少々やつかいだった。

 ナユタはせ、一度だけ深呼吸をする。

 やがてくらやみからにじみ出てきたのは、うすよごれたかぶとそくを身につけた白骨死体の一団だった。

 しゃれこうべの口が、ものを見つけた喜びにカタカタと音を鳴らす。

 かれらが態勢を整える前に、ナユタはけだしていた。

 おおわれたこぶしにぎみ、気合いいつせん──先頭にいたがいこつしやの顔面へ、無言のこぶしげきたたむ。

 いくさ巫女みこりよくをまとった重いいちげきは、あわれなもうじやの頭をかぶとごとはね飛ばした。

 転がった頭を探し求めて動くどうたいへ、すかさずついげきひだりこぶしえる。

 なぐりつける動きではない。こぶしえて、その後に退たいの波動をむ接近戦用スキル──《はらいち》と呼ばれている。

 かくとうタイプのプレイヤーにとっては手軽かつ有用なたいれいスキルであり、こぶしに限らずりやき等、の届くはんで応用もく。

 ダメージによるぼうぎよ不能状態からさらにこのついげきを受けたがいこつしやは、砂が風に散るようにさらさらとよろいごとくずった。


(まずは一体──)


 問題集の設問を解くようにたんたんと、ナユタは次の敵を見定める。

 正面から三体──一体ずつ対処しようとすると、側面をねらわれる。

 重点的に強化したちようやくりよくを生かし、かのじよはふわりとび上がった。

 真白いそでが羽のようにひらめき、あかはかまが風にふくらむ。

 その細いあしがいこつしやかぶとりつけ、だいにしてもう一段、高くあざやかにぶ。

 ちようやくりよくを強化する《はつそう飛び》は初歩的なスキルだが、その進化系となる《そう飛び》では、あしこうげき判定が生まれる。

 たいしてりよくはないが、がいこつしやのように二足歩行で転びやすい相手の場合、そのままてんとうに成功することもある。

 今がまさにそれで、ナユタに頭をみつけられた一体は、そのまま無様に顔面をゆかに打ち付けた。

 こうなると、見た目の不気味さすらどこかユーモラスに感じられてしまう。

 ナユタは他のがいこつしやたちの頭上をえ、かれらの背後に音もなく着地した。

 その身はまさしく羽のように軽い。現実の世界では有り得ない動きが、この空間では当たり前に体感できる。

 すべてを忘れて、ただおどるように──くるりくるりと、自身の体を器用に回す。

 どこからともなく聞こえてきた祭りばやに身を任せ、かのじよがいこつしや太刀たちれいにかわし、カウンターのいちげきを加えていった。

 り下ろされたやいばの背をみつけ、そのままねてあごさきひざをぶちむ。

 きこまれたやりさきをかわし、側面をくるくると回ってきよめ、遠心力で勢いをつけたうらけんたたむ。

 放たれる寸前に弓矢のつるしゆけんで切り、武器を失いまごつく相手のどうようしやなくり飛ばす。

 たった一人のむすめを前に、がいこつしやの一団はあっという間に数を減らしていった。

 最後に残った一体が、もはやそうかんすらかもしながら六角棒をまわす。

 風圧と共にまわされたこの棒を足場にし、ナユタはかれの頭上にびあがった。

 下りた先はがいこつしやの背後である。

 しゃれこうべの耳元へ、そっと一息──


「──ごめいふくを」


 こわあまく、げきするどく。

 わずかなざんきようあわこうぼうを残し、がいこつしやはその場に消失した。

 周囲にもう敵の気配がないことをかくにんして、ナユタは姿勢を正す。

 さして乱れてもいない息を整え、いつの間にか聞こえてきた祭りばやの音色に耳をます。

 音の方向をさぐろうとしたが、通路のかべはんきようしてしまい出所がつかめない。


(設定では確か──ものが自分のはやかたを作るために、村人のたましいそくばくしていて、のろいを解くためには村を守っていた祭具の楽器が必要で……)


 とらの説明によれば、クエスト内では楽器を集めたメンバーとしか合流できない仕様らしい。

 ナユタは前回、すでにそれを得ていたが、他の面々はまだこれからである。さすがにしばらくはだれとも合流できる気がしない。

 雑魚ざこと戦ってひまつぶすか、宝物でも探すか、あるいはどこかできゆうけいをとるか──

 きゆうけいをとるにしても、こんな殺風景な石造りの通路ではなく、もう少しくつろげる場所へ出たい。

 方針を決めて歩き出したナユタは、背後にふと人の気配を感じた。


(まだ敵が──!)


 とつに前へんできよをとりつつ、ナユタはかえる。

 しかしかのじよの眼前に立っていたのは、敵でも仲間でもなく、それでいて見知った存在だった。

 かすりの着物を身にまとい、きつねの面をつけた幼いわらべ──

 時代劇の子役のようなふうていだが、中身はもちろん人間ではない。


「……また会ったね。ええと……きよふみ君?」


 きつねめんしにナユタを見上げ、かれは質問には答えず、よくようのない声で別のことを言った。


「──お姉ちゃん、強いね。今のがいこつしやって、あんな簡単にたおせる敵じゃないはずだったんだけど」


 人工知能らしからぬねたような物言いに、ナユタはつい微笑ほほえんだ。


「見た目ほど簡単にたおせたわけじゃないよ。私はばやさ重視でぼうぎよが弱いから、そつこうたおくせがついていて──いちげきでもまともに食らったら、げるつもりだったもの」


 相手が明らかに年下だけに、ナユタも自然と子供相手の口調となった。

 ──《かれ》は人工知能であって、ちがってもゆうれいなどではない。コヨミとちがい、ナユタはそうわきまえている。

 ここ十数年で、人工知能はばくはつてきな進化を見せた。いまや仮想空間においては人間と見分けがつかないレベルの個体も存在している。

 その研究と開発は営利ぎようを中心に様々な場所で進められ、結果として、人工知能のコピーは素人しろうと同然のクリエイターにも容易に入手できるようになった。

 さいしんえいの──となるとさすがに難しいが、ゲーム制作に使う程度の、ろうにやくなんによそれぞれの類型的なデータなどは、有料無料ふくめてネットの世界に数多く転がっている。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影