三章 幽霊囃子 ④

 このクエストの制作者、なぎきよふみも、おそらくそうしたデータを流用して、自分の分身となる《きつねめんわらべ》を作ったのだろう。人格のベースとなるデータさえあれば、細かい台詞せりふなどは後から如何いかようにも追加できる。

 きつねめんわらべがじっとナユタを見上げた。

 ナユタもかれをじっと見下ろす。

 面にはばまれて視線はあわないが、観察されていることは理解できた。


きよふみ君──で、いいんだよね?」


 かくにんのため、ナユタはもう一度問う。

 わらべが首を横にった。


きよふみは死んじゃったよ。ぼくは、きよふみの意志で生み出されたただの人工知能──だから、別の名前をもらったんだ」


(……あれ? 認めちゃった……?)


 ゲームのふん作りのために、うそをつくかすものとばかり思っていた。

 だがかれなおに自分の正体を明かし、ナユタのそでを引く。


きよふみのことを知っている人にはうそをついてもしょうがないから。あと、お姉ちゃん、こんなに近づいても全然こわがってないみたいだし」

「……すみません。私、人よりどんかんというか、そういう感覚にうといみたいで」


 何故なぜだか申し訳なくなって、ナユタはつい頭を下げてしまった。


「ええと……きよふみ君じゃなくて、別の名前をもらったってことは……貴方あなたの名前は?」

「〝クロービス〟っていうんだ。格好いいでしょ?」


 ナユタはいつしゆん、言葉にまる。

 以前ならば

「格好いい」となおに応じられたが、語感が近いせいでくだんたんていさんくさがおのうをかすめてしまい、ちょっとした間が生まれた。

 しかもきつねがおという共通点まである。


「……なんというか……和風な姿なのに、ずいぶんと洋風な名前ですね?」


 心中複雑なナユタに向けて、わらべは得意げに胸を張った。


きよふみのプレイヤーとしての名前なんだ。昔のゲームに出てきた、りゆう退たいの勇者にあやかったんだって。ぼくはその名前をもらって──きよふみいつしよに、このゲームをんだ」


 ナユタはまどった。


「ゲームを……作った? 貴方あなたが?」

「もちろん、大事なところは全部、きよふみがやったけど……きよふみぼくに指示を出して、マップやけを設定したり──楽しかったなあ。きよふみが死んじゃうまで、ぼくはずっといつしよにいたんだよ」


 きつねめんわらべが、面の向こうでさびしげに笑った。

 ナユタは絶句してしまう。


(この子が……いつしよに作った? このクエストを……? つまり……共同制作者ってこと……?)


 おどろくと同時に、その可能性をすっかり失念していた自分にがくぜんとした。

 考えてみれば、人工知能のそもそもの役割は人間のである。

 人の代わりに機械をせいぎよし、人の代わりに情報をぶんせきし、人の代わりに〝人の役割〟をこなす──このきつねめんわらべは、きよふみにとってたよりになる相棒だったのだろう。

 ただ、いつぱんで手に入るレベルの人工知能をそこまで使いこなすのには、使用者側の知識や調整技術が不可欠であり、口で言うほど容易たやすいことではない。

 むしろ──〝クエストの制作〟そのものよりも、難度が高い試みにさえ思える。


(もしかして、なぎきよふみの本当の目的は……このクエストの制作じゃなくて、その制作作業を通じて、この《人工知能》を育成すること……?)


 可能性は低いが、クエストはあくまで人工知能〝クロービス〟をかくすためのカモフラージュということにもなりかねない。

 ナユタは疑念をそのまま口にした。


「君は……何か目的があって、ここにいるの?」


 たちまちわらべが不思議そうに首をかしげる。


「お姉ちゃんは、何か目的があって生きているの?」

「え……?」


 問い返されたナユタは反応に困った。

 質問に質問で返すのは、人工知能の動作機序として少々めずらしい。あらかじめこうした質問が来ることを想定し、対応する答えをきよふみがインプットしておいたのだろうが、それはそれで思考をかされたような不思議な感覚があった。

 クロービスと名乗る人工知能は、ゆっくりと言葉を重ねる。


「──目的がないと、ここにいちゃいけないの?」

「そんな……ことは……」


 しばらく迷った末、ナユタはしゃがみこんで、目線の高さをかれにあわせた。


「……そうだね。目的なんか、なくてもいい。そのうち見つかるかもしれないし、いつか自分で決めることだってできるから……ただ、一つだけ聞かせて。貴方あなたはもしかして……《きよふみ君》から、何か大事なことをたのまれたんじゃない?」


 わらべきつねめんの向こうでくすりとわらった。


「うん。たのみ事はあったよ。でも……きよふみはその直後に、ぼくを約束事なんかでしばりたくないとも言ったんだ。約束のことなんか気にせず、自由に、好きなように行動していいって──だから、教えてあげない」


 わらべが一歩、ふわりと大きく退いた。

 石のかべにずるりと半身がまり、かれゆうれいのようにかべの向こう側へとしずんでいく。


「あっ! 待って!」

「……また後でね、お姉ちゃん。もっとも──クリアできなかったら、もう会えないだろうけど」


 わらべはあっという間にかべおくへと消えた。

 はじめからだれもいなかったかのように、周囲はせいじやくに包まれる。

 わらべが消えたいしかべに手をつき、ナユタはしばらくかんがんだ。


(運営がのがしていた人工知能……もちろんゆうれいじゃなかったけれど、そうなるともう一つの〝ゆうれい〟は──)


 かれを呼び止めてかくにんしたかったことは、このクエストが配信停止にまれた最大の理由──つまりは、〝データ化されていないはずの、身近な知人のゆうれい〟についてだった。

 たんていの元にはき親友が、ヤナギの元には孫のきよふみが、そしてコヨミの元には飼っていたペットが現れたと聞いている。

 ナユタの元にも──死んだはずの人間が姿を見せた。


(クリアすれば、あのけについてもわかるのかな……)


 とにかく今は、仲間との合流を急ぎたい。

 気分をえて、ナユタは姿勢を正した。

 そして再び地下通路を歩き出した直後──

 かのじよはふと、まいを覚える。

 視界がいつしゆんだけくらりとれ、ついを閉じてしまった。

 ──この感覚を、ナユタは前回も味わっている。

 ある種の確信と不快感をもって、かのじよが目を開けた時。

 そこには、かのじよにとって忘れられない人間がいた。

 警察官の制服を身にまとい、ぼんやりとくす青ざめた青年──

 生前のまなしはとてもやさしかったが、今はせいぼうかげかくれて表情がうかがえない。

 祭りばやが、みように遠く聞こえる。


「……お兄……ちゃん……?」


 ナユタはかすれそうな声をらした。

 ややぼやけているが、ちがえるはずもない。

 ──以前のとつにゆうにも、かのじよは兄の姿を見かけた。

 ちがいかと思ったのはほんのわずかな間で、ナユタの思考はそこでぴたりと止まってしまった。

 後は何も考えず、ただ無意識のうちにたんたんと周囲の敵をたおし、気づいた時にはだつしゆつに立っていた。

 おくはきちんとある。クレーヴェルたちに対しては「知った顔のゆうれいを見たが、あまり気にしなかった」と告げたが、この点でもうそはついていない。

 かのじよはただ、感情をシャットダウンさせただけである。

 何も考えなければ、きようさびしさも感じなくて済む。完全にこくふくまではできずとも、〝〟させることはできる。

 今、このしゆんかんにも──

 兄の姿を視界にいれて、かのじよは混乱する事もなく、冷めた思考で感情を殺した。


(……ゆうれいなんて……有り得ない──)


 かのじよゆうれいなど信じない。に会えるならむしろ望むところだが、目の前にいる兄はちがう。

 兄の姿をした〝何か〟であり、ナユタとは無関係の存在だった。

 かれの姿が見えたのはほんの数秒のことで、すぐにその存在は消えてしまう。

 わずかなまいが去った後で、ナユタは深く息をみ──そして、肺の中を空っぽにするように長くき続けた。

 ──兄のくしいなだいは、《ソードアート・オンライン》をプレイ中に死んだ。

 ゲーム内で何があったのかはよくわからない。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影