I ―スクワッド・ジャム―

第三章「スクワッド・ジャム」 ③

 大学が終わり、冬の早い夕暮れがせまる中、香蓮は大学の校内を歩いていました。

 もちろん一人でなのは、言うまでもありません。

 まわりには、これから飲み会だの、サークルだのと、楽しそうな声が飛んでいますが、香蓮には関係のない話です。別の世界の話です。

 さっさと部屋に帰ろうと、ジーンズにスニーカー、うすのコートを着た香蓮が、枝しか残っていない街路樹の下を歩いているときでした。

 香蓮の進む先から、六人の女子高生達が歩いてくるのが見えました。おそろいの制服で、そして校内にいることで分かるとおり、同じしき内にあるぞく高校の生徒達です。

 彼女達六人とすれちがうのは、もうめずらしくなく、去年の夏から始まって、週に二、三回はあることでした。れんは、顔を覚えてしまいました。

 手にしているとても大きなスポーツバッグから想像するに、何か運動部なのでしょう。大学の体育館は大きく、ときに高等部と合同練習が行われることがあります。

 そのうちの一人は、れいきんぱつに白いはだ、青いひとみを持つ白人です。留学生か、在日外国人の子女か。どっちにせよ、この学校では珍しくありません。

 彼女たちはみながらで──、いえ、その年にしては〝つう〟なのでしょうが、香蓮にとっては皆とても小さく、そしてきやしやで、何よりれんです。よく笑いよくしやべり、楽しそうに歩いています。学校に部活に仲間にと、さわやかに、青春真っ最中という感じです。

 もし、自分がこんな大女でなければ、あんな青春もあったのだろうか?

 そう考えると、いんうつな気分になるのはけられません。もちろん、彼女達にはなんの落ち度もないのですが。

 楽しそうな声と共にどんどん近づいてくる六人を見ながら、早く部屋に帰ろうと、香蓮は歩みを速くしました。もうすぐ、かんざきエルザのライブチケットが手に入るか、からのれんらくで分かるでしょう。

 静かな一人と、にぎやかな六人が、交わることなくすれ違って、


「ねえ、あの人──」


 香蓮の耳に、六人のうちのだれかの声が届きました。


「背が高くて──」


 その先は、もう聞きたくはありませんでした。

 香蓮は顔をせて歩を速めると、その場からげ出しました。

 同時に、一つの欲求がき起こりました。

 ってやりたい。あの六人を、全員、撃ってやりたい。

 右手が、普段体の前にげているピーちゃんを探しましたが、むなしく空を切りました。

 香蓮が逃げるように部屋に帰ると、ドアを閉め、自動的にかぎかったしゆんかんにスマートフォンがふるえました。

 美優から届いたメッセージは、


『ダメだった!』


 たった一言でした。

 香蓮はリビングのパソコンの前に立つと、起動するやいなや、GGOを立ち上げました。

 ピトフーイへのメッセージは、


『暴れてやる!』


 たった一言でした。


          *     *     *


 1月30日・金曜日の夜の20時過ぎ。

 れんは、姉夫婦とめいとの楽しい食事を終えると、その部屋を出ました。

 四歳の姪は、いつしよにアニメ映画のテレビ放送を見ようとせがんできましたが、


「ごめんねー。おねーちゃん、宿題があるんだ」


 そううそを言って、階数の高い姉一家の部屋から、自分の部屋がある下層へと移動をしました。

 そして、現実世界からVR世界へと、次元をえた移動をしました。



「やほ! レンちゃん! やっぱりあんたは、私が見込んだ通りの女だよ!」


 待ち合わせの場所、中央都市であるSBCグロッケンの酒場で、レンはピトフーイにばんばんとりようかたたたかれました。長身のピトフーイに上から叩かれると、そうでなくても小さい身長が、さらに縮みそうです。


「痛い痛いピトさん! ──とりあえず来たけど……」


 そう言って、うすぐらくてせまい個室をわたします。他には、だれもいません。


「あ、レンちゃんと組む相棒ね。ごめん、もうすぐ来るからちょっと待ってて。いつもの、いつぱいおごるわ」

「ありがとう。──どこかで買い物でも?」


 レンはピトフーイの対面席に座りながら、何気なく聞きました。〝どこかで〟とは、GGO中のどこかの意味でした。


「いやー、まだリアル。用事たのんでおいたから」


 同じように何気なく返ってきた返事に、レンはかなりおどろかされました。

 現実で用事を頼み、少しおくれることが分かるというのは、〝リアルでもしんみつなつきあいがある男〟ということでは? すると……、彼氏? こいびと? 旦那だんな? 息子や父親という可能性も?

 驚きを顔に出さないよう、思ったことを口に出さないようにしながら、レンはテーブルの中央から上がってきたアイスティーを手前に引き寄せて、ストローを口に運びました。

 現実に比べれば感覚ははくですが、口の中に感じるのは冷たくあまいアイスティーです。しかもいくら飲んでも太らないし、トイレに行く必要もありません。

 熱帯魚のようなケバケバしい色のサイダーをガブガブと飲んでいたピトフーイが、


「SJのルールは読んだ? レンちゃんの性格なら、すみから隅まで読んでいそうだけど念のために確認するね」


 性格が読まれているなあと思いながら、レンはこうていして返しました。

 参加手続きがされていたので、運営団体であるザスカーから、ルールを書いたメッセージが届いていました。レンは流し読みではなく、きっちりと読破していました。


 SJのルールは、基本的には個人バトルロイヤルであるBoBのそれにじゆんきよします。そして、何カ所か、そして重要なちがいがあります。

 同じ点としては、要約すると──、

『参加者(チーム)がいつせいに、他者(他チーム)からそれぞれ1000メートル以上はなれた場所に転送されて試合開始。最後まで生き残った者(チーム)が優勝』

たいは特設フィールド。どんな様子かは始めるまで分からないが、いろいろな地形が混じり合った場所になる。有利不利な地形はあるが、転送は完全にランダムなので、運しだい』

『ゲーム中にそのキャラクターが所持できる武器なら、何を使ってもいい。つまり、じゆうだけでなく、ばくだんやナイフなども可能。フィールドに点在する乗り物も使える』

『通常なら死体はくだけてしようめつするが、ゲーム中は【Dead】のタグと共に残る』

『通常なら死亡後《ランダム・ドロップ》と呼ばれるアイテムの落下があり、仲間が拾ってくれないと高価な銃であっても永遠に失うことになるが、大会中はそれがない』

『一方的にげて引きこもる者(チーム)を出さないために、《サテライト・スキャン》が行われる。これは人工衛星からの探査という設定で、当日参加者が持たされるけいたいたんまつに、相手の位置が定期的に、短い間だけ表示される』

「ここまでで、何か質問は?」


 空中に出したルール画面を指しながらピトフーイが聞いて、レンが答えます。


だいじよう。サテライト・スキャン端末の使い方がちょっと不安だけど」

「そんなに難しくないから、スマホが使えれば大丈夫よ。さて、重要な、SJならではのルールだけど──」


 違う点として、まずはなんと言っても、参加人数。


『個人参加は認めず、最低二人から最大六人までのチーム』

『仲間へのこうげき、つまり誤射、誤爆も通常通りのダメージを与える』

『BoBでは禁止されていた通信アイテムが、チーム内でのみ使用可能。当然、外部や死んだプレイヤーとのれんらくは不可能』


 ピトフーイは自分の左耳に指を当てて、


「常時通話の通信アイテム持たせるから。前に私と使ったヤツね」

「了解」


 レンはうなずきました。

 常時通話とは、〝しやべる〟と〝聞く〟がいつしよにできる、要はつうの電話のような通信機です。通常の無線機は、喋るときだけボタンをして、一方通行のやりとりしかできないのです。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIV ―インビテーション・フロム・ビービー―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXI ―フィフス・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインX ―ファイブ・オーディールズ―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIX ―フォース・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVIII ―フォース・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVII ―フォース・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVI ―ワン・サマー・デイ―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインI ―スクワッド・ジャム―の書影