I ―スクワッド・ジャム―

第四章「エムという男」 ①

 カーテンを分けて個室に入ってきた男を見て、


「…………」


 レンは、くまがやって来たのかと思いました。

 その男は、身長は190センチを優にえるきよかんでした。

 身につけているのは、緑と茶と黒の毒々しい点を組み合わせためいさいパンツと、茶一色のTシャツ。

 装備は一切身につけていないのですが、それゆえに持ち前のマッチョさがこれでもかと伝わってきます。背が高い上に、よこはばも広くむねも分厚いです。胸は、の下にぼうだんプレートでも入っているのかと思えるほど。Tシャツのそでから出ている両のうではまるで丸太で、多分レンのウエストより太いでしょう。

 彼をさらに熊に見せているのが、その頭でした。ウェーブのかかったい茶色のかみかたまで長く、モッサリと頭をおおっています。ひげのない顔は、まるで大きな岩のようなごつさでした。二つの目は割とクリっとしているのですが、優しげにはまったく見えません。

 ねんれいはかなり高く、四十さいえているように見えます。もちろん、アバター外見とリアルの実年齢とはまったく関係がないので、現実世界で彼は男子高校生かもしれませんし、八十歳のおじいちゃんかもしれません。

 米国製のゲームであるGGOの世界では、こういうボディ・ビルダーのようなちようマッチョアバターはめずらしくありません。町でもよく見かけますが、こんなに近くで会うと、レンにとっては、かなりこわいです。

 しかし、この外見でも、たとえば彼がゲームを始めたばかりで筋力値が低い場合、レンでも装備できるようなじゆうが重くて持てないという面白いことになります。まあ、ピトフーイが〝強い〟と言ったので、それはないでしょう。つうに考えて、最低でも彼女並みか、それ以上遊び込んでいることでしょう。


「おう、おそいぞコラ」

「悪い、ピト。ただ、用事は全部済ませておいた」


 太い声でぶっきらぼうに答える様も、レンにはかなり怖いです。今までの人生で、こんな大きな人間と向き合ったことなど、まったくありません。幼少時、動物園でガラスしにひぐまを見たときのことを思い出しました。

 レンは、こんなおそろしい相棒は無理ですと、SJ辞退を伝えようかと思いました。さすがにそれはピトフーイにも彼にも失礼なので、それに自分で一度決めたことだしと、考え直しました。それに、彼は敵ではなく仲間になるのですから。


「分かった。ほら、こっち座れ」


 ピトフーイはそう言いながら立ち上がると、自分が座っていた席を彼にゆずりました。個室の入り口できよたいがピトフーイと入れわって、せまそうにシートわきを進んで、レンの目の前に座りました。


「レンちゃん、しようかいするね! このバカみたいににでかいのが──」


 それを聞いたしゆんかん、レンはちょっとだけ心が痛みました。リアルでは、まさに自分がそう思われているのでしょうから。もちろん、これはピトフーイが悪いのではありません。リアルをかくして遊べるのがVRゲームですから。


「今回いつしよに戦ってもらうヤツで──、ほら、自己紹介しなさい」


 ピトフーイの男への態度は、かなり高圧的でした。二人の関係は分かりませんが、リアルではピトフーイの方がずっと立場が上のように、レンには思えました。

 大男は一度軽く頭を下げると、


「初めまして。おれは、エムと言います。よろしく」


 そんな自己紹介。姿形はこわいですが、ものごしはとてもていねいでした。られてレンも、頭を下げてから敬語で返します。


「初めまして。わたしは、レンです」


 そして、二人はだまりました。どうもこのエムという男、ピトフーイほど社交的ではないようです。

 会話しづらいなあ。まあ、ピトさんが間に入るからだいじようか。レンがそんなことを思っていると、


「じゃ、私用事があるんで。あとは若い二人に任せて!」


 個室の入り口にいたピトフーイは、見合いの席のような台詞せりふを言い残して、


「え? あっ──」


 レンが話しかける間もなく、するりと出て行ってしまいました。


 残ったのは、とんでもない気まずさでした。

 男性と二人きりだと危ない、ということではありません。VRゲームにおいては、異性との肉体的せつしよくは《ハラスメント》として警告が出ます。これに従わない場合はばつそくが加算されて、最終的にはアカウントを停止されてしまいます。

 れんは、思春期以降、異性と二人きりで話した経験がほとんどありません。どうにかゼロではないのは、年のはなれた兄が二人いるのと、上の姉がけつこんして義兄がいるからです。おかげで、絶対に話せないほどの男性きようしようではありませんが、


「…………」


 自分から積極的に何かを言えるふんではありませんでした。相手は自分を頭からバリバリ食べてしまえそうなきよかんですから。

 同時に、リアルの自分を見た人たちの気分がなんとなく分かってしまい、またちょっといんうつたる気分になりました。

 やっぱりログアウトしてげたい、そう思ってうつむいたレンの耳に、


「あの……、まあ、あんまり……、きんちようしないで、い、いきましょう。いや、いこう……。敬語を使うと、ピトのヤツに……、あとで、ボコボコなぐられる」


 緊張混じりにとつとつと話す声が届きました。当然エムの声です。

 ああ、こわいのは自分だけじゃないんだなと、レンは少しだけ気持ちがほぐれました。この大きな男が、ピトフーイにボコボコ殴られるところも想像して──、暴力はいけませんが、それはちょっと微笑ほほえましい光景でした。


「あ──、はい。じゃなくて、うん、それで、お願い」


 人と話すときは目を見るのが、るいまき家でのルールです。商売人である親は、厳しくそうしつけてくれました。レンはエムのゴツい顔を見ながら、


「参加すると決めた以上、せいいつぱいやるので、いろいろ──、よろしく。エムさん」

「こちらこそ。優勝を目指すので、いつしよがんろう。レン──、呼び捨てでいいか? どうも、ちゃん付けって……、苦手なんだ」


 レンはうなずきました。どうやらエムは、見た目ほど性格は怖くなさそうです。

 このゴツいキャラクターを操っているのがリアルではどんな人なのか? レンは再び興味がきましたが、それは頑張って思考の外に放り投げました。考えていると、またうっかり聞いてしまいそうです。


「ピトから、どんなことを聞いてる? おれが来るまで、どんなことを話していた?」


 ようやくエムの方も緊張が解けたのか、たのんですぐ穴から出てきたアイスコーヒーのグラスを片手に、ごくつうに話しかけてきました。

 レンは、〝この人は私のおじさんだ。タメ口がきける年上の人だ〟くらいの感覚を持って話すことにしました。


「SJのルールの再確認と、無線アイテムの使用と、なぜだか、わたしがリーダーになるってことを」

「そうか。じゃあ、今日こうして俺達が顔を合わせている理由は?」

「まだ何も」


 レンは首を横にって答えました。

 そういえば、なぜなんでしょう?

 ピトフーイは理由も言わず、金曜日の21時から3時間ほど取れるか聞いてきました。大会当日はピトフーイはけつこんしき参列でいそがしいでしょうから、今のうちにエムをしようかいしてもらえるのはうれしいですが、さすがに3時間は必要ないでしょう。しかも、しんぼくを深めるために三人でモンスターりに行くのかと思いきや、ピトフーイはさっさといなくなってしまいましたし。

 レンの返事に、


「まったく」


 エムはそうらすと、軽く笑いました。いかつい顔が少しだけほぐれて、ああ、このキャラクターでも笑えるんだと、笑うためのグラフィックが用意されているんだと、レンは不思議な感想を持ちました。


「おたがい、どれくらいの能力か分からない。おれはピトから聞いているけど、これから演習場に行って、それを確かめたい」

刊行シリーズ

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ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
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