演習場とは、文字通りの場所です。
いろいろな地形や建物が選べるフィールドで、室内射撃場と違って、地形を使って実戦に即した移動や長距離射撃の練習ができますし、お互いのダメージをなしに設定すれば戦闘演習だって可能です。そしてその間、モンスターや他のプレイヤーから襲われて殺される心配がありません。ただし、使用には予約が必要で有料であり、かなり高いです。
「なるほど。──でも、一つ、どうしても気になることが……」
「何か?」
「なんでわたしがリーダー? その、確かめるまでもなく、そんな能力、ないよ?」
レンが小さい体で必死に訴えたので、エムはまた、少し笑いました。
「大丈夫。考えがあるから、そうしているだけだ。実際の作戦指揮は、俺が執るよ」
金曜日が土曜日に移り変わる直前に、香蓮は現実世界に戻ってきました。
大きな体で大きく伸びをして、ゆっくりと現実の感触を確かめてから立ち上がると、部屋の明かりを点けました。
ぼんやりと、洋服ダンスに掛かっている黒いP90を見ながら、
「入団テストだった……、のかな?」
香蓮は呟きました。
2時間半ほど、レンはエムに、いろいろなことをやらされました。
二人は、予約していた演習場に行きました。狂った色の空を持つ、岩と放棄車両が目立つ荒野です。遠くには傾いたビルと、クレーターを持つ山。見たところ普通のフィールドと変わりませんが、2キロほどで移動距離の制限がかかっていて、〝これ以上は進めません〟という透明な壁があるはずです。
「装備を全部身につけてくれ。通信アイテムも渡す」
エムが、まずはそんな言葉。レンは画面を操作して、ストレージに保管してある装備を実体化させました。いつものピンク色の戦闘服と、P90です。着替えるには、一度着ている物が消えるので下着姿になるのですが、ローブを装備したままだと大丈夫です。
そして、レンはいろいろなことをやらされました。
『40メートル先にドラム缶がある。あの中央に向けて、立ったまま射撃して欲しい。セミオートで10発をゆっくり、10発をなるべく速く。残りの30発はフルオートで』
『ここからあの廃トラックまで200メートルある。足下は固い石だ。P90を持ったまま、全力疾走して欲しい。トラックにタッチしたら、また全力でここに戻ってくる』
『今度は走りながら射撃だ。ドラム缶に向けて全力疾走、俺の指示で、走りながら全弾フルオートで撃ち込め。マガジンが残り8発以下になったら、即座に交換』
『あそこにある尖った岩まで、目測で何メートルあると思う? その向こうの穴までは?』
この辺までは、ああ、自分の戦闘力を見ているんだなあと分かりましたが、
『この先は何もない。目をつぶって歩いて欲しい。なるべく普通に、そして一定にだ。指示ごとに、言われた角度に曲がってくれ』
『ゆっくり歩き、普通歩き、小走り、全力疾走──、この四つを、指示で切り替えてくれ』
『うつぶせで寝ていて欲しい。1分以上たったら不意に合図を送るから、立ち上がって指示した方へ走れ。次の合図でまたうつぶせだ』
『後ろ向きになるべく速く歩け。石があるので、もし転んだらそのまま回転して腹ばいになれ』
『しゃがんで丸まって、なるべく小さくなれ。そして、そのまま坂道を転がってみてくれ』
などと言われると、それが何の役に立つのか、レンにはよく分かりません。
VRゲームの世界では、どれだけ動こうが肉体的には疲労しません。〝全速力で走れ〟と脳が命令すれば、まるでコントローラーのボタンを操作したかのように、体はいつまでも走り続けるのです。
何をやっているのかさっぱり分からないので精神的には疲れますが、レンは言われたことを、しっかりとこなしました。
「うん、分かった。ありがとう」
レンがこれで終わりかなと思っていると、エムは自分のストレージの操作画面を出して、自分の銃を呼び出しました。
彼の目の前に現れたのは、大きな異形のライフルでした。
それは、大きく長く、ゴツゴツとした起伏の多いライフルです。工事現場の機械のような印象を、レンに与えました。頑丈そうなバイポッドとスコープが付いています。
色は、茶色と緑の迷彩塗装。あちこちが剝げていたり、擦れて色が落ちていたりと、だいぶ使い込まれた様子が窺えます。
「それが、エムさんのメインアーム? 初めて見たけど、なんて言うの?」
強そうだけど重そうだな、自分では装備できないだろうなと思いながらレンが聞くと、
「《M14・EBR》」
銃のチェックを終えたエムは、まずは名前だけ答えました。M14・EBRを足下に置いて、装備品を実体化させる作業をしながら、追加説明をしてくれました。
「EBRはエンハンスド・バトル・ライフルの頭文字だ。その名の通り、M14という古いバトル・ライフルの〝強化版〟だ。口径は7.62ミリ」
それを聞いて、かつてピトフーイに教わったことを反芻しながら、
「すると、エムさんの戦闘スタイルは……、セミオートでの中距離射撃?」
レンが確認するように訊ねました。
GGOを始めるまでまったく知らなかった銃知識が、今のレンにはたくさんあります。
チュートリアルで教わり、ピトフーイからも復習したのは──、
『銃は口径によって、また同じ口径でも銃の種類によって、有効射程が変わる。自分の銃、相手の銃の口径と種類に注意しろ』
ということです。
有効射程とは、乱暴に言えば〝当てられて、ダメージを与えられる最大の距離〟です。単に弾が物理的に最も飛ぶだけの〝最大射程〟とは、意味が全然違ってきます。
7.62ミリクラスの弾丸は威力が強く、中距離での狙撃には最適です。
「そうだな、俺は、基本的には開けた場所で、相手との距離を保って戦いたい。もちろん、近距離の戦闘になってもEBRを使うが、室内などではこれだ」
そう言ったエムの右腿に、強化プラスチック製のホルスターが現れました。
中には、黒く大きな自動式拳銃が入っています。エムはスリングでM14・EBRを背負うと、右手でホルスターから拳銃を抜きました。
ストレージから出された銃が装塡されていることはあり得ないので、エムは左手でスライドを引いて離し、初弾を薬室に送り込みました。
親指の位置にある小さなレバーを上げて安全装置をかけた後、エムはレンに拳銃の側面を見せました。
「ドイツのヘッケラー&コッホ(HK)社製《HK45》だ。45口径自動式。マガジンキャパシティは10発。右側のこのレバーを上げれば安全装置がかかり、水平で射撃だ。いざというときに使うことになるかもしれないので、覚えておいて欲しい」
エムは、M14・EBRのときよりずっと丁寧に説明しましたが、レンは、まあ使うことはないだろうなと思いました。
それでも、一応操作方法は覚えました。あの小さなレバーを上げたら、安全装置がかかる。
GGOのプレイヤーは、あまり銃に安全装置をかけません。リアルでそんなことをしたら危なくて仕方がないですが、ここはゲームの世界です。暴発の危険より、とっさに反撃できるメリットを選んでいます。
レンもずっとそうしていて、フィールドに出ればすぐにP90に装塡して、セレクター兼安全装置は〝フルオート〟の位置にあります。
移動するときは、人差し指をピンと伸ばして引き金から避けていて、攻撃するときは、引き金の微妙なコントロールで、3~5発ずつ撃ち込んでいるのです。