I ―スクワッド・ジャム―

第四章「エムという男」 ③

 エムはホルスターにHK45をもどし、続いてその他の装備を実体化させました。エムの分厚い体に、ぼうだんプレートを入れた装備ベストと、登山にでも行くのかと思えるほど大型のバックパックが加わって、彼がこの世界にめる体積をさらに増しました。頭には、服と同じめいさいがらのブッシュハットです。

 ベストには、M14・EBR用のマガジンポーチが、ごてごてと付いていました。体が大きいので、ポーチもたくさん付けることができます。合計すると八本以上。かなりの予備だんそうの数です。

 バックパックも大きくふくらんでいますが、何が入っているかは分かりません。まあ、お弁当ということはないでしょうから、戦うために必要な何かなんでしょう。

 準備を終えたエムが、


「さて、今からレンには、20メートル、50メートル、100メートルと、指示するきよだけ離れてもらう」

「うん。それで?」

おれがEBRをいろいろな方向に撃つ。撃つ前には、撃つ方向をちゃんと言う」

「はい? それで……、わ、わたしは何をすればいいの? 全力でげるの?」


 自分が射撃練習の的になるのかとかんちがいして、レンはあせりつつ聞きましたが、答えは予想外でした。


「注意して聞いて、音を覚えて欲しい」

「音? じゆうせいを」

「そうだ。知ってるかもしれないが、GGOでは、至近距離での銃声は、リアルのそれに比べてかなりおさえてある」


 レンはうなずきました。それは前にピトフーイに聞いたことがあります。

 じゆうびようしやがリアルなのはGGOのとくちようですが、音量だけは、あえて完全再現ではないと。

 もしそうでなければ、銃撃しながらの会話などだれにもできなくなるでしょうし、なんちようしや続出間違いなしです。


「しかし、ある程度音量が下がった、つまり耳にダメージが残らないくらいの銃声は、場所や距離によるげんすいをリアルに再現している。だから、慣れれば、相手がどれくらいの距離で撃っているかが分かるようになるんだ」

「なるほど」

「これからレンに、きよによって変わっていく音を覚えて、だいたいどれくらいの距離で、どっちの方向にっているか、感覚をつかむ練習をしてもらう。ある程度撃ったら、今度は目をつぶってもらう。おれが移動して、じようきようを告げずに撃つ。どれくらいの距離にいてどっちに向けて撃っているか、なるべく正確に当ててもらう」


 何それ難しそう、とレンは思いましたが、まあやるしかありません。撃たれるよりはいいですし。さっきが体育のテストなら、今度は音楽ですか。


「分かった……」

「それが終わったら、今度は間にしやへいぶつ、岩やはいしや、廃屋などをはさんで同じことをやる。聞こえ方のちがいを、しっかりと覚えて欲しい」


 うわあ、こりゃ大変そうだ。レンは心の中でさけびました。


          *     *     *


〝入団テスト〟が終わった翌日の土曜日、れんには、大学の勉強以外やることがありませんでした。それも午前中に終わってしまいました。

 すっかりひまになった香蓮は、ベッドわきかったアミュスフィアをちらりと見ましたが、


「うーん……、今日はめておこう」


 GGOをプレイするのは止めておきました。

 一人でもモンスターりはできますが、万が一別のプレイヤーにおそわれた場合、げ切れなければ殺されてしまう可能性があります。逃げ足には自信のあるレンですが、さらに足の速い敵だっているかもしれません。

 キャラクターが死んでも、《デスペナルティ》を食らって、つまりかせいだ経験値をいくつか失って町にもどされるだけです。しかしまれに、ランダム・ドロップで持っているじゆうや装備をその場に落とすことがあります。

 そうなると、仲間が拾ってくれなければ、永遠に失ってしまうことになります。レンには仲間がいないわけですから、どうなるかは自明の理。大切な大会を明日にひかえた今、大切なメインアームのP90を失うことになれば、ピトフーイやエムに申し訳がたちません。

 結局この日の午後は、何もしないことにしました。

 どうせ明日になれば、イヤでも暴れることになるのです。レンは、


「ああ、やっぱりかんざきエルザはいいなあ……」


 明日のライブに行けない歌手のんだ歌声に包まれて、のんびりと過ごしました。

 シンガー・ソングライターなので作詞作曲もしているのですが、神崎エルザの歌には、クラシックの名曲をアレンジしているものが多数あります。クラシック好きの香蓮が気に入っている理由の一つです。

 聞きながら、れんは考えます。どうしてかんざきエルザは、もっと大きな場所でライブをやってくれないのでしょう?

 香蓮は、ふと思い立って、

はいけい 神崎エルザ様』


 肉筆のファンレターを書いてみることにしました。便びんせんふうとうは、遊びに来ためいが置いていった、可愛かわいいものがありました。

 ファンレターなど書くのは人生初でしたが、不思議と筆が進んで──、

 気がついたら、自分が長身でずっとコンプレックスがあることや、それを解消するために、チビのアバターを手に入れたVRゲームにのめり込んでいることも書いていました。

 そして、現実世界では貴女あなたの歌声が大好きなので、一度目の前でおきしたい。だから、もっと広い会場でコンサートをやってくださいお願いします、と続きました。

 書き終えて、夕食をはさんで一度読み直して──、

 さすがにこれは、感情をしすぎている、ずかしすぎると思った香蓮ですが、


「…………」


 どうせ読まれないだろうと思って、そのまま出すことにしました。

 送り先は、神崎エルザの事務所です。

 万が一返事が来るといいなと思って──、

 封筒の裏には、自分の氏名住所をきっちりと書きました。


          *     *     *


 レンが、可愛いシールで神崎エルザへのファンレターの封をしていたのと同時刻──、

 日本のあちこちでは、翌日の大会をひかえる男達が、そして女達がいました。


 ある場所では、五人の男達がインターネット電話でつどっていました。


『いよいよ、我々がかがやくときが来た! それは明日だ!』

『おう! えんりよなく戦って散ろう!』

『そうだ! 我ら生まれたときはちがえども、死ぬときはいつしよだ!』

『イヤだよお前先に死ねよ。骨は拾ってやらないが、装備は拾ってやる』

『ひでえ!』

『ぶひゃひゃ! 盛り上がってるトコ悪いけど、SJはBoBと同じでドロップはねーから』

『なんだ。ちぇ』

『知らなかったのかよ! お前ホントにひでえな!』

『場をなごますジョークだぜ?』

『いつか背中からってやるぜ?』

『ま、そんな調子で気楽にやろうぜ! せっかくこんな変な大会開いてくれたんだ。BoB三回連続予選敗退のおれ達にも、光が当たるときが来た!』

『おうっ! チーム戦なら、結構いい所まで行けるかもな!』

『よし! がんるぞ! 15分は生き残ろうぜ!』

『おー!』『おー!』『おー!』『やー!』


 またある場所では、一人の男が、六人の男に向けて話していました。


「いよいよ明日だが、まあ、今回は実験であるから、よしんば上手うまくいかなくても、何も気にすることはないね。だんの諸君なら、かなりいいところまで行くだろう。だが、もし優勝しそうになったら、予定通り降参してゲームから退出するように。以上、ふんとうを期待する」



 さらに別の場所では、やはりインターネット電話の同時通話をしている女達がいました。


『いよいよ明日だねえ。ログイン、忘れないでね。特に──』

『分かってる分かってる! 明日は、ボスに電話かけてもらうから!』

『いっつもこくだもんねえ。でも、やっと思う存分暴れられるね!』

『ここまで来たからには、目指すは一つだよ! 優勝だよ! 賞品ゲットだよ! それ以外は、ないよ?』

『もちろん!』

『了解!』

『任せて! 私達なら、できる!』


 さらに別の場所では、ベッドの上ではだかで抱き合い、言葉を交わす男女がいました。


「いよいよ明日だね、頑張ってね、ダーリン!」

「…………」

だいじよう。死んでも、死ぬだけだよ」

「…………」

「それくらいのきんちようかんを持ってやれば、どんなことでも上手くいくって!」

ぼくは──」

「いいから! 大丈夫だって! ほら、まだこんな時間だし、もう一回しよ!」

「明日の仕事に差しさわるんじゃ……」

「それくらいでへこたれないよ私は。そっちこそ、もうおじいさんになった? ダーリン」



 こうして、日本時間の土曜日は過ぎていきました。

 時計がれいえて、SJかいさいになりました。

 さあ、戦いの始まりです。

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