2026年2月1日。日曜日。
正午頃から、ガンゲイル・オンラインにおける中心都市、SBCグロッケンの一角が賑わい始めました。
太いメインストリートにある、大きな酒場です。
酒場といっても、レストランでもあるし喫茶店でもあるし、ショッピングモールも隣接しているし、ゲームコーナーやカジノもあるし、奥には室内射撃場まであります。
普段でも日曜日は、この店をお気に入りにしたプレイヤーでそこそこ混むのですが、この日はそれ以上です。
理由はたった一つ。ここが、〝第一回スクワッド・ジャム〟の大会本部になるから。
BoBのようなGGOを挙げての巨大な大会とは違いますので、今回は《総督府》と呼ばれる中心施設ではなく、この酒場が使われました。
参加者は一度ここで集まり、時間になると準備のため、チームごとに狭い《待機エリア》に飛ばされます。
そこでの10分のカウントダウン中に、装備をストレージから出して、作戦会議をします。そして14時ちょうどに、どんな地形だか分からない戦場へと飛ばされるのです。
戦闘シーンは、いくつものカメラで中継されます。
BoBほどの大会になると、その模様がネット放送局の《MMOストリーム》で中継されるので、インターネットが繫がればどこでも見ることができますが、SJはそこまではいきません。
この酒場で、壁や天井にぶら下がる大きなモニターでみんなでワイワイと楽しみながら見るか、GGO内の中継を見るか、または録画を後日見ることになります。
ローブ姿のレンが入店したのは、左手首に巻いた小さなデジタル腕時計によると12時45分。ゲームシステムと連動しているこの時計が狂うことなど、あり得ません。
SJ参加プレイヤーの集合時間が13時40分で、エムとの待ち合わせが13時半だったので、だいぶ余裕があります。
レンは賑わっている店に入ると、空いている個室を探しました。さっさと引きこもって、これから戦う相手に情報を与えないためです。
酒場には愛銃を見せびらかしているプレイヤーが何人もいましたが、それは敵に対策法を教えてしまうだけの愚かな行為なので決してしないようにと、エムに言われていました。もちろん、わざと弱い銃を見せびらかして、本戦では強力なレア銃を使うという情報戦の可能性も残りますが。
レンは一つの部屋に入って、カーテンを閉めました。部屋番号を、約束通りエムにメールしました。
数分と待たず、最初のアイスティーがなくなる前にエムがやって来ました。相変わらず山のような巨体ですが、もうレンに恐怖心はありません。
「やあ。今日は頑張ろう」
「こちらこそ」
時間までのんびり待つことにした二人の耳に、店内の盛り上がりが伝わってきました。
モニター画面では、今回のスポンサーになった小説家という中年男が、アバターではなくリアル姿で取材を受けていました。
無精髭を生やしたむさ苦しい男が、いやー楽しみですよとか、皆さん存分にゲーム内で撃ち合ってくださいねーとか、なんだかとても嬉しそうです。
「って、言い出しっぺの本人は参加しないのかよ!」
そう酒場の客にツッコまれていましたが、すぐさま別の誰かが、
「いや、リアルは割れているけどアバターは割れてないわけで、この取材終わったらこっそり参加じゃねえか?」
「なるほど! 普通と逆か!」
「珍しいパターンだな……」
「じゃあ、そいつ倒したらボーナスか?」
「この大会主催するのに、幾ら出したんだろうな?」
などという会話も聞こえてきました。
レンとエムは、目の前に浮かぶウィンドウで、出場チームリストを見ました。
全二十三チームです。BoBが、数百人の予選で三十人に絞ることを考えれば、予選ナシでこれはやっぱり規模が小さいと言わざるを得ません。
とはいえ、一チームが上限の六人まで登録していれば総参加者は百三十八人な訳ですから、BoBと同じ広さのフィールドでのゲームとしては、かなり〝ごちゃごちゃ〟しているのも事実です。
「開始直後に、酒場ががらんとしなければいいがな」
エムが言いました。レンはそれを想像して、クスッと笑ってしまいました。
とはいえ、レン達が個室に入ってからも次々にプレイヤーが押しかけていたので、その心配は必要なさそうです。第一回スクワッド・ジャム、思いの外盛り上がっていました。
出場リストのチーム名ですが、レン達のそれは《LM》となっていました。
レンとエムという、実にそのまんまです。レンが先なのは、単にアルファベット順なのか、それともリーダーに敬意を表したのか。
他のチーム名も、《DDL》とか、《ZEMAL》とか、《SYOJI》とか、《CHBYS》とか、《DanG》とか、《SHINC》などといったシンプルで短いのばかりです。
略称のように見えるのが多いので、登録時に名前を略されたのでしょう。それを思うと、LMとはシンプルでいいなと、レンは思いました。
重要なのは、チーム人数がどこにも載っていないことです。
これでは、全てのチームが六人いると思って戦うしかありません。逆を言えば、二人だけのレン達は、これを相手の油断を誘うことに利用できるのです。
BoBで行われた、誰が優勝するかのスポーツ賭博は行われていません。その代わり、
『大会の決着が付くまで、何発の銃弾が放たれるか予想しよう! 一回500クレジット』
というBoBにはない予想ゲームはあって、かなり盛り上がっていました。
ゲーム世界なので、参加キャラクターの発砲数をシステムが正確に数えることができます。決着が付いたときの、全員の消費弾数を当てるという企画です。
下一桁までどんぴしゃりの場合──、同じ数だけ自分の欲しい弾が当たります。ただし、上限は7.62ミリまでです。
GGOでは弾薬も自分達で買う(または材料を買って、作る)ので、大量の弾がもらえるとなれば、今後しばらく弾代を気にせず遊べるということに。もちろん、それらをスコードロンの仲間に譲ったり、店で売ったりしてもかまいません。
ぴったり当てた人がいない場合、数が近い五人まで賞品が出るのですが、十の位、百の位と、当てた位によって賞品のランクが下がります。
それでもサブマシンガンだったり、手榴弾をダース単位だったりと、結構いい物が揃っています。賑わっているのも無理はありません。
とはいえ、一体何発が発砲されるかなど、簡単には予想がつきません。参加者は応募端末で、数千から数万まで、適当な数字を打ち込んでは、ウィンドウに手のひらを押し当てて応募していました。
そんな騒ぎをよそに、
「ピトさんは、今頃ドレスかなあ」
レンが、結婚式参列中のピトフーイを思ってそんなことを言うと、
「だろうな。SJに参加できないのを、さぞかし歯ぎしりして悔しがっているだろう。〝どうしてあの新婦の友人はあんなに悔しそうなのか? まさか?〟などと、周囲に変な誤解を与えなければいいが」
エムが淡々とそう言って、レンは吹き出しました。
笑ったあと、レンは膝を揃えて背筋を伸ばし、
「エムさん、今日はよろしく。わたし、参加するかどうかウダウダ悩んでいたけど、もうちょっとGGOを本気で遊んでみようと思います」
そんな丁寧な言葉を贈りました。
「分かった。でも、敬語はこれきりで」
「あ──、了解」
ゴツい顔と体のエムが、優しげな口調で言います。
「俺、ピトのヤツに言われてるんだ。〝絶対優勝しろ!〟って」
「ああ、ピトさん言いそう」
「できる限りは頑張る、とは答えた。ただ、なにせ二人だけだ。そもそも最初から不利だ。レンが戦死して、相手が多数なら、降参するかもしれないとも言った。まあ、それはしょうがないと、ピトは言った」