「うん。いいんじゃない? さっき本気で頑張ろうって言っておいてなんだけど、ゲームはゲームだから。それに、本当の戦争だって、かなわないってことになれば降参してもいいんだし。わたしも一人だけになったら、さっさと降参しちゃうと思うよ」
「それでも、できる限りは、上を目指す。たった二人でどこまでできるか、楽しんでみよう」
自分に言い聞かすようなエムの言葉に、
「了解!」
明るくレンが答えたとき、酒場に女性のアナウンスが流れ始めました。
『スクワッド・ジャム、出場選手の皆様! お待たせしました! 1分後に、待機エリアへの転送を開始します。お仲間は、全員揃っていますかー?』
13時50分にレンとエムが飛ばされたのは、薄暗く狭い部屋でした。
目の前には、『待機時間 09:59』のカウントダウンウオッチ。1秒ごとに減っていきます。これが00:00になると、どこか分からないフィールドに飛ばされて戦闘開始です。
「よーし!」
レンは、気分が高まってきました。
泣いても笑っても、もう試合からは逃げられません。日頃のリアルでの鬱憤を晴らすために、遠慮なく暴れてやろうじゃありませんか。
そのためには、準備をしなければなりません。
まず、目の前に、サテライト・スキャン端末が配られたことを示す画面が出ました。
レンが画面に手を触れると、目の前に、大きめのスマートフォンのような端末が現れました。
使い方の表示も出ました。二つあるメインボタンを押すと、手の中の画面に、または自分の目の前に大きく地図が出る仕組みです。こっそりと見たい場合は画面で、余裕があるときや仲間と一緒に見たいときは目の前に、という選択ができるようです。地図の縮尺の変更はスマートフォンと同じで、指で摘まんだり開いたりです。
本番の舞台の地図はまだ分かりませんので、今は〝サンプル〟と大きく書かれた地図が出ていました。
10分に一回のサテライト・スキャン中は、この地図に白く光る光点が表示されます。参加チームのリーダーのいる位置です。鈍い灰色の点は、全滅したか降参したチームの最終位置。使い方は至ってシンプルでした。これなら大丈夫そうです。
端末は一度足下に置いて、レンはローブの下でピンク色の戦闘服に着替えました。頭にはやっぱりピンクのニットキャップ。首筋にはやっぱりピンクのバンダナ。必要ないローブは、ストレージにしまいました。
次は装備です。手元に愛銃のピーちゃん、ピンクに塗られたP90が現れました。両腿の脇には、予備マガジンが三本ずつ入ったポーチが。
ウィンドウ画面の操作だけで自分の姿が瞬時に変わっていくのは、昔見た魔法少女アニメの変身シーンみたいで、レンは好きです。変身後の姿は、やたら物騒ですが。
SJのような対人戦闘で光学銃を使ってくる人はほとんどいないとは思いますが、変わり者はどこにでもいます。レンは念のために、大型のブローチのようなアイテム、防御フィールド発生装置も装着しました。
腰のベルトには場所の余裕があるので、筒型の救急治療キットを入れたポーチを、マガジンポーチの脇に装着しました。
救急治療キットは回復アイテムで、皮膚に打てば、失ったヒットポイントを30パーセント分回復してくれる優れものです。しかし、完了まで実に180秒もかかるので、戦闘中はとても使えません。
足下に置いてあった配給品のサテライト・スキャン端末は、戦闘服の大きな胸ポケットにスッポリと収まりました。
「よし」
これで、レンの準備は終わりです。
すると、
「これを」
実体化したM14・EBRを足下に置いたエムが、レンに何かを差し出してきました。
「ん?」
首をかしげながら受け取ると、それは、鞘に入ったコンバットナイフでした。
緑のプラスチック製の鞘に黒いナイロン製のカバーがついていて、そこに黒いグリップのナイフが収まっていました。全長は30センチほど。刃渡りだけでも、20センチ弱はあるでしょうか。
レンが、おっかなびっくり、フラップを外して鞘からナイフを抜いてみると、それはそれは邪悪というか凶悪そうな、光を反射しない、つや消しブラックの刃が現れました。
包丁は料理で使っていますが、こんな大型のナイフを持つのは初めてです。レンの手の小ささも相まって、まるで鉈でも持っているかのようでした。
包丁と同じ刃物ではあるのですが、銃より身近にある〝武器〟なので、レンにはかなり怖く感じられて、
「…………」
すぐに鞘に戻してしまいました。フラップも戻してから、レンはエムに顔を向けました。
「エムさん、これ……、どうしろと?」
「筋力値の余裕はあるはずだから、副武装として持っているんだ。さもないと、P90の弾切れのときに、どうしようもできなくなる」
「でも、マガジンは七本装備していて、350発だよ?」
レンは反論しました。
両腿のポーチに三本ずつ、P90に装着しているのが一本です。これは、一人が身につけることができる弾数としてはかなり多い方です。P90の多弾数マガジンのなせる業です。
その特殊なレイアウトから、他の銃に比べてマガジン交換は手間がかかるP90ですが、レンは鍛えた敏捷性と器用さに物をいわせて、空中に飛んでいるときに完了できるほど素早くこなせます。
ちなみにストレージにもまだ三本あるので、戦闘と戦闘の間の時間なら、新たなマガジンをさらに装備することができます。
レンはこれまで、P90の弾がなくなって苦労したことはありません。それ故のサイドアーム未装備です。
しかしエムは、譲りませんでした。
「GGOは銃撃戦とはいえ、狭い室内ではかなりの接近戦が、ときには白兵戦もあり得る。人数が多いSJならなおさらだ。〝音を立てるなナイフを使え〟という指示を出す可能性もある」
これは、レンにも否定はできません。
モンスター狩りのときでも、接近しすぎて足下に銃弾を撃ち込むことはよくありました。そのときナイフがあれば、確かに切ったり刺したりという攻撃もできたでしょう。しかも音もなく。
「近接戦闘では、銃よりナイフの方が強いことはよくある。レンのように敏捷性が高いならなおさらだ。腰の後ろに、水平に装備するんだ。使うときは、右手で逆手に抜いて──」
エムが言いながら、自分の右手を動かしてレクチャーしました。
「相手はレンより大きいはずだから──」
まあ、小さいことは、絶対にないでしょう。
「正対したのなら突撃して、敵の股の下をくぐるようにして、左右どちらかの内股を切り付けるんだ。そこには大腿動脈が走っているから、かなりのダメージを与えられる。ときに、銃弾1発より大きな」
「…………」
なんともリアルすぎてイヤなレクチャーでした。
GGOは、ダメージ設定として、人間の急所がしっかりと再現されています。
頭の中心や延髄を撃たれると、小さな弾丸でも一発即死があり得ます。そうでなくても出血の多い場所や、負傷すると体が動かせなくなる場所は、ヒットポイントの減りがぐっと大きいのです。
銃だとそれほど抵抗なかったのに、ナイフだと忌避する気持ちが強く働くものだなと、レンは思いました。どれだけGGOをやり込んで人を撃ったとしても、やっぱりリアルでの人殺しは絶対に無理だなと、少し自分に安心しました。
もっとも、レンが最初に美優と遊ぼうとしたALOは、魔法攻撃以外は剣で切り裂くという肉弾戦ゲームですが。