I ―スクワッド・ジャム―

第五章「大会開始」 ③

 エムの〝殺人術〟レクチャーは続きます。


「他には、相手が銃を向けてきたら、そのじようわんの内側を下からアッパーカットの要領で切り裂くんだ。ここもダメージが大きいし、痛みとしびれで銃を落とすかもしれない」


 VRゲームにおいて、なぐられたり切られたり魔法を食らったり撃たれたり、果てはモンスターにまれたり、とにかく〝ダメージを食らう〟と痛みを感じます。

 どれくらいの痛み──、というか〝痛みをシミュレートした感覚〟をプレイヤーに感じさせるかはゲームによりけりですが、GGOのそれは、かなり大きい方に属します。

 撃たれたときの感覚は、〝ツボをされたとき〟のそれに近いと言われています。

 指圧などで痛いツボを押されたとき、その周囲がずーんと痺れて近くの力がけますが、あの感覚です。指圧が終われば痛みはすぐにやわらぎ、またなど残らないのもまた、よく似ています。

 うでや手などのだんは特にその痛みを感じやすく、その際に持っている物を落とすことはよくあります。


「相手が銃を落としても、それを拾う必要はない。たたみかけるようにももの内側や腕をねらって切り付けろ。銃だけで戦ってきた人間は、白兵戦には思いのほかもろい」


 エムのレクチャーはまだまだ続きます。たんたんと言われるのが、かなりこわいです。


「もし、気付いていない相手を後ろからおそえるのなら、背を低くしたままブーツの少し上のアキレスけんを横殴りに狙え。そして相手がたおれても、腹部やむねぼうぎよようのプレートが入っているので刃はまず通らない。その場合、まずねらうべきは首だ。首筋をなるべく長く切りけ。刃で首をでつつ半周する感じだ」

「…………。はあ……」


 レンは生返事を返しつつ、

 エムさん何者!

 そう思っていました。

 やたらにくわしすぎます。ゲーム内の知識であることを、切に願うばかりです。


「顔を狙う場合は目だ。人間の骨は意外とがんじようだから、き立てても簡単に刃は通らない。例外ががんだ。目をせばそのまま脳までダメージを与えられる。GGOで、ナイフせんとういちげきそくを狙えるのは、おそらく首とここだけだ」


 うげえと思いながら、レンは講師の言うことを聞いて頭に入れてしまいました。根が真面目まじめですと、こういうときは損をします。つうの女子大生が知らなくていい知識が、だいぶ身につきました。


「以上だ」


 結局レンは、エムにナイフを受け取ってもらえず、仕方なくそのままこしの後ろに装備しました。ゲーム内なので、ウィンドウ画面で操作すれば、それでれいにベルトに装着されます。

 レンは、P90をひだりかたにスリングでげて、右手をナイフにばしました。

 親指ですと、よくできたストラップが音もなく外れて、ナイフはするりとけました。逆手に持ったまま、目の前で軽くってみました。それほど重くは感じませんでした。

 レンはびんしようせいの高いキャラクターですから、本気を出してこれを振り回せば、かなり速く切り付けることができるでしょう。


「よし」


 エムが満足げに短く言いましたが──、

 これを使うことは、絶対にないだろうなあと、レンはナイフをさやもどしながら思いました。


 残り時間が3分を切って、エムのごうかいな身支度も終了しました。

 先日と同じで、上下は毒々しい緑色のめいさいふく。頭にはブッシュハットですが、今日のそれにはたんざくじようの迷彩布がいくにもぶら下がっています。一番目立つ頭のシルエットをぼかすためのそうでした。

 上半身には、分厚いぼうだんプレート入りの、マガジンポーチをたくさん付けた装備ベスト。今日はわきばら、というよりほとんど背中の位置に、プラズマ・グレネードがぶら下がっています。

 このプラズマ・グレネードですが、火薬でさくれつし破片をまき散らす普通のしゆりゆうだんに比べて、りよくがずっと強力です。

 爆発すると、直径4メートルほどの球状に青白いエネルギーのほんりゆうが広がり、その中にあるものは、よほどの重量物以外はっ飛ばされてしまいます。

 人間がその効果はんないにいたら、ぼうぎよりよくにもよりますが、体が六~八割以上入っていればそく。それ以下なら、量に応じた大ダメージです。

 りよくの割には軽量安価なので、GGO世界では人気のこうげきアイテムです。えんぺいぶつはさんだきんきよの対人せんとうだと、そうほうこれの全力投げ合いという、過激な雪合戦の様相をていすることもあります。

 エムの背中には、何が入っているのか相変わらず分からない、大きくふくらんだバックパック。

 みぎももにはHK45が入ったホルスター。左腿には、M14・EBRとHK45のマガジンを入れたポーチ。

 きよたいがフル装備をして体積をふくらませ、大きなじゆうであるM14・EBRを持つと、まるでSF映画のロボットのようです。

 どうせならかたにわたしを乗せてくれたら移動が楽そう。

 レンはそんなことを思いましたが、言うのはめておきました。


 待機時間の分数を示す数字は、すでにゼロです。

 秒数だけが、43、42、41、40、39──、ようしやなく減っていきます。


「よし……。やろうか」


 エムの落ち着いた声が、じかに、そして通信アイテムしに左耳にも届きました。これからずっと、ゲーム終了までこのスイッチは切りません。


「りょーかい!」


 レンはP90のそうてんハンドルを引いてはなして、かわいた金属音と共に、1発目を薬室に送り込みました。

 エムもM14・EBRの装塡ハンドルを引いて、P90のそれよりはるかに重厚な金属音をひびかせました。

 この装塡音ほど、レンの戦闘意欲をかき立てる音はありません。

 こうようかんと共に、カウントダウンが進み──、

 すべてがゼロになったしゆんかん、二人は光に包まれました。



 ホワイトアウトしたレンの視界が、色と形を取りもどしました。

 どこだろう?

 真っ先に確認すべきは、自分が今、どんな地形にいるかです。

 レンが自分の居場所を視覚で確認するのと、


「森だ。よくないな」


 エムの声が聞こえるのが同時でした。


「森だあ……」


 残念そうにつぶやいたレンがいるのは、森林地帯でした。

 ぐで背の高い木々がびる森の中です。うつそうしげる日本の森ではなく、以前テレビで見た北米大陸のそれを思い起こさせます。

 3メートルはありそうな太い幹が重なるので視界が悪く、100メートル先がもう見えません。地面は湿しめった土にひざの高さまでシダ類が生えて、一方に向けてじやつかんけいしやがあります。

 レンが見上げると、木々の枝は黒く屋根になっていて、いつも赤い空は、すきにかすかにしか見えませんでした。

 エムが、〝よくない〟と言った理由を、レンはすぐに理解しました。


「二つあるんでしょ? エムさん。一つは、エムさんのげきが生かせない。もう一つは、わたしが目立つ」


 これだけ太い木々が並んでいると、敵との交戦きよは、長くても数十メートルになるでしょう。レンのP90には有利な間合いですが、サポートのエムにはいやな距離です。

 そのレンも、ピンクめいさいが効果をはつするのは、いつも赤い太陽が照らすばくこうです。うすぐらいだけのここでは、とても不利でした。

 緑系の迷彩のエムは、逆に不気味なほどけ込んでいました。動かないでいれば、森と一体化しそうです。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIV ―インビテーション・フロム・ビービー―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXI ―フィフス・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインX ―ファイブ・オーディールズ―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIX ―フォース・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVIII ―フォース・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVII ―フォース・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVI ―ワン・サマー・デイ―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインI ―スクワッド・ジャム―の書影