I ―スクワッド・ジャム―

第五章「大会開始」 ④

「そうだ。ここは不利だ」


 エムは答えながらひだりうでを後ろに回して、バックパックのサイドポケットに手をっ込みました。何を取り出すのかと思ったら、二人の間に出現したのは、大きなポンチョでした。エムのと同じ毒々しい迷彩柄でした。

 エムはそれを左手でつかむと、ばさっと、レンに放り投げました。


「森をけるまで、かぶっているんだ。いざというときは捨てていい。P90は、ポンチョしにってしまって構わない」


 なるほど、絶対にピンクよりは目立ちません。エムの〝ひみつ道具〟一つ判明と、レンは思いました。この様子では、いろいろな地形に合わせた迷彩ポンチョを持っていそうです。

 レンは、頭からポンチョを被りました。

 両手も武器もかくれますが、敵にそうぐうしたらこのポンチョをつらぬきながら撃てばいいのです。リアルのせんとうならば、そんなことはなかなか難しいでしょうが、GGOにはたまの行く先を教えてくれるバレット・サークルがあります。

 きっちりと照準器をのぞかなくても、引き金に指をかけるだけでサークルは出現しますから、近距離なら無理に構えなくてもいいのです。もちろん、せいみつ射撃の場合はしっかり構えないと、銃が暴れてしまいサークルも暴れます。

 この、〝きんきよしやげきの場合、構えずともサークルを敵に素早く合わせててばいい〟というのはGGOならではの射撃テクニックで、レンが最も得意とする戦い方です。

 同時に、GGOでドット・サイト(等倍のレンズにちやくだんてんを示す赤色がつく照準器)や、レーザー・サイト(レーザーを照射してねらいを合わせる)がまったく流行はやらない理由の一つでもあります。ドットやレーザーがサークルとダブってしまい、逆に狙いにくくなるからです。


「地図を見たあと、移動する」


 そんなエムの言葉。この場所は不利なので、さっさと移動してしまおうという作戦でしょう。


「分かった! どっちへ?」


 ポンチョが長すぎて全身をおおい、緑のお化けみたいになったレンが聞きました。エムはサテライト・スキャンたんまつを操作していて、二人の目の前の空間に、地図映像を出しました。二人同時に見るのなら、こちらの方が楽です。

 映像に出たのは、北が上になった地図。

 カラーであり、地形が立体映像で再現されている、とても分かりやすいものです。当然、スマートフォンやタブレット端末のように、拡大縮小回転が自由自在。

 レンは、自分がこれから戦うたいを、その地理を、初めて確認しました。

 地図の左右、つまり東西のはしを深い谷が走り、上を山、下をがけに囲まれた地形でした。

 東西の端の谷は、フィールドの移動可能区域を区切るための地形で、他のフィールドにもよくあります。高さ100メートルをえるだんがいぜつぺきで、落ちたら死にます。

 それは都合がよすぎるだろうとプレイヤーがツッコむことを考えてか、〝きよだいな宇宙船が不時着したときに、船体下部のじようあんていよくによってできたつめあとである〟という、実にもっともらしい設定がなされています。

 地図の北側は急に険しくなる山。南側はかくがズレたのではと思わせるほどの高い崖。もちろん、両方とも、どんなに努力しても、どんなスキルを使っても通行不可能なエリアになっています。

 移動できる区域の上下はばは、BoBと同じく約10キロ。とうかんかくに、たてよこのグリッド線が十一本走っているので、一つの正方形の幅が1キロになります。

 移動可能なエリアを大まかに分けると──、

 南の方(下3キロ幅)は、岩とこうばくが点在する、開けたエリア。ところどころに、身をかくせる岩山やせきなども見えます。

 東側中央部には、大きな都市のはいきよが広がります。太い通りや、まだ建っている高層ビルがえがかれています。〝東側の谷に面しているけれど、宇宙船の不時着時にビルは大丈夫だったのか?〟という疑問はこの際は無視します。

 地図中心部分は、低層家屋が並ぶ元居住区のようです。道や建物が細かく描かれていて、迷路のようです。青い色が広いはんに見えますが、これはそのエリアがすいぼつしているしようです。

 近くには右上から左下に流れる川がありますから、ここから水があふれているのでしょう。浅ければもちろん歩けますが、深くなっていくと〝泳ぐ〟という行動が必要になります。

 この場合、じゆうなどの重い装備を一度ストレージにもどさないと、よほど泳ぎが得意でない限りはしずんでしまいます。また、水中ではヒットポイントがじんわりと減っていくので、あまり通りたい場所ではありません。

 北東は緑の森林地帯が広がっていて、自分のいる場所を示すマーカーが小さく光っていました。SJのルールブックにっていました。最初の1分間だけは、自分の位置を知ることができる救済です。それ以後は、サテライト・スキャンまで待たねばなりません。

 それを見るに、レン達は、ほとんどマップの右上に配置されたようです。ゲーム開始時には最低1キロははなれているというルールですから、自分達より北に、そして東に敵はいないことになります。

 森の西側は、つまり北西エリアはなだらかな草原。見通しのいい、かくれる場所のないエリアです。

 その下の西側は、円形をした、足場の悪い湿しつです。そこには宇宙船らしききよだい構造物が、ほぼ垂直に地面にさっていました。これはビルと同じで、中に入って登れるはずです。ぬまができたのは、この宇宙船がげきとつしたからでしょう。

 10秒ほど地図を見たレンが顔を上げると、エムはそれからさらに15秒ほど地図をにらんでいました。どうだにせず、しかも今まで見たことのないしんけんな表情だったので、レンはだまったまま待ちました。まあ、それほど彼をよく知っている訳ではないのですが。


「よし」


 エムはサテライト・スキャンたんまつのボタンをして地図を消すと、小声で命令。


「とにかく、不利な森を出る。最初のスキャンには間に合わないだろうが、できるだけ都市部を使いたい。真南へ向かう。10メートルかんかくでついてこい」


 肉声はほとんど出していませんが、音量を自動調整してくれる通信アイテムのおかげで、とてもクリアに聞こえます。これなら、すぐ近くに敵がいてもまったく聞こえないはずなので、ハンドサイン、つまりりによる意思つうは必要ありません。


「了解。ついてく」


 レンが答えると、エムはそくに森の中を走り出しました。その行動に、迷いは一切ありません。南にある都市部に向かい、しやめんを下っていきます。

 まだ近くに敵はいないはずですが、エムは油断を見せず、見かけたらすぐにてるようにEBRを体の前に抱え、周囲をうかがいながら走りました。

 レンは、めいさいポンチョに体をくるみながら、言われたとおり10メートルを開けて、後ろをついて行きました。接近しすぎないのは、万が一敵の待ちせにあった場合、フルオート連射やグレネードのばくはつぜんめつしないためです。

 びんしようせいちがいで、あまり速く走ると追いいてしまうので、〝もう少しゆっくり〟と自分に命令しながらレンは走りました。

 目測で200メートルほど、暗い森の中を進んだとき──、

 とつぜん遠くから、だいたたくような音が聞こえました。


「止まれ。しゃがめ」


 エムがするどく言いながら足を止めて、スッと身を低くしました。こういうときの彼の反応は本当に速いです。レンもそれにならって、ややあわてながら、10メートル後ろでかがみました。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIV ―インビテーション・フロム・ビービー―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXI ―フィフス・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインX ―ファイブ・オーディールズ―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIX ―フォース・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVIII ―フォース・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVII ―フォース・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVI ―ワン・サマー・デイ―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインI ―スクワッド・ジャム―の書影