発砲音は、タタタタン、という軽めの音が幾重にも重なり合って、乱雑なリズムを刻んでいました。下手な人が小太鼓をデタラメに連打しているようです。間違いなく、どこかのチームとチームが撃ち合っているのです。
音は、長く、また短く続き、2秒以上途切れることがありません。相当数の弾がばらまかれているようです。
「5.56ミリクラスのアサルト・ライフルだな。サブマシンガンを撃っているやつもいる」
エムの冷静な分析が、レンの耳に届きました。
「分かるの? エムさん」
「ああ」
GGOでは、できる限り実銃から音を録音しているので、その再現度は高いです。
とはいえ、種類まで当てるなんて、キャラクターのスキルなのかプレイヤーの知識なのか分かりませんが、
「は? はあ……」
どれだけ耳がいいのかと、レンはエムに呆れました。それから、次に心に浮かんだ疑問をぶつけます。
「もう戦闘になったんだ? 早すぎない?」
「有利なポジションが欲しくて、むやみに全力ダッシュをして、運悪くかち合ったんだろう。場所は、ここより西の森のどこかだ。そう遠くない」
「なるほど……」
エムの言うとおり、最初のサテライト・スキャンまではまだ7分以上あるので、本当に偶然の邂逅だったのでしょう。
当の彼等にしてみれば、ひどい不運です。自分の望む有利なポジションを手に入れる前に、いきなり派手な乱戦になってしまうとは。SJ開始3分で死亡ゲームオーバーなキャラクターも出ていることでしょう。
音が派手に続く中、
「この先はゆっくり行く。レン、先に立て。この方角だ。ズレ始めたら指示する」
エムが、左手をゆっくりと動かして、進むべき方角を指し示しました。
「万が一森の中で敵に遭遇したら、まずはその場にしゃがめ。以後は、状況に応じて指示する」
「りょ、了解……」
正直、いつ敵と遭遇するか分からない今の状態で、しかも見通しの悪い森で先陣を切るのはかなり怖いですが、自分よりずっと優れているだろうプレイヤーからの命令なら仕方がありません。
レンはなるべく真っ直ぐ進むように注意しながら、太い幹を避けつつ、なおかつ進む先に目を光らせながら、早歩きの速度で進みました。
進めど進めど、森の中の景色はまるで変わりません。本当に自分が進んでいるのか、それすら危うくなる場所です。
ばったりと敵に遭遇しませんように、遭遇しませんように──、
頭の中で願いながら、右手の人差し指をP90の引き金にかけたいのを、ぐっと我慢します。指をかけたまま移動するのは、転んだときの暴発の恐れがあるので、絶対にやってはいけません。
やがて、遠くから聞こえていた発砲音はスッと消えました。どちらかのチームが勝ったのか、それとも双方一度逃げ出したのかは、分かりません。
敵がいませんようにいませんようにいませんようにいませんようにいるないるな──、
恐怖で神経を尖らせながら、レンは森の斜面を下っていきます。あの幹の向こうに誰かが隠れているかもしれない。通り過ぎようとしたらいきなり脇から撃たれるかもしれない。
考え出すとキリがありませんので、そのうち、
〝ああもう! 来るなら来やがれ! 刺し違えてでも、ピーちゃんのサビにしてやる!〟
そう思いながらの行進でした。
しかし、幸運の女神はレンに微笑んでくれたようです。ゲーム開始9分が過ぎても、敵との接触はありませんでした。
「よし、止まれ。しゃがめ。警戒待機」
サテライト・スキャンをチェックするために、エムから行軍停止の指示が出て、
「ふう……」
レンはその場に、森の中でしゃがみました。
あと少し遅ければ、レンは命じられなくても行軍を止めるつもりでした。
というのも、森はもう、レンの目の前10メートルほどで終わっているからです。そこから先は草だけの斜面を下って、廃墟となった都市部です。
六車線はあるだろう太い道、おそらくは高速道路が、レンの目の前に横たわっています。高架ではなく、周囲の地面とは同じ高さにです。位置的に考えて、川はあの高速道路の下で暗渠になっているのでしょう。
移動のしやすそうな舗装路です。ところどころで車がひっくり返っていたり、焼け焦げていたりします。今いる森に比べれば、圧倒的に視界は開けますが、同時に遮蔽物、つまり身を隠す場所は減ります。
その先は、背の低い瓦礫の山がいくつもあり、さらに先には、十階から三十階ほどの廃ビルがいくつもそびえています。
レンは、慎重に前を窺いました。今見える範囲に、人間の姿はありません。間違いなく1キロ以上は南下しているはずなので、南側に配置されたであろう敵もまた、南か西に移動していたことになります。
「ふう……」
レンは長く息を吐いて、さてエムはどこにいるのか、振り向こうとした耳に、
「俺は300メートル後ろにいる」
エムの声が届きました。
「え? そんな遠く?」
驚いて、思わず声を漏らしたレンに、エムの冷静な声が戻ってきます。
「これからスキャンだ。レンの位置は、ばれる。だから距離を開けた」
「…………」
「運悪くすぐ近くに敵がいたら、間違いなく、スキャン直後にレンのところに殺到するだろう」
それはレンにも分かりました。でもそうなったら、一人で最大六人を相手にすることになります。勝てる気が、まったくしません。
「そ、それで……? そしたら、どうすれば、いいの?」
エムが何を考えているのかまったく分からなくて、それを聞くしかないのでレンは訊ね、
「そのときは、狙わなくていいから派手に撃ちまくりながら、木を伝って後退しろ。俺は、左側に回り込みながら、追ってきた者を狙撃していく」
なるほど、つまりは自分を囮にして、エムはフィールド限界なので敵がいないはずの東側に回り込むのかと、レンはひとまず理解しました。
理解しましたが──、
リーダーを囮にするなんて酷い作戦だ!
やや立腹もしました。
14時09分30秒になって、レンの左腕で、腕時計が小刻みな振動を始めました。毎回のサテライト・スキャンの30秒前に、アラームを設定してあります。
「レンはスキャン端末を見なくていい。周囲を警戒しろ」
「了解」
言われなくても、敵が殺到するかもしれないのに、のんきに端末など見ていられません。レンは迷彩ポンチョの下で、P90の安全装置がちゃんと外れているか、今一度、指の感覚で確かめました。
そして次の瞬間、
「え?」
動く人影を目撃しました。