「え?」
レンが見つけたのは、明らかに人間でした。
今いる森の外れから、幅の広い高速道路を跨いだ都市部──、その太い通りを、瓦礫の山に身を隠すようにして、男達が一列になって歩いています。遠く小さくてよく見えませんが、手には黒い太い棒。銃でないことなど、あり得ないでしょう。
レンは近くにあった太い木の脇に身を隠すと、右目だけをそこから出しました。
「え、エムさん……。敵発見……」
「スキャンまであと30秒。できる限り説明しろ」
「え? え、えっと、高速道路の向こう! 町の中! たぶん200メートル以上向こう! えっと、えっと──」
「落ち着け。何人見える? 銃は?」
「最低五人! 銃は分からない! けど、小さくはない! 瓦礫の陰にいて、あ、今全員が止まった!」
「スキャンを見るつもりだ。レンに気付くぞ」
「ど、どどど、どうすればいいの? 撃つの? うう、撃っちゃうの?」
焦りまくった声で、レンは言い返しました。
「まず、落ち着け。P90でその距離は無理だ。どのみち発見される。今スキャン開始だ。そこで待て」
「ひゃあ」
レンは小さく悲鳴を上げつつ、左手首の時計を見ました。14時10分、間違いありません。
「せっかく先に発見したのにいっ!」
レンは思わず口に出していました。なんという不運。
スキャンが始まったはずですが、端末を操作していないレンには見えません。じりじりするような10秒ほどが過ぎて、
「確認した。都市部と高速道路の境に一チームいる。距離は200メートル強」
エムの、冷静すぎる声が耳に届きました。
「ほ、他には?」
レンの質問に、
「大丈夫だ。ひとまず、すぐに戦闘になりそうな距離にはいない」
エムが答えました。それはいいニュースだとホッとした瞬間に、自分の今いる森の中に、音もなく半透明の赤い線が延びてきました。
照準用のレーザー光線に見えますが、これがバレット・ラインです。
〝これからここに弾が飛んできますよ〟という、GGOならではの丁寧なお知らせです。その数は百本以上。
たとえ夜だろうと雨だろうと霧の中だろうと、はっきりと見えるようになっています。赤い線が森の中を貫いて躍る光景は、派手なコンサート会場のようでした。
「ひゃあ! エムさん! 狙われた!」
レンが悲鳴を上げながら顔を引っ込めるのと、鞭をはじくようなビュン! という音が自分を包むのが同時でした。あちこちで木の幹がはじけ飛ぶ音が、それに加わります。
ワンテンポ遅れて、ドドドドドドドという重低音と、タタタタタタタタタンという軽いリズムが、さっきよりずっと大きく響きました。
レンの姿は見えなくても、隠れている位置がスキャンでばれています。当然弾丸はそこへ集まるわけで、自分の周囲30メートルほどは、ゲリラ豪雨のような銃弾の雨あられ。
地面から土がはじけ飛んで、シダ類の葉が舞います。時々、バレット・ラインとは違った、オレンジの明るい線が横に走ります。弾丸の飛翔を射手に分かりやすくするために光る、曳光弾の光です。
視覚には赤い線と、ポップコーンのようにはじける地面と木の幹。聴覚には、チュンという弾丸の飛翔音と、ビシバシと木々を穿つ音と発砲音が完全にミックス。
「うひゃあ! エムさーん! ムチャクチャ撃たれてる! 怖い! 助けてー!」
その場から動けずに助けを呼んだレンの左耳に返ってきたのは、
「うん。相手はマシンガン使いだな」
冷静な分析の声でした。
「はいいいっ?」
「7.62ミリクラスの汎用機関銃。これは、連射音からして《FN・MAG》だろうな。2丁以上ある。軽く響く、連射速度が速い音もするから、5.56ミリも混じっている。同じくFNハースタル社の《ミニミ》か」
「ちょっとお! 助けてくれないの?」
「今大丈夫なら、そこに隠れていて大丈夫だ。じっとしていろ」
「やっちまえー!」
レンから200メートルほど離れた、都市部の瓦礫の前で、
「ひゃっはー!」
マシンガンを、爽やかな笑顔で撃ちまくっている男達がいました。
総勢五人。
全員、エムほどではありませんが、なかなかゴツい体型のアバターをしています。
そして、手にしている銃器もまた、ゴツいものばかりでした。
「楽しいぜえええええええ!」
そう叫んでいる男は、世界で最も有名なマシンガンの一つ、FN・MAGをフルオートで撃ちまくっています。
瓦礫の山に二脚を置いて据え付けて、狙うのはもちろん高速道路を挟んだ森の中。
ドドドドドドドドドドドドドドという重低音が響き渡って、銃口からの衝撃波で辺り一面埃が巻き上がっています。銃の左側に延びている7.62ミリ弾の弾薬ベルトが、1秒間に10発以上の速さで吸い込まれていき、弾丸が前へ発砲され、空薬莢は銃の下に、ベルトを繫ぐ金属製のリンクはばらばらになって右に排出されていきます。
銃口は赤く赤く炎を生み出し、5発おきに1発入っている曳光弾が、オレンジの線を描いていきます。
その数メートル隣では、
「どりゃあああああああああああ!」
やっぱり暑苦しく叫びながら、FN・MAGの米軍採用型の《M240B》──、わずかな外見の差異以外は同じ銃を、こっちは立ったまま、キャリングハンドルを左手で持って、ストックを脇に挟んで連射していました。
残り三人の男も、マシンガンです。
一人が、やはり7.62ミリの《M60E3》マシンガンを。
一人が、5.56ミリの軽機関銃、ミニミを。
最後の一人は、そのミニミを参考にして作られたという、イスラエル・ミリタリー・インダストリー社製《ネゲヴ》軽機関銃を、瓦礫の山の上に伏せて撃っていました。
戦闘シーンは中継されますので、空中でカメラの位置を示す水色の円が彼等の周りを動き回り、格好いいアングルを探していました。
今中継され、酒場の観客を盛り上がらせている彼等こそ、前日の夜に、
『最低15分は生き残ろうぜ!』
という、何とも情けない誓いを立てた五人の男達です。
一覧表には《ZEMAL》として載っていました。レンにもエムにも、またはそれ以外のプレイヤーにも気付きようもありませんでしたが、これは《全日本マシンガンラバーズ》の略称。
彼等こそ、機関銃が好きで好きでたまらない男達です。
ゲーム内で意気投合して出会った、日本中に散らばるプレイヤー達です。わずか五人のチームでも全日本を名乗るのは、北海道在住と沖縄在住がいるという、ただそれだけの理由。
彼等には、〝マシンガンが大好き過ぎてヤバイ〟という共通の嗜好がありました。
だから、使う銃は絶対にマシンガンです。
それ以外は使いませんし、使ったら破門です。サイドアームの拳銃すら持ちません。光学銃など、〝何それ美味いの?〟と思う連中です。
重い銃を扱うにはかなりの筋力値が必要なので、重点的に鍛えられているのは言うまでもありません。マシンガンは高価な銃なので、手に入れるために地道に稼いだり、人によってはリアルマネーをつぎ込んだりと、熱い情熱が注ぎ込まれています。
そして一緒にGGOを楽しんでいたのですが、彼等には一つの特徴がありました。
〝対人戦闘にやたら弱い〟──、という特徴が。