I ―スクワッド・ジャム―

第六章「戦闘開始」 ④

 相手の位置が分からない状態では、バレット・ラインが発生しません。いきなり撃ってきて一発そくがあり得るスナイパーは、現実世界でもGGOでもきらわれています。

 れきの山の向こうは大小様々なビルが並んでいるので、狙撃に適したポイントはそれこそたくさんあります。レンは再び注意深く見てみましたが、人の姿も、銃の姿も見えません。


「いないよー」

「簡単に見つかるような場所にはいないさ。銃や身を出して撃つのは、スナイパー失格だ」


 エムからは、さとすような答えが返ってきました。そして、


「わずか六人しかいないチームを分割するのは、勇気のある作戦だ。ちゆうちよなくそれができるチームは強い」


 敵を評価する言葉も。


「あの二人、もうすぐやられるぞ」


 エムの言葉に、まだスナイパーを探していたレンは、二人に視界をもどしました。

 覆面の四人はマシンガンの二人から50メートルまで近づいていて、なおかつ瓦礫の山をってさらに接近中。

 それにまったく気付いていない二人は、あせった様子で何かしやべっているようですが、もちろんレンには聞こえません。


「ここからげようぜ!」

「でも、顔を出したら撃たれるぞ!」


 そんなでしょうか? レンは想像しました。

 レンが見守る中で、わずか20メートル、一つ手前の瓦礫の山まで接近した四人は、しゆうげき準備を終えました。小さなり手振りで、さっと広がりました。

 先頭の一人が、しゆりゆうだんを放り投げました。二人から少しはなれた、大ダメージは与えられない場所に落ちてばくはつしましたが、それで十分でした。

 マシンガンの二人はあわてて立ち上がって、ひたすら逃げ出します。その背中に向けて、残った三人が素早く正確な射撃を加えて、銃声がリズミカルにひびきました。

 外れるきよでもないので、二人は反撃もできずに、背中から頭から、赤いだんエフェクトを派手にきらめかせながらその場にたおれ込み、仲間達と同じ運命をたどりました。


「あーあ……」


 レンのため息が、二人のキャラクターの戦死、またはSJからの退場をしむものなのか、自分で殺したかったとやむものなのかは不明です。


 レンが時間を見ると、14時14分でした。

 あれからたった4分かと、レンはおどろきました。

 スキャンまでまだ6分あります。今ならあの四人の位置はほとんど丸見えで、しかも向こうはこっちを認識していません。チャンスです。


「エムさん、やっちゃいなよ!」


 レンは、ぶつそうなことを笑顔で言いましたが、返事はノーでした。


「だめだ。一人だけならたおせるが、残りにはかくれられてしまう。そうなればもう、再び森の中にげるしかなくなる。ここは、やり過ごす。連中はおれ達が森のおくてつ退たいしたと予想しているはずだ」


 むう、とレンは心の中でうなりました。せっかくここまで来たのに、不利な森の中にぎやくもどりはめんこうむります。ので、


「それより、連中の様子をもうちょっと観察したい」


 ここはエムの言葉に従うことにしました。少なくともあと5分少々は、この場で安全に観察ができるのは確かです。

 単眼鏡に視線を戻すと、四人の姿は消えていました。もうどこにも見えません。手際よく撤退したのでしょう。

 それから30秒が過ぎて、


「いた」


 エムの声。


「レン。がいへきってるデザインのビルを見ろ。その中層」


 指示通りのビルを探してズームすると、


「あっ! いたっ!」


 そこには、探していたひとかげがありました。ヨットののようにデザインされたビルの中層、十階くらいでしょうか。ガラスがすべき飛んでいるまどぎわに人がいます。細長いライフルを背負っています。

 きよを測ると503メートルと出ましたので、マシンガン連中からは300メートルくらいだったのでしょう。高精度のげきじゆううでのあるスナイパーなら、ゆうで急所をねらえる距離です。

 どうするんだろう? と思ったレンに、こうするんだよ、と言わんばかりに彼は、地面に向けて長いロープを放り投げました。

 そして、すぐさまそのロープを体の前にしてまたぐと、ビルの外壁を両足でばすようにしながら、すいすいと下っていきました。30メートル近い高さですが、あっという間に、地面をおおれきの山に隠れて見えなくなりました。続いて二人目が降下。やはりすぐに見えなくなりました。あとに残ったのは、小さくれるロープだけ。それも、ストレージに収納されたのか、姿を消しました。


「なにあれ? すごい!」


 レンが、じやたたえます。


「ラペリングだよ。ロープによるけんすい降下」

「へー。たての移動に便利だね。階段下りるよりずっと速いもんね。あんなスキルがあったんだ。欲しいかも」

「連中は、ちょっとちがうな」

「ん?」

「GGO内のラペリングスキルでは、あそこまで素早い降下はできない。やったことがあるから分かる」


 エムの返答に、レンは首をかしげて、


「じゃあ、あの人達はどうやったの?」

「あれは、プレイヤーの持っている能力だ」

「プレイヤーの能力? どういうこと?」


 エムの言ったことがすぐに分からず、レンは彼に顔を向けて聞き返していました。M14・EBRを構えてスコープをのぞいたままのエムは、


「つまり、GGOを遊んでいる人間が、リアルであれができる、ということだ」

「あ、なるほど! 前にピトさんに聞いた話を思い出した!」



 GGOをふくめたすべてのVRゲームにおいて、〝できること〟には二つの種類があります。

 一つは──、キャラクターができること。

 つまり、経験値とのこうかんでスキルを手に入れたキャラクターなら、自動的にだれでもできることです。

 GGOなら、高性能のばくだんを製作したり、じゆうの部品やナイフを制作したり、げきの命中率を上げたり、きようてきな視力で遠くのしようさいを見たり──、他にもいろいろあります。

 スキルにもレベルがあるので、上げれば上げるほど成功率が高くなったり、より早くできたり、より高度にできたりするのです。

 そしてもう一つが──、スキルを持ってなくても、プレイヤーがリアルでできることです。

 元々プレイヤーがリアルでもできることは、スキルを取らなくても可能です。アミュスフィアによる神経伝達によって、体が動くからです。

 たとえば書道。GGOにはありませんが、〝文字をれいに書く〟というスキルを手に入れたキャラクターは、だんと同じように書こうとするだけで、見事な書ができあがります。

 一方、リアルで書をたしなんでいるプレイヤーは、スキルを取らずとも、これが可能です。もちろん、その人がリアルで修得している以上の書は書けませんが。

 当然ですが、スキルによってできることは、あくまでゲームの中でのこと。

 書道スキルを手に入れたからといって、現実世界で美しい文字が書けるようになるなんてことは基本的にはありません。



「つまり、ロープでスイスイ降りるのも、らぺ……、なんだっけ?」

「ラペリング」

「そうそれ。あの人達はリアルでつうにできちゃうってことか。すごいね。登山家なのかな?」


 素直に感心して、のんきに言ったレンですが、


「だったらよかったんだがな」


 エムの言葉は、ずいぶんと重く聞こえました。

 単眼鏡に目をもどしたレンは、二人に合流するために、周囲のけいかいおこたらずに遠ざかっていく四人を見ながら、


「エムさん、その口ぶりだと、あの人達のリアルが分かってるようだよ?」

「予想だけどな」

「すると?」


 予想の予想がまったくつかないので、レンは素直にたずねました。

 左耳に返ってきた答えは、


ていねいで統制の取れた動きと、素早いラペリングを見て思った。多分アイツら、せんとうのプロだ」

「プロ? はい?」


 意味が分からず、四人が見えなくなったので単眼鏡を目から外してエムを見ると、エムもこっちを見ていました。いかつい顔が、なんだか少し弱気に見えました。

 その口が動きます。


「文字通り、〝戦うことでお金をもらっている人達〟だ。あの六人は──、警察もしくは海上保安庁のとくしゆ部隊か、自衛隊員だ」

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIV ―インビテーション・フロム・ビービー―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXI ―フィフス・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインX ―ファイブ・オーディールズ―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIX ―フォース・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVIII ―フォース・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVII ―フォース・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVI ―ワン・サマー・デイ―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインI ―スクワッド・ジャム―の書影