右側は森、左は都市部。見える範囲に敵がいないことを警戒しつつ、廃車の陰で後ろから来るエムを待ちます。
森から出てきて初めて分かりましたが、このフィールドには風がまったく吹いていませんでした。これは、スナイパーをかなり有利にします。
エムはレンよりずっと足が遅いですが、それでも全速力でコンクリートを蹴ってやって来ます。巨体を隠せる場所に滑り込むと、
「よし行け!」
いつでも支援射撃ができるようにM14・EBRを構えながら命令。
走っている途中、森の上や都市部からは姿が丸見えだったでしょうが、二人に向けて放たれる弾はありません。
その代わり、派手な戦闘音がずっと鳴り響いていました。
* * *
時間は少し戻って14時20分。二回目のスキャンの直前──、
都市部では、エムの予想通りのことが起きていました。
先ほどの、主に全日本マシンガンラバーズが立てた派手な戦闘音を聞いて、
〝どんな奴らか分からないが、あれだけの弾を撃ったのなら、生き残っているチームの方も無事ではないだろう〟
まったく同じように考えた近隣の三チームが、戦闘音に吸い寄せられるように、都市部に集まってきていたのです。もちろん、片方がまったく無傷で、しかも凄腕であることなど知るわけがありません。
そして二回目のスキャンが始まった直後──、
「え?」「噓っ!」
同じマスにいて、それもわずか200メートルほどしか離れていなかった二チームは心底驚きました。近づいていくルートが違ったのでまだ目視していませんでしたが、本当にすぐ近くに敵がいたのです。
この瞬間に、二チームの行動は、見事に分かれました。
片方のチームは、つなぎの戦闘服を着込み、左腕にスズメバチをモチーフにしたエンブレムを付けていました。
メインアームは《H&K MP5》や《ワルサー MPL》などサブマシンガン主体で、敏捷性重視の素早いキャラクターばかりの一団です。
彼等は、
「ああもうやったるぜ! 全員全力で突っ込めえええ!」
「おっしゃあ!」「突撃ぃぃ!」「ラジャー!」「やったらあ!」「おかーさーん!」
ここが死に場所だと言わんばかりに、六人全員で楽しそうな突撃を始めました。太い通りを猛ダッシュして、曲がった先にいるだろう相手に向けて。
もう一方のチームは、服装はバラバラ。チームのアイコンとして、全員が首に緑色のスカーフを巻いていました。
彼等は、残念ながら即決即断ができませんでした。
「ちけーよ! に、逃げようぜ!」
「いや、斜め下にももう一チームいる! ビルの上にも! 逃げる方向なんてないよ! 突っ込んで迎え撃つほうが──」
「バカ! 挟まれたらどうする? 建物の中で身を隠してだな──」
「室内戦闘なんてやりたくねえ!」
「お前らケンカするな! リーダーの指示に従え」
とそこまで言い争った瞬間に、通りの向こうから突っ込んできたチームに銃弾を浴びせかけられました。
サブマシンガンは連射力に優れていますが、使っているのが主に拳銃弾なので、与えられるダメージはそれほど多くありません。
不意打ちで死亡したのは、運悪く二人から一斉に撃たれた一名のみ。
被弾はしたが死ななかった残りの五人は、もはや逃げ場はないと覚悟を決めて、立ち向かっていくように猛反撃を開始しました。《AKM》や《M16A3》などのアサルト・ライフルが、フルオートで吠え始めました。
太い通りの上で、双方が100メートル以内で対峙しつつ、撃ちまくり、そしてグレネードを投げ合うど派手な戦闘になりました。
相手の位置が十分に分かっているので、背中を見せた方が負けです。身を隠すよりとにかく撃って撃ちまくって、マガジンを替えてまた撃って──、
やがて一人死に、また一人死にと、壮絶な消耗戦が始まりました。
空中に浮かぶカメラマークが、無慈悲にそれを俯瞰し続けます。
これにほくそ笑んだのが、1キロほど離れた場所にいた別チームの男達です。
六人全員が赤茶の迷彩服を着て、スターム・ルガー社製《AC─556F》というアサルト・ライフルを装備していました。
これは、M14を5.56ミリにダウンサイズしたような《ミニ14》に、金属製折りたたみストックをつけて、フルオート射撃を可能にした銃です。コンパクトで性能もそこそこいいのですが、GGO内では人気がなくて安価な銃です。
近くから聞こえ始めた音を聞いたチームリーダーは、
「よっしゃ! アイツらぶつかった! 回り込んで裏を取れるぞ!」
そんな言葉。仲間が聞きます。
「ビルの上にいる奴らはどうする?」
「まだ遠い。狙撃で届く距離じゃねーよ。走っていれば当たらねえ」
「なるほど」
「よっし、みんな行くぞ!」
こうしてこのチームは、漁夫の利狙いで走り出しました。
太い道を全力疾走するために、瓦礫の多い建物脇ではなく、道の真ん中を通ったので、
「南側に一チーム確認。六名。武器はAC─556F。以後これを〝デルタ〟と呼称する」
ビルの中からの双眼鏡の視界に収まっていることなど、しかも名前まで付けられたことなど、気付くわけがありません。
この距離なら、そして走っていれば狙撃は当たらないというデルタのリーダーの判断は、決して間違っていませんでした。
1キロになると、普通の狙撃銃では当てられません。有効射程内の対物ライフルだとしても、相当の凄腕なら、という距離でしょう。脅威度が低いとの判断は、真っ当でした。
ただ彼等が不幸だったのは、サテライト・スキャンに映らない優秀な別働隊が四人、地上にいたということです。
バラクラバで顔を隠した男は、冷静な口調で、通信アイテムで四人に命令するのです。
「デルタは南三通りを西進中。映画館脇でこれをやり過ごし、あとを付けろ。ブラボーとチャーリーの戦闘終了まで待機」
「ああもうこんちくしょう!」
AK─47の改良版であり、外見はよく似ているAKMを持った男は、大声で悪態をつきました。
服装は、世界の紛争地で見かける民兵スタイル──、ジーンズに革ジャン姿、胸にはマガジンを入れたチェストリグです。首には、緑のスカーフ。
男は、大通りに放置された廃車の脇で、銃を横に構えてべったりと伏せていました。タイヤがパンクした車の下からしか前は見えませんが、狭い視界の中に、動くものの姿はありません。
「おーい! 誰か近くにいるか?」
必死の形相で叫んでみましたが、返事がありません。
どうやら、さっきまで一緒に行動していた仲間はみんな、死んだか、それとも逃げてしまっているようです。
自分も、ヒットポイントがだいぶ削られました。突っ込んできた敵チームのサブマシンガンの弾を、近距離から5発は食らったでしょう。もちろん反撃はしたので、頭に数発叩き込んで一人は確実に倒したし、もう一人も足に食らわせてやったはずですが。
すると、問いかけから5秒ほど経ってから、
「おー! 生きてるぞー!」
そんな声が、どこからともなく返ってきました。
男の顔に、安堵の笑みが戻りました。そして、
「おお! どこだ? 無事か?」