I ―スクワッド・ジャム―

第七章「対プロ戦」 ③

「おう、なんとかなー! ヒットポイントは真っ赤だけどな!」


 二回目の返事は、ずっと近くからはっきりと聞こえました。かくれていた建物を出て、こっちに近づいてきているのでしょう。


「よし! 合流して逃げるぞ」


 男はAKMを持ち上げながら言いましたが、返事は、


「あー、そりゃ無理だわ!」

「なんで?」


 そうたずねる前に、男はもっと冷静になるべきでした。

 そうすれば、自分の視界の左上、目を大きく動かすと見える位置にある情報が、つまり仲間達のヒットポイントバーが見えたはずです。それらがすべて真っ黒になって、名前のところに×印がついていることに気付いたはずです。


「だってよ、見てくれよ! おれはよ──」


 車のかげから顔を出すと、会話の相手が、6メートル前にいました。黒いつなぎを着た男が、MP5のA3タイプをしっかりと構えて、じゆうこうがこっちを向いていました。そこから延びる赤い線が目に入って、視界が真っ赤になりました。


「敵だからな!」


 1発でした。

 MP5から放たれた9ミリパラベラムだんは、男の右目から派手なだんエフェクトを生み出しました。力を失った体は横にたおれました。AKMはコンクリートに落ちて、にぶい金属音がしました。



「はあ……」


 MP5をった男も、その場にぺたんとこしを下ろしました。体中に撃たれたあとてんとうしていて、ヒットポイントゲージは真っ赤で、もうほとんど残っていません。

 彼がり向くと、大通りには、【Dead】マーカーをきらめかした敵味方の死体がごろごろと転がっていました。落ち着いて視界ひだりすみかぶ情報を見ると、見事に自分以外ぜんめつでした。


「あーあ……、この先一人でどうなるの俺? 降参しちゃおうっかなー」


 思わず、口から出たのはそんなつぶやき。

 しかしすぐに、


「いや、まあ、死ぬまではがんってみっか……」


 そう言いながら、むねポケットからつつじようの救急りようキットを取り出すと、首筋にぷしゅっと打ち込みました。ヒットポイントゲージがちかちかと点滅し、じわりじわりとバーがもどっていきます。

 男がうでけいを見ると、14時27分。あと3分の間にヒットポイントを回復させながらかくれて、その先は、


「行き当たりばったりだ!」


 再び走り出すために、笑顔で立ち上がった男の体を──、

 飛んできた5.56ミリ弾が次々につらぬいていき、回復しつつあったヒットポイントをあっさりとゼロにし下げました。

 大通りに、物言わぬ死体がまた一つ、加わりました。


 通りのかげからAC─556Fをフルオートでちまくった男が、


「うっしゃ! 漁夫の利ゲット!」


 うれしそうに右手のこぶしき上げました。

 せんとうが終わるまで、ビルの陰でかくれていたチームです。

 1分ほど前から、乱戦の成り行きを見ていました。げてくる者がいればおそおうと思っていましたが、その前にほとんど全員が死んでしまいました。

 どうやらあのMP5男が最後の一人らしいので、リーダーがゆっくりと建物の角から身を出して、じゆうげきしたのです。


「やったぜ! こういうことがあるから、バトルロイヤルっていいよな。裏を取れれば楽勝だぜ!」


 建物の裏で待機していたチームメンバー、油断なく後方をけいかいしていた一人が、楽しそうに言って、


「まあ、おれ達も気をいたらああなるけどな」


 リーダーが自戒を込めて言った次のしゆんかんに、建物の五階のまどから、強力なプラズマ・グレネードが四つ落ちてきました。

 青白いばくはつの光に完全に包まれて、ヒットポイントを全損させながら──、

 市街戦では周囲だけではなく上方も警戒しなければならないことを、かれは身をもって学びました。


 プラズマ・グレネードを落としたふくめんの男は、すぐに遠くにいる男にれんらく


「ブラボー、チャーリー、デルタ。ぜんめつを確認。損害なし」


 ビルの中の覆面男は、


「了解。次のスキャンもここで受ける。全周警戒しつつ指示を待て」


 そう返しました。

 そのとなりに、レミントン社製のボルトアクションげきじゆう《M24》をカメラ用のさんきやくに乗せて、座って構えている男がいました。マシンガン連中を、正確な狙撃でほふった男です。

 彼が、顔を上げずにリーダーにたずねます。


「さっき高速道路をもうれつな速度で走ってたピンクのヤツと、ついて行ったデカイヤツ──。どうします?」



          *     *     *


 14時29分、三回目のサテライト・スキャン直前に、


「ひゃあ! 走った走った!」

「なんとか、なったな」


 レンとエムは、敵を見ることなく高速道路を走りきって、マップ中央に位置する居住区にたどり着きました。


たれなかったね!」

「ああ」


 ここまでの移動中、都市部から、そして森からも、派手なせんとうおんがずっと聞こえていましたが、二人に向けて放たれたたまは1発もありませんでした。

 もちろん、だれかにそくはされていたが、走っているから当たらないと判断された可能性は残ります。

 がいさんで3キロは走ったので、平均時速は約18キロ。

 マラソン選手のアベレージが時速約20キロですから、これは相当のハイペースです。ちなみにびんしようせいを上げているレンにはまだまだゆうでも、エムには〝キャラクター性能〟ぎりぎりの速度でした。

 これだけ走っても息切れはなく、汗も出ず、のどかわかないのがVRゲームのいいところ。


 二人がたどり着いたのは、周囲をアパートや低層住宅のはいおくに囲まれた、通り以外は見通しの悪い地域です。

 建物はどう見ても日本のそれではなく、外国の高級住宅地を思い起こさせます。

 もちろんゴーストタウンなので、そのせきばくかんはんではありません。道にはパンクした車がくさりかけ、太い木の生長でひっくり返っているものも見えます。庭では、大型のしばり機がびて真っ赤になっていました。

 建物の外見もボロボロで、かいしてぺっちゃんこになっているものも多いです。そうはヒビだらけで、すきからたくましく草がびています。すいぼつ地域が広いはずですが、今いる辺りは、幸いにもしんすいはしていません。

 二人は、芝生が死に絶え木々はれたいつけんげんかんに近づくと、念のためにだれかがトラップをしかけてないかチェックします。

 ここがスタート地点だったチームが、大量のグレネードをしかけていった可能性もゼロではありません。入り口にワイヤーをしかけておくブービートラップは、シンプルですが引っかかりやすいのです。


だいじようだ。ゆっくり入れ。室内のトラップも注意」

「了解」


 二人はゆっくりと中に入って、再びトラップをチェック。安全であると確認した上で、室内に身をかくしました。


 その家のリビングルームは、乱雑だが入れないほどではない、いい感じの散らかり具合でした。

 GGOのフィールドには、一応のはいりよから最終戦争で亡くなった人間の遺体、つまり人骨などは一切転がっていません。もし再現したら、都市部など人骨だらけのごく絵図になってしまうでしょう。

 しかし、それ以外の演出は本当に細かく、よくできています。

 レンとエムがおじやしたこの家にも、最終戦争前の人々の生活をうかがわせるアイテムが、たくさん配置されていました。

 小さく草がびるだんの上には、笑顔の家族写真が入った銀フレームの写真立て。流し台には割れたお皿や、割れてないお皿。ソファーのわきに散らばる、古びた雑誌や新聞紙。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIV ―インビテーション・フロム・ビービー―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXI ―フィフス・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインX ―ファイブ・オーディールズ―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIX ―フォース・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVIII ―フォース・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVII ―フォース・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVI ―ワン・サマー・デイ―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインI ―スクワッド・ジャム―の書影