「おう、なんとかなー! ヒットポイントは真っ赤だけどな!」
二回目の返事は、ずっと近くからはっきりと聞こえました。隠れていた建物を出て、こっちに近づいてきているのでしょう。
「よし! 合流して逃げるぞ」
男はAKMを持ち上げながら言いましたが、返事は、
「あー、そりゃ無理だわ!」
「なんで?」
そう訊ねる前に、男はもっと冷静になるべきでした。
そうすれば、自分の視界の左上、目を大きく動かすと見える位置にある情報が、つまり仲間達のヒットポイントバーが見えたはずです。それらが全て真っ黒になって、名前のところに×印がついていることに気付いたはずです。
「だってよ、見てくれよ! 俺はよ──」
車の陰から顔を出すと、会話の相手が、6メートル前にいました。黒いつなぎを着た男が、MP5のA3タイプをしっかりと構えて、銃口がこっちを向いていました。そこから延びる赤い線が目に入って、視界が真っ赤になりました。
「敵だからな!」
1発でした。
MP5から放たれた9ミリパラベラム弾は、男の右目から派手な被弾エフェクトを生み出しました。力を失った体は横に倒れました。AKMはコンクリートに落ちて、鈍い金属音がしました。
「はあ……」
MP5を撃った男も、その場にぺたんと腰を下ろしました。体中に撃たれた跡が点灯していて、ヒットポイントゲージは真っ赤で、もうほとんど残っていません。
彼が振り向くと、大通りには、【Dead】マーカーを煌めかした敵味方の死体がごろごろと転がっていました。落ち着いて視界左隅に浮かぶ情報を見ると、見事に自分以外全滅でした。
「あーあ……、この先一人でどうなるの俺? 降参しちゃおうっかなー」
思わず、口から出たのはそんな呟き。
しかしすぐに、
「いや、まあ、死ぬまでは頑張ってみっか……」
そう言いながら、胸ポケットから筒状の救急治療キットを取り出すと、首筋にぷしゅっと打ち込みました。ヒットポイントゲージがちかちかと点滅し、じわりじわりとバーが戻っていきます。
男が腕時計を見ると、14時27分。あと3分の間にヒットポイントを回復させながら隠れて、その先は、
「行き当たりばったりだ!」
再び走り出すために、笑顔で立ち上がった男の体を──、
飛んできた5.56ミリ弾が次々に貫いていき、回復しつつあったヒットポイントをあっさりとゼロに押し下げました。
大通りに、物言わぬ死体がまた一つ、加わりました。
通りの陰からAC─556Fをフルオートで撃ちまくった男が、
「うっしゃ! 漁夫の利ゲット!」
嬉しそうに右手の拳を突き上げました。
戦闘が終わるまで、ビルの陰で隠れていたチームです。
1分ほど前から、乱戦の成り行きを見ていました。逃げてくる者がいれば襲おうと思っていましたが、その前にほとんど全員が死んでしまいました。
どうやらあのMP5男が最後の一人らしいので、リーダーがゆっくりと建物の角から身を出して、銃撃したのです。
「やったぜ! こういうことがあるから、バトルロイヤルっていいよな。裏を取れれば楽勝だぜ!」
建物の裏で待機していたチームメンバー、油断なく後方を警戒していた一人が、楽しそうに言って、
「まあ、俺達も気を抜いたらああなるけどな」
リーダーが自戒を込めて言った次の瞬間に、建物の五階の窓から、強力なプラズマ・グレネードが四つ落ちてきました。
青白い爆発の光に完全に包まれて、ヒットポイントを全損させながら──、
市街戦では周囲だけではなく上方も警戒しなければならないことを、彼等は身をもって学びました。
プラズマ・グレネードを落とした覆面の男は、すぐに遠くにいる男に連絡。
「ブラボー、チャーリー、デルタ。全滅を確認。損害なし」
ビルの中の覆面男は、
「了解。次のスキャンもここで受ける。全周警戒しつつ指示を待て」
そう返しました。
その隣に、レミントン社製のボルトアクション狙撃銃《M24》をカメラ用の三脚に乗せて、座って構えている男がいました。マシンガン連中を、正確な狙撃で屠った男です。
彼が、顔を上げずにリーダーに訊ねます。
「さっき高速道路を猛烈な速度で走ってたピンクのヤツと、ついて行ったデカイヤツ──。どうします?」
* * *
14時29分、三回目のサテライト・スキャン直前に、
「ひゃあ! 走った走った!」
「なんとか、なったな」
レンとエムは、敵を見ることなく高速道路を走りきって、マップ中央に位置する居住区にたどり着きました。
「撃たれなかったね!」
「ああ」
ここまでの移動中、都市部から、そして森からも、派手な戦闘音がずっと聞こえていましたが、二人に向けて放たれた弾は1発もありませんでした。
もちろん、誰かに捕捉はされていたが、走っているから当たらないと判断された可能性は残ります。
概算で3キロは走ったので、平均時速は約18キロ。
マラソン選手のアベレージが時速約20キロですから、これは相当のハイペースです。ちなみに敏捷性を上げているレンにはまだまだ余裕でも、エムには〝キャラクター性能〟ぎりぎりの速度でした。
これだけ走っても息切れはなく、汗も出ず、喉も渇かないのがVRゲームのいいところ。
二人がたどり着いたのは、周囲をアパートや低層住宅の廃屋に囲まれた、通り以外は見通しの悪い地域です。
建物はどう見ても日本のそれではなく、外国の高級住宅地を思い起こさせます。
もちろんゴーストタウンなので、その寂寞感は半端ではありません。道にはパンクした車が腐りかけ、太い木の生長でひっくり返っているものも見えます。庭では、大型の芝刈り機が錆びて真っ赤になっていました。
建物の外見もボロボロで、自壊してぺっちゃんこになっているものも多いです。舗装路はヒビだらけで、隙間から逞しく草が伸びています。水没地域が広いはずですが、今いる辺りは、幸いにも浸水はしていません。
二人は、芝生が死に絶え木々は枯れた一軒家の玄関に近づくと、念のために誰かがトラップをしかけてないかチェックします。
ここがスタート地点だったチームが、大量のグレネードをしかけていった可能性もゼロではありません。入り口にワイヤーをしかけておくブービートラップは、シンプルですが引っかかりやすいのです。
「大丈夫だ。ゆっくり入れ。室内のトラップも注意」
「了解」
二人はゆっくりと中に入って、再びトラップをチェック。安全であると確認した上で、室内に身を隠しました。
その家のリビングルームは、乱雑だが入れないほどではない、いい感じの散らかり具合でした。
GGOのフィールドには、一応の配慮から最終戦争で亡くなった人間の遺体、つまり人骨などは一切転がっていません。もし再現したら、都市部など人骨だらけの地獄絵図になってしまうでしょう。
しかし、それ以外の演出は本当に細かく、よくできています。
レンとエムがお邪魔したこの家にも、最終戦争前の人々の生活を窺わせるアイテムが、たくさん配置されていました。
小さく草が伸びる暖炉の上には、笑顔の家族写真が入った銀フレームの写真立て。流し台には割れたお皿や、割れてないお皿。ソファーの脇に散らばる、古びた雑誌や新聞紙。