成瀬と担当たちのご飯事情

 当然と言えば当然だが、担当声優でも人によって性格は千差万別。

 マネージャーは行動をともにすることが多いだけに、性格の差はより感じる。

 その中でも影響が出るのは、食事のときだとマネージャー・成瀬珠里は思う。


「あー、お腹減ったー。成瀬さん、時間あるしご飯食べてから行きません?」


 少し前に担当が変わった、夜祭花火がご機嫌に笑う。

 今日は彼女の付き添いで、先ほどスタジオから出てきたところ。

 ちょうど成瀬も時計を見て、ご飯を食べるのにちょうどいい時間だな、と思っていた。


「いいですね! 夜祭さん、なにが食べたいですか?」


 基本的に成瀬は、担当の子が食べたいものを優先させる。

 そこでも性格が出るのだが、花火はかなり楽な相手だった。


「んー……、結構お腹減ってるんですよね、あたし……。だからガッツリ行きたいんだけどー……」


 花火は街中をきょろきょろ見回して、「あっ」と明るい声を上げた。

 そちらを指差し、嬉しそうに笑う。


「新しいお店できてる! 成瀬さん、ハンバーガーでもいいですか? 味見したい」

「もちろんです」


 成瀬は笑顔で頷く。

 花火は機嫌よく前を歩き、新しくできたというハンバーガー屋に入っていった。

 食材と調理にこだわった、本格的なハンバーガーショップだそうだ。

 花火ははっきりと自分の食べたいものを主張してくれるので、成瀬はそれに従うだけでよかった。

 担当がマネージャーを気にせず、食べたいものを言ってくれるパターンが、付き添いとしては一番助かる。

 たまに苦手なものや気が進まないお店もあるけれど、自分では入らないようなお店が選ばれるのは面白かった。

 きっと成瀬ひとりだったら、ハンバーガー屋なんて選べない。

 成瀬はメニューを開くと、そこに並んだダイナミックなハンバーガーの写真に目を白黒させた。


「わわ、どれも大きいですね……。わたし食べ切れるかな……」

「成瀬さんが食べられなかったら、あたしが食べますよ」


 花火はにっこりと笑う。

 彼女は本当に食べてくれるので、こういうところでも頼りになった。 

 成瀬は普通のハンバーガーを選んだが、それでもかなり肉厚なパティが主張していて、バンズも形がよく、香ばしい香りがした。

 たっぷりのポテトもついていて、とってもボリューミー。

 成瀬はハンバーガー自体あまり食べないし、食べてもせいぜい有名チェーン店のものなので、その大きさには面食らう。

 しかし、花火が注文したトリプルチーズバーガーは、さらに圧巻だった。

 ただでさえ分厚いパティが三枚も連なり、とろけたチーズがこぼれ落ちている。

 そのままだと形が崩れるからか、頂点からブスっと串が刺さっていた。

 運ばれてきた瞬間、そのあまりの大きさに「うわぁ~……!」と成瀬のほうが声を上げてしまったくらい。

 おいしそうではあるけれど、絶対成瀬なら食べ切れない。

 けれど、花火は喜色満面で手を合わせた。


「いっただきま~す」


 花火は串を外し、ハンバーガーの形を崩すことなく、器用に手で掴んだ。

 そのまま大口を開けて、がぶり、と。

 豪快に齧りついたあと、「んん~!」と声を上げた。


「いや、おいしい。当たりだなあ、このお店」


 手についたソースを舐めたあと、もぐもぐと大きく口を動かす。

 何とも男前だ。格好いい。 

 そのあとも、パクパクと食べ進めていく。

 巨大なハンバーガーは、瞬く間に形が削られていった。

 次々と彼女の胃袋の中に消えていく。

 成瀬も担当になるまで知らなかったのだが、夜祭花火はかなりの健啖家だ。

 こうしていっしょに食事に行くと、本当に気持ちがいいくらいに食べてくれる。

 見ているだけでお腹いっぱいになりそうなくらい。


「あ、成瀬さーん。また手が止まってますよ~、食べてください」

「あ、は、はい。すみません」


 花火から指摘されて、慌てて自分のハンバーガーに挑む。

 ついうっかり、花火の豪快な食べっぷりに見惚れるのもよくあることだった。

 花火のものよりいくらか小さいとはいえ、それでも成瀬にとってはかなり大きい。

 悪戦苦闘しながら持ち上げて、かぷりとかぶりつく。

 香ばしいパンの香りと同時に、ジューシーなお肉の味が口の中に広がった。


「お、おいひいです」

「あ、そ? よかったです。成瀬さん、あんまりハンバーガー食べるイメージないからさー。ていうか、成瀬さんが持つとやたらでかく見えちゃうな」


 花火はおかしそうに笑っている。

 彼女は基本的にゲラだ。

 ちょっとしたことで大きく笑ってくれるし、成瀬のドジも楽しそうに見てくれるので、成瀬としても気が楽な相手だった。

 前担当から聞いた話だと、昔はここまで笑いの沸点が低い子じゃなかったらしい。

 人は案外、つられて笑ってしまうものだ。

 ラジオでパーソナリティが爆笑していたら、いっしょになって笑ってしまうこともあるし、空気だって明るくなる。

 本人たちのテンションも上がる。 

 放送作家だって、そのためにわざわざ笑い声を上げるくらいだ。

 その『空気』が欲しくて、ラジオを盛り上げたくて、花火はよく笑うようになったのだという。

 少しでも生き残る確率を上げるために、得た技だそうだ。


「いやぁ、マネージャーといっしょだと、おいしいものが食べられていいなあ」


 しみじみ言いながら、花火はハンバーガーにかぶりつく。

 確かにここのお店は、普通よりもお高めだけれど。

 今の花火なら、そこまで気にするほどの値段でもないだろう。

 昔は苦労していたようだし、前担当の吉沢もいろんなところに連れて行ったらしいけれど。


「あ、成瀬さん。ほっぺにソースついてますよ」

「あ、す、すみません」


 物思いに耽っていたせいか、花火に笑いながら指摘される。

 慌ててソースを拭った。

 大人の女性として恥ずかしいが、そこはまぁ仕方がない。

 夜祭花火はフランクだし、かなり接しやすいタイプだ。

 だれが相手でも愛想がいいし、よく笑う姿も見掛ける。

 けれど彼女は、プライベートなら同期の柚日咲めくるとしか基本的に関わらない。

 きっと花火にとって、本当に特別な相手なんだろう。 

 養成所からいっしょで、同期として強い絆を持っているのは成瀬も知っていた。



 翌日。

 今日の成瀬の付き添い相手は、柚日咲めくるだった。

 昨日と同じスタジオから出てきて、彼女に提案する。


「柚日咲さん。次の現場まで時間がありますし、ご飯を食べてから行きませんか?」

「わかりました。そうしましょう」


 めくるはにこりと笑って、そう返事をする。

 めくるはあまり自己主張するタイプではない。

 食事のタイミングも、成瀬から提案することが多かった。


「柚日咲さん、なに食べたいですか?」

「そうですね……」


 めくるは、街中をきょろきょろ見渡す。

 食事の内容は、めくるが決めることが多い。 

 これはめくるにこだわりがあるというより、「自分が決めたほうが成瀬は気を遣わない」と配慮しているからだろう。

 その辺りの気配りがよくできる子で、視野が広い。

 仕事をちゃんとやっていれば、いいビジネスパートナーである。

 ……ただ、仕事に対して不誠実な後輩には、物凄く厳しいけれど。

 以前の裏営業疑惑の際、千佳に対して物凄く辛く当たっていた姿も成瀬は見ている。

 あのときの柚日咲さん、怖かったな……。

 千佳も由美子も、よく立ち向かっていけるな、と当時は思っていた。

 今は不思議なことに――、本当に不思議なことに、いい関係を築いているらしいけど。


「あ。あれか、花火が言ってた店」


 成瀬が過去のめくるを振り返っていると、現在のめくるが独り言を呟いた。

 彼女の視線の先にあるのは、ハンバーガー屋さん。

 昨日、成瀬が花火とともに訪れた店だ。

 めくると花火は本当に仲が良く、なんとマンションも隣同士で借りているそうだ。

 だから、花火がめくるに「おいしいハンバーガー屋があったよ」と伝えているのは、なんら不思議ではない。

 ただ。


「成瀬さん。あそこでもいいですか?」


 ……「成瀬といっしょに行った」と言ってほしかったところでもある。


「いいですよ」


 成瀬は笑顔で首肯する。

 昨日に続いて、あの大きなハンバーガーを食べるのは躊躇ってしまうけれど。

 成瀬としてはやはり声優ファーストでありたい。

 だから黙って、めくるとともに同じ店をくぐった。

 まぁ二日連続程度なら、そこまで苦痛でもない。

 問題があるとすれば、昨日は結局食べ切れず、花火に手伝ってもらった。

 それは花火が特別なだけであって、めくるを頼るわけにはいかない。

 ひとりで食べ切る必要があるのだが……。


「あの……、ハーフサイズとかって……、あります……?」

「あ、うちはやってなくて……」

「あ、そ、そうですか、あ、大丈夫です、普通のサイズで……」


 念のために店員さんに聞いてみたものの、希望は打ち砕かれた。

 めくるが心配そうな目をちらりと向けたが、担当の前でご飯を残すわけにはいかない。

 今回は食べ切ってみせる……!

 そんな決意をしながら、注文の品を待った。

 めくるはアボカドバーガーを選び、成瀬は昨日と同じノーマルのハンバーガー。


「おっきいな……」


 目の前に運ばれてきたハンバーガーに、めくるはぽつりと呟いた。

 めくるは、成瀬よりもさらに手が小さい。

 悪戦苦闘しながら小さい手で掴み、頑張って口を大きく開けてかぶりついていた。

 一生懸命に食べ進めている。

 幸いだったのは、めくるがおいしそうに食べてくれたこと。

 その姿は可愛かったし、これが仕事だったら、きっとあざとい表情とポーズをしてくれただろう。

 SNSに上げるために写真を撮っておけばよかった、と悔いたくらいだ。


「…………………………」


 ふたりして、大きなハンバーガーにかぶりついていると、会話がないことに気付く。

 おそらくマネージャーの大多数が一度は悩んだことのある、担当との会話問題。

 移動中もそうだが、食事中だとそれが顕著になる。

 たとえば花火だったら、彼女は自分からいろんな話をしてくれる。

 時には、ラジオで話す予定のネタを成瀬で試していることもあった。


「……………………」


 そしてめくるは、基本的に仕事以外の話をしない。

 愛想がいいから悪い印象は与えないが、とことんビジネスライクというか。

 壁を作ってますからね~、と己から丁寧に発信していくタイプだった。

 さすがに、担当の吉沢にはある程度心を許していたようだけど。

 めくるは成瀬にそれを求めていないし、無理に話し掛ける必要はないかもしれない。

 しかし、成瀬としてはマネージャーの前でくらい、気を抜いてほしかった。

 そこで。


「そういえばですね、この前、夕陽ちゃんとスタジオに行ったときなんですけど――」

「はい」


 成瀬がそんな話を始めると、めくるの表情が少しだけやわらかくなった。

 いろいろ話をしていてわかったけれど、彼女は同僚の話を好むようだ。

 ほんのわずかだが――、空気が和らぐ。

 相槌の反応はそれほど変わらないが、それでも少しだけ熱があるように見えた。

 理由はわからない。

 わからないけれど、もしかしたら楽しく聞いてくれているのかもしれない。

 だから成瀬は、声優の話をし続けた。

 特に彼女は、夕暮夕陽の話を好んでいるように思えた。



 翌日。

 今日の付き添いは、夕暮夕陽。

 前日、前々日と同じような時間帯と場所なので、食事を摂ろうと思うのだが……。

 彼女が一番、難しいかもしれない。


「夕陽ちゃん、ご飯食べよっか。なにか食べたいものはある?」

「なんでもいいですよ」


 基本的に、千佳はこういった受け答えをすることが多い。

 担当の中では遠慮をしたり、意見の主張が苦手な子が「なんでもいいです」と言うこともあるが、彼女の場合は本当になんでもいいのだ。

 基本的に、千佳は食に対する興味が薄い。

 というより、外食があまり好きではないのだ。

 家庭環境的に外食や出来合いのものに飽きているようで、率先的に食べたいものがない。

 かといって、まるきり食べるのが好きじゃないかと言えばそうでもなく。

 おいしいものを目の前にすると、案外おいしそうに食べてくれたりする。 

 かわいい。

 でも、この塩梅が難し~……。

 千佳が普段食べてなさそうなもので、かつ千佳が好きそうな食事を選ぶ必要がある。

 ちなみに由美子から話を聞いていると、『家庭料理』が一番の正解のようだが、さすがにそこまでいくとマネージャーの領分を超える。

 ……いや、現時点でだいぶ領分を超えているのだが。

 成瀬は千佳がとてもかわいい。

 そこにはかなりの私情が入っている。

 彼女の不器用でまっすぐなところ、見ていて危なっかしいところ、案外子供っぽいところが愛しくて仕方なかった。

 まぁでも、ここはひいきしたり、口にしなければ問題ないと思いたい。

 マネージャーとて、人間なのだから。

 そして、かわいい子なだけに。

 おいしいものを食べさせたくて、食事には一層気を付けていた。


「ん。成瀬さん」

「なに? 夕陽ちゃん、食べたいものあった?」


 飲食街に近付くと、彼女から珍しく反応があった。

 嬉々として彼女に問いかけると、視線はお店の看板に向かっている。

 千佳はゆっくりとそこを指差し、「あんな店、ありましたっけ」と口にした。


「………………………………」


 その店は、前日、前々日とやってきた、あのハンバーガー屋さんだった……。

 さすがに三日連続は……、キツイ……。

 昨日は満腹になりながらも、必死に詰め込んだし……。


「ええと、夕陽ちゃん……。あの店が気になる感じ……?」

「そう、ですね。この前、さと――、知り合いに。おっきなハンバーガーを食べた、という話でマウントを取られたので」


 なるほど。

 ……なるほど。

 そういうことなら、行かないといけないな~……。


「わかった、入ろっか」


 躊躇したことを隠し、成瀬は笑顔を作った。

 千佳が頷いたので、そのままお店の中に入っていく。

 すると、メニューを持ってきた店員さんが成瀬を見て、目をぱちくりとさせた。


「あれ? あなた、昨日も――」


 余計なことを言われそうになる。

 必死で顔をぶんぶんと横に振ると、それで言葉を引っ込めてくれた。

 幸い、千佳はキラキラした目でメニューを眺めていて、気付いた様子はない。

 ふっと息を吐き、千佳の可愛らしい顔を見つめる。

 その表情は、年相応な女の子のようだった。


「――成瀬さん。決まったんですか?」

「うん? うーん、わたしはノーマルにしようと思ってるけど、ちょっと迷ってるかな~。夕陽ちゃんはどうするの?」

「わたしも、悩んでいて――」


 成瀬はとっくに決まっていたが、千佳が悩んでいる様子だったのでそう答えた。

 千佳が悩んでいるメニューを見ながら、あーだこーだと話すのが楽しかった。

 そして、運ばれてきたハンバーガーに千佳は目を白黒させ、おずおずといった様子で手で掴み、がぶり、と口にする。

 その瞬間、目の輝きが増して、こくこくと強く頷いた。

 それから、子供のように食べ進める。

 その仕草と、おいしそうな表情を見ていれば、三日連続ハンバーガーなんて気にならない。

 この店にしてよかった。


「夕陽ちゃん、ほっぺにソースがついてるよ」


 そう指摘しながらナプキンを渡すと、彼女は素直に受け取った。



 ただ。

 今日も食べ過ぎたな~……、と思いながら家に帰ってきて。

 なんとはなしに、体重計に乗ってみると。


「……えっ」


 そこには信じられない数字が表示されていた。

 後日。


「……あの、加賀崎さんってスタイルいいですけど、どうやって体型を維持してるんですか……?」

「え?」

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