ほうかごがかり 2

五話 ⑤

 真絢の死に泣いて、取り乱して、絶望して。

 イルマは『ほうかご』から、怯えきって目を覚ました。

 そしてその日、お昼近くになって。イルマは自分のママに、こう話しかけた。



「……ねえ、ママ」

「んん? なにー?」

「もしボクが死んじゃったら、どう思う?」



 ミシンと、あとは並んで吊るした服と布地と、ボタンや糸などが入った分類ケースに埋め尽くされた部屋。そこでママはミシンの前に座って、お店から持ち帰った仕事をしながら、背中を向けたままイルマに受け答えした。

 イルマのママはインドネシア系で、今はおばさん――――つまりパパの妹と一緒に、おばあちゃんから継いだ洋裁店をやっている。結婚前の若い頃から洋裁を仕事にしていて、ミシンを作っている精機メーカーに勤めているパパと仕事で出逢って、結婚したのだ。

 そんなママは、イルマの問いかけに、イントネーションにほんのわずかな不自然さを残す言葉で、まず言った。


「えー? ウソでもそんな話するの、ママはイヤ」


 少し、でも本気で嫌そうに。ダダダとミシンの音を立て、仕事の手は止めずに。その会話を続けることに対して、煩わしそうな空気をにじませる。だがすぐに、別のことに思い至った様子で、「ああ!」と合点すると、声の調子を一変させた


「あ。あー! もしかして朝に泣いてたの、それ?」


 質問と、今朝のイルマの様子と、それから幼少期の思い出が繋がったのだ。


「小さい頃、よく『死ぬのが怖い』って言って、布団の中で泣いてたねえ。懐かしー」


 けらけらと笑った。これは誤解だったが、和解でもあった。今朝、ベッドから出たイルマはこの世の終わりのように泣き腫らしていて、朝食もろくに食べられず、しかしそれを心配して理由を聞くママに何も答えなかったので、そのうちその態度にママが怒り出して、軽くケンカのようになっていたのだ。


「こんなに大きくなったのに、まだ怖いの?」

「ちがうし……」

「大丈夫だよー。あなたは病気もしてないし、死なないよ。怖くない」

「ちがうってば!」


 ケンカのこともあり、的外れな理解で笑い飛ばされて、イルマは不満に思う。だが、とにかくママの機嫌が直ったので、それ以上は言わずに呑み込んだ。

 最初から、仲直りはするつもりだったのだ。

 だからその前段階として、ママの機嫌を窺って、イルマは話しかけたのだ。

 そして仲直りも、もう一つの目的の前段階だった。イルマはとある決心をして、この部屋にやって来たのだ。


 


 そのためにだ。

 あの『ほうかごがかり』のことについて、大人に相談するのだ。

 やっと決心した。もっと早くに、こうするべきだった。イルマは後悔していた。もっと早くそうしていれば、真絢もにはならなかったはずだと。

 あんなもの、子供だけでどうにかできるはずがない。

 当たり前だ。現実は、漫画ではないのだ。

 でも、こんな漫画みたいなこと、どう大人に説明すれば信じてもらえるのだろう?

 真絢の言っていた懸念。それは確かに存在していた。思い切ってママに話しかけはしたものの、そこで引っかかって、言葉が先に続かなくなったイルマに、今はもうすっかり機嫌を取り戻したママは、ようやく少しだけ振り返って、冗談めかして訊ねた。


「じゃあ、幽霊ハントゥが出た?」

「…………!」


 ママが口にしたのは、それ。

 突然の、その当たらずとも遠からずの言葉に、イルマは息を呑んだ。幼い頃のイルマが、本当に怖がっていたもの。

 昔から怖がりだった自分。そんな自分が、こんな状況に置かれている。

 完全に心が決まった。もう耐えられない。大人に言う。言ってやる。

 たとえ『しおり』に禁止と書いてあっても。

 おかしいのはみんなの方だ。あんな異常な状況に、子供だけで耐えるなんて、できるわけがない。誰にも相談しないなんて、逃げようとしないなんて、意味がわからない。みんな正気とは思えなかった。

 だから決めた。今ここで言うと。


「ママ……」

「なあに? イルマ」


 今度は仕事の手を止め、丸椅子の上で体ごと振り向いて、訊き返すママ。

 そんなママに、決定的な一歩を踏み出すことへの、一瞬の躊躇をした後で――――



「――――『ほうかごがかり』って、知ってる?」



 その問いを、イルマは口にした。

 瞬間。

刊行シリーズ

ほうかごがかり2の書影
ほうかごがかりの書影