ほうかごがかり 2

五話 ⑦

         3


 ・『かかり』について大人に話さない。言っても無駄。


 初めは単に禁止としか受け取らなかった、『かかりのしおり』にあったその項目。我が身で経験して気がついた。どうやらそのニュアンスは、『禁止』とは違うようだった。



「なあに? イルマ」

「どうした? イルマ」

「なあに?」「どうした?」



 大人に『ほうかごがかり』の話をすると、どういうわけか聞いた大人は、その寸前まで巻き戻って、絶対に記憶できないし、その先にも進めないのだ。ママに、そして望みをかけてパパにも話した結果、ただ心の傷だけを拡げて希望を断たれたイルマは、絶望と共に、それを現実として認めざるを得なかった。


 


 と。なぜか大人は『ほうかご』のことが認識できないし、記憶できない。だから、絶対に助けになることはない。

 衝撃だった。その事実も、それから確かめるにあたって目の当たりにした両親の異常な状態も。そのショックも冷めやらないまま月曜日になって、イルマは学校に行って、そして真絢の死が夢か間違いであることを願いながら校内をうろついて――――真絢の存在が世界から消えていることを知って、さらに大きなショックを受けた。


 なんで。

 こんなの、あんまりだ。


 死ぬどころではない。記憶から消える。存在が消える。全てが消えてなくなる。

 漫画でそういう現象を見たことはあるが、いざ現実になって自分の身に迫ると、その理不尽と恐怖がどれほどのものなのか、読んだ時には本当の意味では想像できていなかったのだと思い知った。それがどれほど絶望なのか、喪失なのか、イルマは理解していなかった。いや、ほとんどの人間が本当には想像できていないはずだった

 憶えたまま残されて、それを目の当たりにした時。

 感じるのだ。人間一人が生きてきた全ての『消失』という、この巨大で底なしの穴にも似た現象の実態と、いま自分がその穴のぎりぎりの縁に立っていて、いまにも自分の身に起こるのだという実感に対する、あまりにも巨大で本能的な恐怖と絶望と衝撃を。

 それをイルマは思い知っていた。大部分の人には想像もできない恐怖。

 それに、それ以前にだ。『ほうかご』が大人に記憶されないということは、そしてそこで死ぬと存在が消えてしまうということは、つまり『ほうかご』でイルマがどんなに恐ろしく手酷い目に遭ったとしても、外からは絶対に助けが来ないということなのだ。


 なんで。

 なんで、こんなことに。


 叫ぶようにイルマは思う。


 ボクが、見上さんが、何をしたの? いったい何をしてしまったら、世界からこんな目に遭わされるの?


 その日、イルマは自分でも何を求めているのか分からない問いへの答えを求めて、『開かずの間』の前まで行った。

 日中の『開かずの間』は、その呼び名の通り開くことはなく、廊下の突き当たりの暗がりの中で、古く、埃っぽく、薄汚れていて。しかし奇妙なくらい固く閉じていて、そこに答えもなければ、隙間から何かの片鱗を覗き見ることさえできず、思わず苛立って扉を強く叩いてしまい――――それをよりによってあのネチ太郎先生に見つかって、あの有名な嫌味混じりの説教を、ネチネチと長々と経験することになってしまった。

 そして、そんな最悪の気分で、次の『ほうかごがかり』の日を迎えて。

 そこでイルマは聞かされた。イルマは、真絢は、そして『ほうかごがかり』はみんな、生贄なのだと。

 古来、大多数の人間が生きていくためには少数の生贄が必要で、人間はこの世のものではない存在にずっと生贄を捧げて生きてきたのだと。しかし文明の発達によって大人はそれを迷信として忘れてしまい、そのため大人には見えなくなってしまった世界で、生贄の儀式は続けられていて、それが『ほうかごがかり』なのだと。

 何もかも忘れて何も知らない大人たちと、まだ何も知らない子供たちを守るために、『ほうかごがかり』がある。イルマは、そして真絢は、そのための少数の犠牲として、ただ単純に選ばれた。

 どうして。どうして自分が。悪いことなんか、何もしていないのに。

 いや、もしかして、イルマがこんなにも臆病なのが悪いのだろうか? 臆病なのがイルマの罪で、卑怯なのが罪で、それへの罰が、これなのだろうか?

 おばあちゃんから聞いた『お化け』も『ハントゥ』も、ほとんどが何かの報いだった。

 でも、そんなのどうしようもない。怖いものは怖いし、嫌なものは嫌だ。

 ボクは、臆病で、弱い。だから卑怯で、そんなふうにしかできない。

 臆病で、弱くて、卑怯。

 でも。でも――――それでもイルマは、

 綺麗で誇り高かった、真絢は死んだ。

 嫌だ。イルマは生きたい。卑怯でも、見苦しくても。

 だからイルマは、自分が助かるためには何だってやる。

 怖いから。

 死にたくないから。

 やらなければいけない。自分のする、卑怯で恥ずかしい行いに、心の中で絶望しながら、それでも言うのだ。



「お願い、『ムラサキカガミ』の!」

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