ほうかごがかり 3

八話 ④

 ぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱた――――――!


「――――――――――――――――!!」


 こわい。こわい。全力でげた。

 今まで生まれてきて一度も、こんなに走ったことはないくらいの必死さでげた。重さでれるリュックサック。かたに食いこむイーゼルの痛み。歯を食いしばってそれらを無視して、必死に走った。今まで『ほうかご』で見たことがない、その何らかの異形の存在から、げた。


 なんだ!?

 なんだ、これ!?


 全力で走りながら、心の中で悲鳴のようにさけんだ。

 いきなり現れた『それ』。今まで、安全だった場所に現れた『それ』。よく見知った人間をよそおった『それ』。人間の皮をかぶった、明らかな異形の『それ』。

 顔面に大穴が空いた『それ』が、追いかけてくる。手をばしてくる。

 必死でろうげるが、重い荷物がじやをする。背中とかたの重荷が音を立て、体の重心をまわし、足をおそくし体力をうばう。

 そして、


 ぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱた――――――!


 激しく動くこわれかけたがんのような足音が、背中にせまる。

 最初あったきよ徐々じよに縮み、音が大きくなる。そして手がばされた。


「――――――――――!!」


 げてげて、しかしげんかんあたりでとうとうリュックサックに手がかかった。後ろに重みがかかって、引っ張られた。つかまった。がくん、と上体が、大きくのけぞった。


「っ!!」


 しゆんかんけいは荷物をあきらめ、イーゼルとリュックサックをかなぐり捨てた。引っ張った重い荷物をほどかれ、音を立ててイーゼルが落ちてたおれかかり、それらに巻き込まれて足をすくわれた異形の存在が、荷物と共に激しくてんとうする音が聞こえた。


「――――――!!」


 それをかくにんすることなく、けいげんかんから、外に走って飛び出す。

 そして追ってくる異形の視界からのがれるように曲がって校舎のかべ沿いに走り、さらに角を曲がって視線を切り、その直後にすぐそこにあった低木の植え込みを見て――――けいは追ってきた異形がこちらをにんしきするよりも前に、転がり込むようにそこに飛び込んで、口に手を当てて息を殺し、体を低くして身をひそめた。

 直後、


 ぱたぱたぱたぱたぱた……!


 追ってくる。

 足音が。足が。

 異形が走ってきた。の姿をした、顔面に穴が空いた異形が。

 それは両手を前にばしたまま、まるで前が見えていないかのような、かくおにおにがそうするような体勢で走ってきた。だが確かに周囲をにんしきしていて、今にも転びそうでありながら異様にばやい足取りで、じやつかんあやしいものの曲がるべきところでは曲がり、けいかくれる植え込みの目の前までせまってきて――――――そして植え込みの中にかくれているけいの存在に気づくことなく、目の前を横切って、そのまま行ってしまった。


 ぱたぱたぱた……


 足音が、小さくなっていった。

 それを聞きながら、けいはそれでも身をひそめ続ける。走ってきたせいで上がった息を、必死に手で押さえたまま。


 ふーっ……ふーっ……!


 そして、じっと、じっと待って、しばらくして。

 足音も、ひとかげもどってこないのを確かめてから、けいはそーっと身を起こし、枝や葉っぱが体にれるかんしよくと音におびえながら、え込みから外に出た。


「…………」


 立ち上がって、見まわした。

 だれもいない。耳をますが、音も聞こえない。だがけいかいは解かない。

 けいげてかくれて、そしていま立っている場所は、真っ黒な空の下、こぢんまりと存在している校舎裏だった。

 そして。


「……?」


 けいはそこに見慣れないものを見かけた。それはこの『ほうかご』では見たことがない、校舎のかべぎわの地面に放置されたかのように落ちている、明るい水色をしたランドセルと、学校で使うものがめ込まれてふくらんだ、布製のさげぶくろだった。

 今日の昼にたくさん見た、学期末の下校の荷物に見えた。

 みんなが持っていた荷物。けい自身も、似たようなものを持って帰った荷物。

 落とし物のようだ。何でこんな所に? しんに思いながら見る。見る限り、この色のランドセルは女の子がよく使っているもので、さげぶくろも同じく、シンプルながらもわいらしいデザインをしている。

 さげぶくろに、名前が書いてあるのが見えた。


 じま


 それをかくにんしたけいは、息をんだ。

 そしてもう一度、周りを見回して、耳をませて。


「…………」


 そうして周囲にだれもおらず、だれも近づいて来ていないことをかくにんすると、そっとランドセルとさげぶくろに手をばして――――それらをつかみ、そのまま周囲をけいかいしながら、そっとその場をはなれて、静かに校舎裏から立ち去っていった。

刊行シリーズ

ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
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