ほうかごがかり 3

八話 ⑤

 やっとのことで『開かずの間』にたどり着くと、すでにどうじまきくが来ていた。

 きく以外には来ていなかった。せいの姿も、の姿もない。いるのはただ、最初からここにいる『ろうさん』だけだった。


「だ、だいじようだった……!?」


 あせり、心配した様子できくが進み出てきて、けいむかえる。けいかいきんちようの中、ずっとめて移動してきたけいは、『開かずの間』のとびらを閉めると、ようやく息をき、ほとんど引きずるように両手に持っていたランドセルとさげぶくろと、それから何とかちゆうで回収してきた自分のリュックサックを同時にどさりと下ろして、解放されたあんろうで、ずるずるとゆかに座り込んだ。


「……なんだよ……なんなんだよ、あれ」


 そして言う。


「やっぱり、もりくんも、見たんだ?」


 何を、と言わずとも、おたがいに分かっていた。


「……ああ、見た」

おそかったから……もりくん、あれにつかまったんじゃないかって、心配して……」

つかまりかけたよ」


 思い切り顔をしかめて答える。そして下を向いたまましばらく呼吸を整えて、それから顔を上げ、きくたずねた。


「なあ、何が起こってるんだ? どうじまさんは分かるか?」

「……ううん」


 きくは、ほうききしめるようにして、首を横にった。


「『ろうさん』は?」

「……」


 けいは次に、このさわぎの中でもきもせず背中を向けて座っている『ろうさん』に向けて質問したが、『ろうさん』はだまったまま答えを返さなかった。


「なあ、何が起こってるんだ? さっきの『あれ』、まさか本物のじま君なのか?」

「……」


 それでもたずねるけい

 そして、


「それに――――せいは? せいは、?」


 強い調子で、それを問いかけた。きもせず背を向けたままの『ろうさん』は、そこでようやく、問いに答えた。


「キミがそうたずねて、あいつがここに来てないってことは、なんだろ」

「……っ!」


 いつもよりも冷たい、つっけんどんな答え。

 けいは強くみした。血の気が引く。母親から聞かされて以降、ずっとまったようにていたいしていた理解と情動が、『ろうさん』の言葉によって一気に流れ出し、胸と頭の中がぐちゃぐちゃになった。

 悲しみ。

 いかり。

 くやしさ。

 そしてなおも信じたくない思い。

 さけびたかった。泣きそうだった。だがけいはそれらを全て押し殺し、なみだも流さない。幼いころの父親とのかかわりは、そういった弱い感情をなおに表に出すことは、悪いじようきように対して何の解決にもならないと、それどころか解決の害になると、けいの根本の根本に経験として刻み込んでいたのだ。


「犬死にだよ。あいつは、いつかやらかすと思ってた」


 そうしてえるけいの前で、てるように『ろうさん』は言う。


「僕には知りようがないけど、たぶん『向こう』の学校で、じまの担当してた『無名不思議』に関係する何かがあって、それをどうにかしようとしたんだろうな。

 正直、めずらしいことじゃない。そうやって『かかり』のやつがだれも知らないうちに死んでるなんてこと、今までに何度もあったよ。犬死にだ。結局あいつも、このたなに数えきれないほど並んでる、つまらない記録の一つに、仲間入りしたんだ」

「っ!」


 その言いぐさに、けいは思わず立ち上がり、無表情でつかつかと『ろうさん』に向かって行くと、いつかそうしたのと同じように、背を向けたままのかたをつかんだ。


「お前、そんな、言いかた――――!」


 そして声をあららげて言い、ぐい、とかたを引っ張った。

 あわてて止めようとするきく。その制止は間に合わなかったが、かたを引いてこちらを向かせて『ろうさん』の顔を見たけいは、そのまま言葉を失い動きを止めた。いつかそうなったのと同じようにだ。


「!」

「……なんだよ」


 かせた『ろうさん』の顔に、その目になみだがあったからだ。目が合ったけいを、『ろうさん』はとにらみつけると、かたをつかんだけいの手をりほどき、かたくなな態度で背を向けて、そむけた顔をはんてんそででごしごしとこすった。


「……」

てつかいはしないからな。犬死にだ!」


 そして、言い放つ。


「これだから、『かかり』の連中と仲良くする意味はないんだ。それなのにガキどもは、大人が言う『お友達』なんて言葉をにうけて――――ただ同じ学校にいるとか、クラスとか係が同じだとか――――そんなのが友達なわけないだろ! なのに人のスペースにズカズカみこんできて、ベタベタしようとしてきて――――それで、あっさりいなくなるんだ。僕は、キミらが、きらいなんだよ!」


 さけぶ『ろうさん』。けいりほどかれた手を、だまって下におろし、『ろうさん』のかたをつかんだ時よりもずっと強い力で、その手をにぎりしめた。


「…………!」


 左手の手のひらを、強い痛みがす。

 けんの先のようにとがらせた薬指のつめせいに言われ、『無名不思議』から正気を保つためにそうしたつめが、心だけでなく、肉体を痛みでした。

 そして思う。考えたことがないわけではない、と。

 を、考えたことがないわけがない。だがよくよく思い返せば、本当にそうなると思ったことは、たぶん一度だってなかった。

 本当にせいが死ぬなど、想像できていなかった。

 いや、ちがう。たぶんけいは、を想像していなかった。

 そうだ。ずっと自覚していなかったが、たぶんけいは。たぶん、せいよりも自分の方が、


 けいは――――正直に言うと、『ほうかご』で死んでも構わないと思っていた。

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