4
ランドセルと手さげ袋は、たぶん本当に留希のもので。
啓と菊が中身を検めると、学期末の子供が持ち帰るあれこれが、普通に入っていた。
学校のものは啓たちもよく知る普通のもので、私物のたぐいは留希の普段着を思わせる可愛らしいカラーとデザインをしていた。ただ、そこから見える私物へのこだわりと、見た目から感じる留希のイメージに反して、これらの持ち物が明らかにひどく乱暴に扱われて、妙に痛んでいるものが多いのが気になった。
とはいえ気になるのはそのくらいで。
一目で怪しいと思える物品は、荷物の中には入っていなかった。
基本的には、終業日の小学生なら誰もが持っているようなものしか入っていない。
だが、ひとつだけ。
「……うん? なんだこれ?」
啓がランドセルからそれを取り出し、眉を寄せた。端的に言ってゴミが入っていた。よくノートを買った時に入れてもらう、文房具屋の紙袋がランドセルに入っていて、妙な厚みで膨らんだそれを検めると、中からかなりの量のボロボロの紙ゴミが出てきたのだ。
罫線のあるノートの紙だった。いや、かつてそうだったもの。
ボロボロになっている。破れ、歪み、毛羽立ち、皺になり、泥水らしきものを吸った痕跡で茶色に汚れていて、踏まれた靴底の跡のようなものも見てとれて、落としきれていない砂が全体的に付着していた。
野外に落として雨ざらしにでもなった、そんな様子。
そして、そうなってしまったものを回収し、できるだけ剥がして伸ばして乾かして、つたないながらも丁寧に修復しようとした、そんな様子が窺えるものだった。
押し固められた、ゴワゴワのノート。
書いてあるものが、かろうじて読み取れるていどに分かる。授業のノートではない。授業で書くように全体が使われている様子は、そのノートにはなかった。
普通の使われ方ではなかった。紙面のあちらこちらに罫線を無視して、非常に細かい鉛筆の文字で、島のようにかたまりで書き込みがされている。そして、その文字の島に普通の大きさの文字で注釈のような添え書き。どことなくデザイン的に見えなくもない、変わった使われ方なのだ。
「……んー」
啓は、ボロボロになっているせいで非常に読みづらいそれを、透かすように掲げて、目を細めて検めた。
小さな文字のかたまりの書き込みは、全てひらがなのようだ。そして、それらに添えられている書き込みの方は、きちんと罫線に従った漢字まじりの文章で、読み取れる内容は、注釈とも感想ともメッセージとも日記とも返信ともつかない、とりとめのないものだった。
「んー……?」
おそらく、何かのやりとり。細かい文字の主と、添え書きの主の、二人。
読めた限りでは、たわいもない内容。でも誰と誰のやりとりで、こんな書き方を?
小さく疑問の声を漏らし、眉根を寄せて、啓はそれらを眺める。そうしているとその様子を見た菊が近づいてきて、隣で顔を近づけて一緒に覗きこみ、しばらく読んだあとで、ぽつりと言った。
「手紙? それとも交換日記、みたい?」
「確かにそんな感じかもな」
啓も同意する。
断片的に読み取れるそれ。それでも、だんだんと分かってくる。
おそらく留希と、それから『コー君』と呼ばれている、誰かとのやり取り。雑談、相談、励まし、それが嬉しかったという感想――――かすれ、破れ、ひどく読みづらいそれを拾い読みすると、留希へのいじめがあったと思わせる内容など見過ごせない部分はあったものの、基本的には日常のことばかりだった。
「書き方は変だけど、普通のやり取りだな」
いじめがあったのは感情的に見過ごせないが、今は、それに固執するわけにはいかない。
求めている情報はそれではない。なので、そろそろ読むのをやめようかと思い始めた時、たまたまその言葉が書かれているのが目に入って、がば、と啓は身を乗り出した。
「……うん?」
そこにあったのは、
『オバケ』
その記述。
漢字まじりの、留希のものと思われる書き込みが、『コー君』と呼ばれているひらがなの書き込みのことを、そう記述していたのだ。
「おい、これ……」
指差して、菊に呼びかける。
「えっ? あっ……」
そして二人で、同じような記述を探しはじめる。
それを前提に読み直すと、書かれている状況と内容は明らかに話が変わって――――
「おい」
そんな二人に声がかかった。はっ、と振り返ると見ると、そこに『太郎さん』が、椅子の上で振り返って身を乗り出し、二人に向けて手を出していた。
「何か見つけたんだな?」
そして言う。
「よこせ。どう考えてもキミらより、僕の方が読み取る能力が高いだろ」
乱暴な言いよう。真正面から目が合う。
啓は、完全にむっとした表情で、『太郎さん』を見返した。少しのあいだ見合う。だがしばらくそうした後、啓は不意にその対決姿勢を解いて、
「ほら」
と言って不服の小さなため息と共に、持っていたボロボロの紙束を、『太郎さん』に譲って差し出した。