ほうかごがかり 3

八話 ⑦

 ランドセルとさげぶくろは、たぶん本当にのもので。

 けいきくが中身を検めると、学期末の子供が持ち帰るあれこれが、つうに入っていた。

 学校のものはけいたちもよく知るつうのもので、私物のたぐいはだんを思わせるわいらしいカラーとデザインをしていた。ただ、そこから見える私物へのこだわりと、見た目から感じるのイメージに反して、これらの持ち物が明らかにひどく乱暴にあつかわれて、みように痛んでいるものが多いのが気になった。

 とはいえ気になるのはそのくらいで。

 一目であやしいと思える物品は、荷物の中には入っていなかった。

 基本的には、終業日の小学生ならだれもが持っているようなものしか入っていない。

 だが、ひとつだけ。


「……うん? なんだこれ?」


 けいがランドセルからを取り出し、まゆを寄せた。たんてきに言ってゴミが入っていた。よくノートを買った時に入れてもらう、ぶんぼう屋のかみぶくろがランドセルに入っていて、みような厚みでふくらんだそれを検めると、中からかなりの量のボロボロの紙ゴミが出てきたのだ。

 けいせんのあるノートの紙だった。いや、かつてそうだったもの。

 ボロボロになっている。破れ、ゆがみ、毛羽立ち、しわになり、どろみずらしきものを吸ったこんせきで茶色によごれていて、まれたくつぞこあとのようなものも見てとれて、落としきれていない砂が全体的に付着していた。

 野外に落として雨ざらしにでもなった、そんな様子。

 そして、そうなってしまったものを回収し、できるだけがしてばしてかわかして、つたないながらもていねいに修復しようとした、そんな様子がうかがえるものだった。

 押し固められた、ゴワゴワのノート。

 書いてあるものが、かろうじて読み取れるていどに分かる。授業のノートではない。授業で書くように全体が使われている様子は、そのノートにはなかった。

 つうの使われ方ではなかった。紙面のあちらこちらにけいせんを無視して、非常に細かいえんぴつの文字で、島のようにかたまりで書き込みがされている。そして、その文字の島につうの大きさの文字でちゆうしやくのようなき。どことなくデザイン的に見えなくもない、変わった使われ方なのだ。


「……んー」


 けいは、ボロボロになっているせいで非常に読みづらいそれを、かすようにかかげて、目を細めて検めた。

 小さな文字のかたまりの書き込みは、全てひらがなのようだ。そして、それらにえられている書き込みの方は、きちんとけいせんに従った漢字まじりの文章で、読み取れる内容は、ちゆうしやくとも感想ともメッセージとも日記とも返信ともつかない、とりとめのないものだった。


「んー……?」


 おそらく、何かのやりとり。細かい文字の主と、きの主の、二人。

 読めた限りでは、たわいもない内容。でもだれだれのやりとりで、こんな書き方を?

 小さく疑問の声をらし、まゆを寄せて、けいはそれらをながめる。そうしているとその様子を見たきくが近づいてきて、となりで顔を近づけていつしよのぞきこみ、しばらく読んだあとで、ぽつりと言った。


「手紙? それともこうかんにつ、みたい?」

「確かにそんな感じかもな」


 けいも同意する。

 だんぺん的に読み取れるそれ。それでも、だんだんと分かってくる。

 おそらくと、それから『コー君』と呼ばれている、だれかとのやり取り。雑談、相談、はげまし、それがうれしかったという感想――――かすれ、破れ、ひどく読みづらいそれを拾い読みすると、へのいじめがあったと思わせる内容など見過ごせない部分はあったものの、基本的には日常のことばかりだった。


「書き方は変だけど、つうのやり取りだな」


 いじめがあったのは感情的に見過ごせないが、今は、それにしつするわけにはいかない。

 求めている情報はそれではない。なので、そろそろ読むのをやめようかと思い始めた時、たまたまその言葉が書かれているのが目に入って、がば、とけいは身を乗り出した。


「……うん?」


 そこにあったのは、



『オバケ』



 その記述。

 漢字まじりの、のものと思われる書き込みが、『コー君』と呼ばれているひらがなの書き込みのことを、そう記述していたのだ。


「おい、これ……」


 指差して、きくに呼びかける。


「えっ? あっ……」


 そして二人で、同じような記述を探しはじめる。

 それを前提に読み直すと、書かれているじようきようと内容は明らかに話が変わって――――


「おい」


 そんな二人に声がかかった。はっ、とかえると見ると、そこに『ろうさん』が、の上でかえって身を乗り出し、二人に向けて手を出していた。


「何か見つけたんだな?」


 そして言う。


「よこせ。どう考えてもキミらより、僕の方が読み取る能力が高いだろ」


 乱暴な言いよう。真正面から目が合う。

 けいは、完全にむっとした表情で、『ろうさん』を見返した。少しのあいだ見合う。だがしばらくそうした後、けいは不意にその対決姿勢を解いて、


「ほら」


 と言って不服の小さなため息と共に、持っていたボロボロの紙束を、『ろうさん』にゆずって差し出した。

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