ほうかごがかり 3

八話 ⑧


「――――この小さい字を書いたのが、『こちょこちょおばけ』と仮定してだな」


 長い時間をかけてボロボロのノートを精読した『ろうさん』は、けいきくが完全に待ちくたびれたころになって、ようやく口を開いた。


「……なにか分かったのか?」

「こいつがじま君の顔に大穴を空けて『何か』に変えて、がた君を死なせて、他にもにんを出して暴れたとするなら――――このボロ紙に書いてある内容からけいを読み取って推理すると、たぶんこいつは『』の一種だ」


 顔を上げたけいに、背を向けたまま『ろうさん』は言う。たった今までひまをつぶしてスケッチブックにえんぴつを走らせていたけいは、同じくスケッチブックをのぞき込んでいたきくと顔を見合わせて、たがいに分からないことをかくにんし、それからいぶかしげにたずねた。


「……『つきもの』?」


 ただの小学生には、覚えのない単語。


「なんだそれ?」

「ざっくり言うとだな、昔の人間が信じてておそれてた、人に取りいて悪さをする、動物なんかのれいのことだ。きつね、犬神、へびなんかが代表で、じゆほうで作ったり、特定の家系に取りいてると言われて、日本中で信じられてたし、実は似たようなめいしんが世界中にある」


 まだノートを解読しながら、声だけ向けて答える『ろうさん』。けいはあまり理解できないといった様子で聞いていたが、次に『ろうさん』が言った言葉を聞くと、まゆを寄せて、スケッチブックを閉じた。


「日本では、そういうのが取りいてる家系は『つきものすじ』と言って、きらわれてた」

「……きらわれてた?」


 引っかかったのは、そこだ。

 それに『ろうさん』は答える。


「そうだよ。そのれいが周りから財産をぬすんでるんだとか、周りの人間に不幸をあたえてるとか言われて差別されてたんだ」

「……」


 その答えに、けいまゆがますます寄る。けいじんきらいだ。もちろん、いわれのない差別のようなものも、それにふくまれる。


「まあ古い村社会の特有の差別だけど、ただそれだけだと言い切ってしまうのもみようで、実は同じようなめいしんが世界中にあるんだ。ある程度くわしく知ってるやつだと中国の古いぞくしんにほとんど同じものがあって、同じようなじゆほうで作る小動物のれいのことを『』、それがいてる家を『ほうの家』とか呼んでたらしい。

 それからたぶん、ヨーロッパの『じより』でられたじよも、元はそれの一種だったんだと思う。じよまんに出てくるようなのとはちがって、伝統的にはあくを使って他人の家の麦とか、牛のミルクをぬすむとか言われてて、村の差別の対象だった。同じだろ?

 で、だ。この『つきものすじ』で重要なのは、その家の人間が他人をうらんだりねたんだりすると、そのいてるれいが勝手に相手のところまで行って取りく、と言われてることだな。それで、そうやって『つきものすじ』にうらまれて体にれいが入った相手は、頭がおかしくなって異常な行動をしたり、しんな死に方をしたりするんだ。それでおそれられてた」


 そして、『ろうさん』は言う。


「で、この伝説の一部が言うには――――そうやってきつねに、『つきもの』に殺された人間は、

「!!」


 その説明で、けいの顔色が変わった。

 きくも顔色を悪くした。あの『』の姿を、直接見たもの同士。


きつねが穴を空けて体の中に入って、中身をらして出たあとなんだとさ」

「……!」

「それから、だいたいこの手の『つきもの』は、せまい穴のような物の中をすみにしてる。たけづつとかちやづつとかの中に住んでて、かべの小さな節穴を通って、じまりされた家や部屋を自由に出入りするんだ」

「…………」


 説明を聞く二人ののうにありありとかんでいるのは、あの『』の顔に空いていた大きな穴。その穴が本物ならば、絶対に生きてなどいないのに、しかしがらのようにぼんやりとろうに立って、そして歩いていた、あの『』の姿。

 けいを走って追いかけてきた、あの姿。

 あの顔に空いた、黒々とした穴から、の中身がらされていて、空っぽになったその中に、のだという想像。

 あの中に。

 きつねが。いや、『こちょこちょおばけ』が。

 中身をらして、その身体からだあやつる得体の知れない存在が。

 顔を青くしている二人に、『ろうさん』は続けて言うのだった。


「でだ、その『つきもの』だけどな。いてる本人には、せいぎよできない」

「……!?」

「『つきもの』は勝手に行動する。主人の意思を勝手にって、よかれと思って、勝手に周りからぬすんで、周りに取りいて、くるわせて、殺すんだ。それがどれだけいやでも、めいわくでも、主人である『つきものすじ』はどうにもできない。『つきもの』は言うことを聞かないし、捨てることもできない。先祖から伝わってる通り、まつって拝んで現状維することしかできないんだ。そうしないと『つきもの』のきばが自分に向く。家はめつし、家族も自分も次々と取りかれて、頭がおかしくなったり、食い殺されて死ぬ羽目になる」

「…………!」


 そのせいさんな説明に、言葉もないけいきく。少しのちんもくの後、それでもけいが、重苦しくしずんだ声で、『ろうさん』に向けてたずねた。


「……なんでそんなものが、学校に?」


 その疑問。


「なんでじま君が? じま君がその『つきものすじ』だったってことか?」

「あー……その可能性はゼロじゃないけど、たぶんちがうだろうな。『無名不思議』は〝現代のかいひな〟で、現代のかいも、学校のかいだんも、まったく新しいものばっかりじゃなくて、古い伝承の要素をいでるものがたくさんあるから、当然ふくまれてる。それだけのことだろう」

「……」


 こうていされたとしてもじんなその疑問に、『ろうさん』は否定の見解を返した。

 想定される答えの中で、たぶん一番理じんな答え。たまたまそんなひどいものが発生して、たまたまが担当になってしまったということ。そして――――


「このボロ紙がどうしてこんなことになってんのかは分からないけど、どうもじま君は、このノートをかいして『こちょこちょおばけ』とやり取りをしてたみたいだな」

「……」


 また押し黙ってしまったけいに、『ろうさん』はそう言って、手にしていたボロボロの紙束をって見せた。


「見る限り、どうやら『おばけ』とお友達になって、こっそりよろしくやってたみたいだ。少なくともじま君は、そのつもりだった」


 そして、はっ、と皮肉げに、短く笑った。


「それで――――最後に裏切られたってわけだ。そこまでやるとは思っていないことをやられたとか、たのめば止めてくれると思っていたのに止まらなかったとか、そんなところだろう。この〝こうかんにつ〟から読み取れた、ただの推理だけど、それほど外してないと思う。だいたいそんな感じのことがじま君に起こったんだ。手に取るように分かるよ。

 僕は『かかり』を何十人も見てきたし、記録はその何倍も見てるんだ。キミらも心にしっかり刻んどくといい。『無名不思議』が、人間と同じくつを持ってるわけがない。『つきもの』がそうなようにな。ただようにうタチの悪いやつと、野生動物に人間のくつを当てはめるみたいに、そうかんちがいするけがいるだけで、どうやらじま君はその両方だった。めずらしくもない話だけど、まあひどい話だよ」

「……」


 無言のけいきく

 そんな二人にそこまで言って、『ろうさん』は小さくかえる。

 顔のほとんどは長くびたしらかくれていたが、そこからわずかにのぞく口元は、引きつるように笑っていた。その引きつれに引っ張られるようにして、声が、ほんの、ほんのかすかにふるえていた。


「それに巻き込まれて――――助けようとして、がた君は死んだんだろうさ」


「………………」


 そして、その声で、『ろうさん』は、そう言った。

 そうめくくった。

 説明は、それで終わった。

 重い、重いちんもくが、後に落ちた。

 それは、『ろうさん』の言葉によって改めてきつけられた、よく知る仲間を、親友を、あまりにもあっけなくうしなった絶望の重さだった。

 じんいかり。悲しみ。

 そしていきなり二人も、何よりも一番たよりにしていた仲間を、しかも全てをそつせんしてさいはいしていたリーダーをうしなって、これからどうすればいいのかという、何の手がかりもない深くておそろしいくらやみただなかとつぜん放り出された、もはやぼうぜんとするしかないきよの重さ。

 そんなきよちんもくが、急に広く感じるようになった『開かずの間』に、また広がる。

 時間がひどく長く感じる。そのあいだ部屋に満ちていたこのちんもくには、いつだれがこの場で泣き出しても、あるいはさけび出してもおかしくない、今までかろうじて保っていた正気と安定がけつかいする、その寸前の、あやうい空気があった。

 あきらめが。絶望が。

 何か小さなきっかけの一つでもあれば、たちまちそれらがあふれるというあやうさが。

 押さえ込んでいたそれらがあふれ出し、すぐさま全てをほうかいさせる。

 そんなあやうい気配を、いろはらんだ空気。

 だが――――

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