ほうかごがかり 3

八話 ⑨


「……だったら、それはにできないよな」


 そのちんもくを破ったのは、けいの、そんな言葉だった。

 落ち着いた、いや、感情を低く押し殺した言葉。それはつい先刻、『前に進もう』という言葉と共にけいが見せた時のまま、すんごうも変わらない、こんなじようきようにおいてなお、決然とした態度だった。


せいがそうしようと思ったんだ。そうしようと思って、そうしたんだ」


 けいは、言う。


「みんなの助けになりたいってせいは言ってた。だったら僕の知ってるせいは、絶対にそうするはずだし、そうしたんだろう」


 言いながら、けいは近くのたなに向けて歩いてゆく。そしてたなを見つめる。『ろうさん』にもきくにも背中を向けて。


せいは、こうかいしてないはずだ」


 そして、ひときわ強く、そう言った。


「だったら、僕がせいにしてやれるのは、してやらなきゃいけないのは、それを悲しむことじゃない。にしないことだ」


 けいは、たなに並んでいる無数の『記録』を、指でなぞって言った。


「僕が、せいのやろうとしたことを、がなきゃいけない。せいが――――せいが死んだ、ことを、に、しないために」

「……っ」


 きくが、声を殺して泣く気配がした。けいかえらない。自分の顔を見られないように。またしばしちんもくする。だがそのちんもくは、今度は短かった。けいの言うことをだまって聞いていた『ろうさん』が、口を開いたのだ。


「…………ほんとに、あれがやってたことをぐのか?」


 その質問。


「は?」


 そんな質問をされる意味が分からなかったが、けいは答える。こうていした。


「ああ……ぐよ」

「そうなのか。じゃあわたすものがある」


 けいの答えを聞いた『ろうさん』は、そう言うと、自分の座っている机の上を、おもむろにあさりはじめた。その様子を不思議に思ったけいが思わずかえると、『ろうさん』は積んであったひもじファイルの中から一冊を出して、開き、その『日誌』の中にはさんであったメモ書きのへんを一枚取り出した。


「これ」


 そしてかえり、けいに差し出す。


「……これは?」

がた君に何かあったら、次の人にわたすように預かってた」


 きよをつかれたように思わず受け取ったけいに、そう説明する『ろうさん』。見るとメモ書きにはれんらく先が書いてあった。住所と電話番号と名前。まぎれもないせいの字。

 知らない名前だった。

 けいは言葉をらした。


「……だれだ?」


 その疑問のつぶやきに、メモをわたした『ろうさん』は、さらりと、しかしけいにとってはしようげき的な言葉を一言で返した。


の『かかり』だよ」

「はあ!?」


 ばっ、とメモから顔を上げた。

 視線を向けた先で『ろうさん』は、もうメモをわたしたことで、このことからは関心をなくしたかのように、顔を机の方へもどしていた。

 けいせいきく。イルマ。あや。そして『ろうさん』。


「七人目!? いや、もう七人だろ?」


 おどろいて言ったけいに、しかし『ろうさん』は素っ気なく、こう答えた。


「それ、僕も入ってるだろ」

「え」


 続けて言った。


「僕は七人の『かかり』じゃない。だよ。『ほうかご』から出られなくて何十年もここにいるようなのが、もう人間側なわけないだろ」

「……!」


 その言葉に。けいは言葉を失った。


「他にちゃんといるんだよ、〝七人目〟が」


 言う『ろうさん』。


「去年から『かかり』をやってて、ずっとやつが、もう一人いるんだ。キミが知らなかっただけで」


 聞き捨てならないことをけいは聞いた。


「は? ここに、来てない……?」

「そうだよ。サボりだ。伝言するように言われてる。がた君の『しごと』をぐことになるやつは、そいつにれんらくするように、ってさ」


 けいしようげきを受けて、もう一度メモに目を落とした。

 メモに書かれた名前。

 覚えがない、その名前。

 けいは、その名前を見つめて。


 えんどう


 あまりにも目まぐるしく、全く想像もしていなかった展開に混乱しながら、しかしこんな時のためにも準備をしていたせいのことを思って――――だまって残されたメモの字を、じっと見つめ続けたのだった。

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