ほうかごがかり 3

八話 ⑩

 翌日。

 土曜日。

 夏休みの初日になる日の昼過ぎ。けいは待ち合わせたきくと連れ立って、今まで入ったことのない住宅地の、とある家の前に立っていた。


「ここか。ここだよな?」

「うん……たぶん……」


 けいの手には、住所の書かれた例のメモ書き。

 二人の前に立っているのは、特にへんてつのないいつけん。周囲と比べると、やや大きめの和風建築で、ささやかながらへいと庭があり、建物自体はそれほど古いものではないものの、昔からここに住んでいるらしいことがうかがえる、そんな構えの家だった。

 表札には、



えんどう



 の文字。

 メモ書きの名前のみよう。ただ、こうして探し歩いているあいだに気がついたのだが、この近辺には『えんどう』のみようの家がとても多くて、確実にここだという自信はなかった。

 初めて訪ねる家なので、ちがいたくないという、子供っぽいおくれがあった。


「……」


 二人は周りにある番地の表示プレートを何度かかくにんし、ここしかないだろうとかくを決めると、とりあえずけいが前に出て手をばし、門柱に取りつけられた、インターフォンのボタンを押した。

 先に電話をしていたので、インターフォンを押してからはスムーズだった。

 お母さんらしき人が出てきて、「いらっしゃい」とげんかんに招き入れられる。そしてお母さんは奥には案内せず、げんかんのすぐそばにある部屋の前に立ち、そのドアをノックして、部屋の中へと呼びかけた。


「ゆーちゃーん! かかり? のお友達!」


 大声で。

 そして続ける。


「今日は二人! がた君じゃない子!」

「わかったよ! いつも通り、こっちには構わなくていいから!」


 中から声が返ってくる。神経質そうな子供の声だった。

 この声の主が、メモにあった名前の人物だ。

 えんどう。六年生。けいは、この彼のことを全く知らなかった。

 だがきくは少しだけ知っていた。去年、せいきくいつしよに、三人で五年生の『かかり』になった男子なのだという。そして最初の数回の『かかり』の後、どうやったのかまったく分からないのだが、ぱったりと『かかり』に、というよりも『ほうかご』そのものに、まったく姿を現さなくなってしまったというのだ。

 さらに言えば、学校そのものに来ていない。

 不登校なのだ。というのも話によると、元々いじめられがちだった少年で、最初から登校きよ気味だったのだが、『ほうかごがかり』に選ばれたのをきっかけに、完全な不登校に移行したのだという。

 それ以来、きくは一度も彼に会っていなかった。

 だがせいは、そんなだれも知らない裏で、ずっとやり取りがあったようなのだ。

 電話と、それからここで母親と話したかんしよくでは、どうも定期的に訪問もしていたらしい。

 きくは何も聞いていないという。そして、『かかり』に来ていない『かかり』がいるという事実は無用な混乱を招くからと、彼の存在を他のみんなには言わないようにしてほしいと、せいから口止めされていたことを、きくはここに来るちゆうで告白した。


「……」


 そんな人物の、部屋のドア。

 けいは見る。げんかんから一番近い、表に面した部屋で、シールもプレートもなく、ドアからは子供部屋らしさは感じなかった。

 そのドアをノックをした母親が、「もう」とため息まじりに言って、「ごめんなさいね」と二人に言い、部屋の前から立ち去る。するとそのタイミングを見計らって、中からそーっとドアが開き、半分ほど開いたドアから、一人の少年が顔を出した。


「……えーと」


 せたねこの少年だった。

 背は明らかにけいより高いが、目線がそれほど変わらない。

 レンズが大きめの眼鏡をかけている。

 明らかに日光に当たっていない不健康なはだいろをしていて、オーバーサイズのシャツをだらしなく着ていて、かみかたにかかるくらいび放題になっていて、サイズとねんれいを小さくした、昔のミュージシャンのようだとけいは感想を持った。

 少年は、うかがうような視線で、けいきくを見る。

 そして、


「……や、やあ」


 短い、あいさつとも言えないあいさつをした。はっきりしない、くぐもった声。ふしがちで、がおはない。

 がおがないこと自体は、今ここではおたがい様だ。だが目を合わせようとしない、どことなくオドオドとしたネズミを思わせる態度をした、このいんな少年は、それが常態なのであろうことがこの短いやり取りですでにうかがえた。


「えーと……」


 そんな少年に向けてけいは、訪ねて来た理由を説明しようとした。

 だが、けいが話し出すよりも先に、少年は言った。


?」

「!?」


 目を見開くけい


「用件は分かってる。あいつ――――がた君が、死んだんだろ?」

「!」


 おどろけい

 そしてそんなけいの反応を見た少年は、「やっぱそうか……」と目をせて、口の中でつぶやくように言って、深々とため息をついたのだった。

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