ほうかごがかり 3

八話 ⑪


「……なんで知ってるか、ってのを先に説明しとくとさ、がた君は毎週、『ほうかご』が終わると〝遺書〟をこうしんしてるんだ」


 けいきくを部屋に招き入れながら、彼はまず言った。


「パソコンで書いてて、パスワードを知らないと、親でも中身を見られない。まあ大人は見たとしてもたぶん記憶できないけど――――とにかくそのファイルがネットでおれと共有されてて、こうしんされると、おれに通知が来るようになってるんだ」


 二人と目を合わせず、いかにもコミュニケーションが苦手といった様子で、とつとつと、しかし先回りするような話しかたをするけいにとっては、初めて会う同級生。そしてそんな彼が話す内容は、けいの全く知らないせいの行動だった。


「遺書……」

「そう遺書。後のやつたのむこととか……情報のぎとか」


 せいは何かにつけてちようめんな人間だ。準備や習慣はてつていする。

 自分に何かあった時のため、ぎの手配をしていたというのは、確かにいかにも彼らしい。しかしそれが、毎週こうしんされる遺書ともなると、同じ立場のけいから見ても、少々度をしているとしか言いようがなかった。


「そんで、今朝は通知が来なかったから……もしかして、と思ってさ」


 は言う。

 言いながら彼は、部屋に入ってきた二人のために、ゆかに積まれていた本をどかして、居場所を作ろうとしていた。

 通されたの部屋は、みようだった。足のみ場がなかった。

 おそらくフローリングにカーペットをいた部屋。勉強机とほんだなかべ沿いに配置され、中央にコタツにもなるりのテーブルが一台。その上にノートパソコンが一台。座椅が一つあり、だんきっぱなしなのだろうとんが部屋のすみたたんで積まれていて、それから入って来た二人の座る場所がないくらい――――それどころか立っている場所にも迷うくらい、ゆかというゆかが積まれた本でくされていた。

 ただ、最もみようなのは、そこではなかった。

 そうやってゆかが本でくされているのに、なのだ。

 だがはそれを何とも思っていない様子で、テーブル周りの本の山をどかして、勉強机や、空っぽのほんだなたな板にせる。ただそれもほんだなに並べるのではなく、横置きのままぞんざいにたななんさせているだけで、明らかに定位置ではなく、見るからにきちんと片付ける気がないのだった。

 そして目につくのは、そうやって積んである大量の本のタイトルだ。

 まんが多いが、それではない。まんに負けない数がある、他の本だ。それらは表紙や背表紙に、『都市伝説』『現代かい』『しんれい』『ちよう能力』『UFO』『UMA』といった、見るからにあやしい文字をおどらせていた。そしてえられたおどろおどろしい表紙絵と共に、居場所がなくてくすけいきくを、ぐるりと取り囲んでいたのだ。


「…………これでいいか。じゃあ、まあ、その辺に座ってよ」


 やがては、ようやくしゆつしたゆかのカーペットに適当にねんちやくローラーをかけると、そうして空いたテーブルの対面を二人にすすめた。


「……」


 けいは少しまゆをひそめたものの、それ以上は気にせずに座りこんだ。きくまどった様子でくしたまま、少し周りを見回し、それから、そろそろとえんりよがちにけいとなりに座りながら、に向かってたずねる。


「えっと……ようえ中、だった?」

「……」


 けいも言葉にはしなかったが、似たような感想を持っていた。たなが空っぽ。机もそう。引き出しがかれている。それによく見るとたなも机も置いてある位置がはんで、まさに場所を動かしているちゆう、といった様子にしか見えなかったのだ。

 だが、


「ん? あー……えーと……」


 座に座ったは、困ったように目をそらし、がりがり後頭部をかいた。

 そして、


「そういうわけじゃ、ない、んだ、けど……まあ……説明が必要になったら説明するよ。それよりさ、ぎの話だろ?」


 すようにそう言って、話を早く進めようとした。

 だがけいは、手を出してさえぎり、それを止める。

 そして質問した。


「それより前に、聞きたいことがある。どうやって『かかり』をサボってるんだ?」

「………………あぁー……やっぱりその話になるよなあ……」


 その質問を向けられると、こつかたを落として、かい的なけいの視線をけるように目をせて、大きくため息をついた。

 けいの目は険しい。当然だが、思わずにはいられなかった。

 ボイコットする方法があるのなら、どうしてみんなに教えないんだ? と。

 どうして、どうやって、今までかくれできたんだ? と。みんな『かかり』のせいで死んだのだ。あやも、イルマも、も、せいも、『かかり』のせいで死んだみんなは――――そんな方法があるのなら、だれも死なずに済んだはずなのだ。


「……」

「あのさ……」


 だが、そんなけいの静かだが強い視線から、ライトの光を向けられたかのように顔をそらしたは、いいわけするように言った。


「その文句は、がた君に言ってくれないかな…………だっておれ、? 『ほうかご』に呼ばれなくする方法……」

「!?」


 それを聞いたけいは、いつしゆん思考が停止した。


「は……!?」

「本当だよ。おれが『かかり』をかいする方法を見つけて、『かかり』に行かなくなってすぐに、がた君はうちに来たんだよ。その時におれは全部しやべってるんだ。聞かれたから。別に秘密にするつもりもなかったし……おれは、かくすつもりなんかなかったんだ。それを他のみんなには秘密にしよう、って言い出したのは、がた君の方なんだ……!」

「………………!?」


 けいは、言葉を失った。

 顔面そうはく。かろうじて、疑問を口にした。


「な、なんで……?」

「う、うそじゃないぞ。がた君は、他のつうの子供がせいになるくらいなら、『かかり』がせいになるべきだって考えてた。だから、『かかり』が一人もいなくなるかもしれないような情報は、みんなに知らせるべきじゃない、って……」


 けいの様子におびえたように、は必死に言う。けいの心が冷たく冷える。


「おれの存在も、次の『かかり』には秘密にする、って……」

「…………!」

「お、おれだってさ、『かかり』に行ってないのは、他のみんなに悪いと思ってないわけじゃないんだよ。でもそうするように決めたのはがた君だ。不登校のおれには、学校でやってることなんて何も決められない。ノータッチだ。『ほうかご』に行かないですむ方法を秘密にしたのは、おれじゃなくてがた君なんだ……!」


 きよを取ろうとするように両手の手のひらをけいに向けて、必死の様子で自分を弁護するけいの感情は、聞かされた内容を「うそだ」と反射的に否定しようとしたが、しかし事前にきくから聞いた話はの話を逆に裏づけていて――――そして何より、けいが知っているせいという人間は、そういうことを部分を持っていると、けい自身も否定することができなかった。

 せいは、夢想家でも理想家でもなかった。

 夢想家を目指して、理想家を目指して、そんな人間にあこがれて、どちらにもなれずにあがいている現実家だった。

 いつか夢想と理想に手が届く日が来ることを願って、それらを語りながら、現実の地面をかためることだけを続けている、きよだいつばさしばった鳥がせいだ。そんなせいだから、やりかねないのだ。救われなければならない多数のために少数のせいを許容するという――――そのこうを単純に実行するというだけではなく、そうするということを、せいならばやりかねないとけいは思ってしまったのだ。

 決断するせいが、ありありと想像できた。

 何も知らない大勢の子供たちを守るために、自分の意志で『かかり』を見殺しにするせんたくをするせいが。

 だとしたら――――


 あやと、イルマと、は、せいが殺した。


 殺したも同然だ。話を聞くに、おそらく去年の『かかり』もだ。

 そしてその時に――――せいには、退路がなくなったのにちがいない。

 自分が見殺しにすると決めた、そして実際に見殺しにした『かかり』たちへの責任で。その時にせいは、『ほうかご』から、そして『かかり』から、げることもめることも、絶対にできなくなったにちがいないのだった。


「………………」


 それが、手に取るように分かって。

 けいは、に向かって気づくと乗り出しかけていた上半身を、力なく引いた。

 その様子を見て、ほっ、とした表情になるきくが心配そうに、かたを落としてうつむいたけいの背中に、そっと手を当てた。

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