ほうかごがかり 3

八話 ⑫


「えーと……そういやまだ、ちゃんと言ってなかったと思うけど、おれはえんどう。あんたらと同じ六年。『かかり』は二年目。全然行ってないけど」


 少しきんぱくしていた場が、なんとか落ち着いて。

 けいきくの二人を前に、自分の部屋だというのにみように居ずらそうにしながら、があらためて、そう自己紹しようかいした。


「で、担当してる『無名不思議』は――――『開かずの間』」

「!」


 そして、続けて言ったその言葉に、おどろけい

 けいにとって、『開かずの間』と言われて思いつく場所は、一つしかなかった。


「……あの『開かずの間』か?」

「そう。あの『開かずの間』」


 たずねたけいに、はうなずいて答えた。


「よく考えたら分かると思うけど、もちろんあの部屋も『無名不思議』なんだよ」

「……」


 言われてみるとその通りだ。かつて『かかり』だった『ろうさん』が、何者かに足をつかまれて閉じ込められている部屋。『ほうかご』ではああして開いているが、昼の学校では開ける方法がなく、だれも中を知らない部屋。そしてまさに、それによって先生からもかいだんとして語られている。

 だが、


「そんなこと、『ろうさん』は言ってなかった……」

「口止めされてたんだと思うよ。がた君に」


 思わず口にしたけいの言葉に、は言う。


「次に会ったらいてみればいいんじゃないか?」

「……」


 そうしていると、視線を感じて、横を見た。

 きくが、何かを言おうとしているようにけいの顔を見ていた。そしてきくがそれを口にするまでもなく、けいにはその内容が分かった。

 の言っていることを、こうていしているのだ。きく自身も、口止めをされていた。

 そして、多分、の言っている『ろうさん』への口止めも、直接見て知っている。

 けいは、それらの伝えたいことをしゆんに察して、何も言いはしなかったが、うなずきだけで、伝わったという返答の代わりにした。


「……」

「まあ、そんなわけで、あの『開かずの間』は『無名不思議』の一つで、おれが担当」


 は改めて、続けた。


「たぶん『無名不思議』は担当の『かかり』の人生とどっかでつながりがあって、おれが引きこもり予備軍だったから、その関係で選ばれたんだと思う。で、たぶんだけど、おれは当たりを引いてる。他のやつらと比べたら、めちゃめちゃ安全なんだよ、あの『開かずの間』。あの部屋はずっと昔からあって、毎年担当がいるんだけど、ほとんどみんな無事に『卒業』してるっぽい。実際、当たりだって、『ろうさん』にも言われたよ」


 自分の語る実情に、しかしは、明らかに不満そうだった。


「……でも、おれはどうにかしてかいしたくてさ」


 は言う。


「いくら安全に見えたって、そうやって油断したら、何か条件が合った時、いきなり『ろうさん』と交代して永遠に閉じ込められる羽目になったり、何か他のひどい目にあって死んだりするに決まってるんだ。おれはオカルトにはくわしい」


 言って、部屋をくして積み上がっている、あやしいタイトルのオカルト本を、するように指差して見せた。


「で、おれはくわしいから、あれこれふうして、どうにかかいする方法を見つけたんだ」


 その言葉に、待ちかねたように、けいたずねた。


「……〝かい〟って、どうやるんだ?」


 その問い。

 何人もが死んだこのじんに、決定的なピリオドを打つはずのその問い。複雑で困難なしきをするのだろうか? 何か大きなだいしようはらうのだろうか? それともつうの人間には想像もつかない、あっとさけぶようなアイデアなのだろうか? かたむような思いで質問したけいに対するの答えは、しかしひどく簡単なものだった。


いいんだ」

「は?」


 思わず間のけた声が出た。


「あ……開かなく? それだけか?」

「そうだよ。それだけ。金曜日の十二時十二分十二秒に、部屋の中の何かが〝開いて〟、それが『ほうかご』につながるんだろ? だったら部屋の中の〝開く〟ものを、全部埋めちまえばいい。鏡からゆうれいが出てくるなら、鏡を全部おおえばいいし、角度から化け物がしんにゆうしてくるなら、部屋から角度をなくせばいい。簡単なくつだろ?」


 けいには分からない何かのたとえらしきことを言って、は座から立ち上がる。そしてゆかの本をけながら部屋のかべぎわまで行って、かべぎわほんだなの一つに手をかけた。中身が空っぽのほんだなに。


「ただ、てつていしないとダメだからな」


 そして言った。


「毎週、金曜日の夜になったら、る前にドアの前にほんだなを置いて、開かなくするんだ。それから中に本をぎっちり並べて重くして、しん対策のワイヤーもかべけて、動かないように固定する。さらに動く場所自体をなくす。たなを動かせるすきを別の家具でめる。あっちには本当は窓があるけど、裏返した食器だなを並べて、ギチギチにふさいでる。あれ、かべがみって分からなくしてるけど、かべじゃないからな」


 言われて見ると、それは確かにかべではなかった。よくよく見ると上部にすきがあってカーテンレールがかいえ、そしてその方向は家の表に面していて、大きなし窓があるはずの場所なのだ。


かぎかけるのは意味がない。不思議な現象で開けられる」


 は、いま部屋のゆいいつの出入り口になっているドアにれて軽くたたくと、次に内かぎを回して見せた。


「物理的にふさがなきゃいけない。それを毎週、る前にかかさずにやるんだ。ほんの少しでもすきがあったら、一発で台無しになる。あと他にも注意しなきゃいけないのは、開いてとおけられるものは全部ダメだってこと。おしれもタンスもクローゼットも、だなも大きなケースみたいなのも、机の引き出しも、全部ダメだ。ふさぐか取り除かないといけない。

 そこまで準備して――――やっと安心できる。夜のあいだずっと、何かがドアとかをガリガリやったり、ドンドンたたいたり呼びかけたりしてくるから、それを無視すれば、無事に『かかり』に行かずに済むようになる」


 これでおしまい。はそう言わんばかりに、つい今しがた閉めて見せた内鍵かぎを音を立てて元にもどし、説明を終える。

 そして、よい、しょ、と若さのないつぶやきをしながらゆかの本をまたいで、元の座椅までもどる。けいは、きくと共に、その様子をぼうぜんながめた。この部屋の、ようえをちゆうでやめにしたようなさんじようが、どうしてこうなっているのか、完全に理解したのだ。

 毎週金曜日の夜に、はんな位置のほんだなは、の手でドアの前へと動かされる。

 そしてほんだなが移動しかねないすきを、すみの小さなたなや、空っぽのまま乱雑に積み重ねられているカラーボックスでめて、そしてそれからゆかに積み上げられているこの大量の本を、全て手作業で、たなとカラーボックスにもどす。

 そこまでしないと『ほうかご』はきよできない。

 このさんじようは、そのためのもの。全てがそのためにある部屋なのだ。

 ここは、が小学校に登校するのをきよして、引きこもった部屋。

 そして同時に、が『ほうかご』への登校もきよして引きこもるための、いわば『開かずの間』を作り出すために、調ととのえられた部屋なのだった。


てつていすればいいんだよ。おれから見たら、『無名不思議』はどんだけじんえてても、子供を相手にし続けてるどもだましだ」


 座椅に座ったは、ぼそぼそと、ふしがちに言った。


つうの子供にはできないくらいてつていしたら、かいくらいはできるんだ」


 目をせ、テーブルの上に目を落として、しかし明らかにテーブルではない、どこか地の底のような深い彼方かなたを見ながら。

 けいが口を開いた。


「……確かに、そんな簡単なことで、って最初は思った」


 じっと考え込んでいたけいは、そう言う。


「でも無理だな。考えれば考えるほど、本当にやろうとしたら難しいと思った。少なくとも僕にはできない。大人に知られずに、親にも、だれにもあやしまれずに、つうに暮らしながら自分の部屋を毎週そんなふうにてつていしてふさぐなんて、そんな生活はどうやっても無理だ」

「うん……」


 そのけいの見解に、同意してうなずくきく

 無理だ。小学生には。

 大人ならどうにでもなるかもしれないが、子供には無理だ。特に大人の協力を得られない状態では、どうにもならない。

 それこそ、のように不登校の引きこもりになって、親からも世間からもかんしようきよするくらいしなければ不可能だ。が言って実行したように、安全や命には代えられないのは確かだろうが、それを大人になつとくさせる方法がないし、つうの生活を捨てることができる小学生に至ってはほぼいない。

 てつてい

 ぐうぜんそれができるかんきようにいたとはいえ、他人も、家族も、自分の生活さえも、自分の安全のために全て捨てたと言っていい


「…………」


 けいは、このサバイバーとでも呼ぶべきせた少年を、じっと見た。

 せいが存在を秘密にした少年は、ぼそぼそとくぐもった声で、しかしきよせいを張るように時々強い言葉を使いながら、にもかかわらず目の前のけいたちとは目を合わせず、人前でごこわるそうに、おどおどと視線を彷徨さまよわせていた。

刊行シリーズ

ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
ほうかごがかり3の書影
ほうかごがかり2の書影
ほうかごがかりの書影