ほうかごがかり 3

九話 ①

 正面げんかんのガラス戸の前に立って、そのガラス戸を開け、校舎の外にす。


「……っ」


 たん、黒い空と、世界に広大に広がる空気が、

 校舎の外。

 目の前に広がるグラウンド。

 まつな墓標が大量に立ち並んでいる墓場。そんな『ほうかご』の校舎の外は、ろうと教室にいやていたいが満ちている中とはちがって、きよだいな生き物が身をくねらせているかのように、空気が大きく動いていた。

 単に〝風〟と呼ぶならば、簡単だ。

 だがそう単純に呼んでしまうには、この空気のうねりは、あまりにも重く、大きく、深く遠く、そして生々しかった。

 異様なまでに息づいた風が、頭上をおおって広がっている無限のうつろなくらやみの、その一続きの一部として、きよだい。その有り様は、どことなくだが〝根源的な不安〟と接していた。空と世界を満たしているじんえたきよだいやみと、『ほうかご』の外のくらやみは明らかに接しているのだ。

 校舎の中は、へいそくしている。

 視野をせばめるかべ。頭上をふさぐてんじよう。閉じ込められた空気。そしてそれを満たしている、心を引っかく砂のようなノイズ。

 外は、それら全てから解放されている。

 全てのへいそくから。だが実際に外に出ると、よりきよだいで重たい不安に頭を押さえつけられているかのようで、広大にひらけているはずのくらやみは、そこに立つ子供たちを校舎内よりもせまい不安の中に、ゆうへいしようとするのだ。

 そんな、てつもなくおんな『ほうかご』の外に。


「……」


 けいきくは無言のまま二人でして、並んで立った。

 十八回目の『ほうかごがかり』。たった二人だけの『かかり』。

 真っ黒な、広大でありながらへいそくした空の下に広がる、墓地と化したグラウンドと学校のしき。そしてそれらを囲むフェンスとへいと、その開口部である校門を、二人はけいかいと不安の目でぐるりとながめ、息をひそめて耳をませた。


「……いないか?」

「うん、たぶん……」


 二人は小さな声で、ささやきわす。

 そしてそれから校門をえると、かくれる場所もない中を、少しでもと身を縮めるようにして、足早に歩き出す。

 学校の正門。しばし二人ぶんの足音が、夜の下にひびく。

 学校のげんかんの明かりを出て、門の外にともる街灯の明かりの下へ。ほどなくしてたどり着いたてつごうの門には、ノートのページを破って作った張り紙が、経年れつで変色したセロハンテープでりつけられていた。



『いる』



 その文字。

 そしててつごうの向こうに、


 


 とくらやみに半ばしずむように、完全に血の気のせた何人もの子供が、たがいに手をつなぎあって、横並びに並んで立っていた。

 この『ほうかご』の学校のしきは、すみを満たしたような何も見通せない真っ暗闇やみに、周囲を完全に囲まれている。

 そして外周に点々と存在する街灯が、今にもれつで切れそうなぼんやりとした光をともしていて、そのじりじりとした明かりにかろうじてかびがるようにして、手をつないだいく人もの子供が、学校の外周をと取り囲んでいるのだ。

 その『輪』を切り取った一部が、てつごうの向こうに見えていた。

 やみしずんでりんかくのにじんだ、かげのような、ネガフィルムに映ったかのような子供たち。

 身動きせず、生気のない、明らかに死人そのものの子供たち。くらやみの中にうつむいて、表情すらもうかがえないそんな子供のぼうれいの列が、てつごうの向こうにずらりと並んでいる姿が、校門からかいえていた。

 そして。


「……『学校わらし』」

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