ほうかごがかり 3

九話 ②

 けいは、その光景を前に、つぶやいた。

 学校を取り囲む、子供たちのぼうれいの輪。これこそがせいの担当だった『無名不思議』で、つけられた名前を『学校わらし』といった。


「『学校わらし』ってのは、まあそのまま、学校に現れるしき童子わらしみたいなもんだな」


 この日、からのぎの内容を伝えたけいに、『ろうさん』はそう説明した。


しき童子わらしは、幸運をもたらすといって有名な、子供の姿をしたようかいだな。子供にしか姿を見ることができないと言われていて、庭で遊んでいる子供たちの中に見知らぬ子供がまざっていたり、ているあいだにいたずらをされたり、出会った人は幸運にめぐみまれるとか、しき童子わらしが住む家は栄え、去ってしまうとぼつらくするとか言われてるな。

 で、学校にも似たようなのが現れるというもくげき情報が全国で言われるようになって、それをいつからかまとめて『学校わらし』と呼ぶようになった。校庭で遊んでいると、だれじようを知らない子供がまぎれこんでいつしよに遊んでいるとか、一年生にしか見ることができないとか、かたたたかれると幸運が続くとか、そんな話がある。

 で、その中の一部には、学校で死んだ子供のれいが正体だ、って由来が語られてる。まあ、とにかく『学校わらし』はそういう話で、キミらが見てるような、学校を輪になって取り囲むれいの話じゃない」


 そう『ろうさん』は言った。なのに、なぜ、『学校わらし』と名づけられたのか。

 けいは、校門の前に立ち、てつごうの向こうに並んでいるぼうれいの少年少女たちの姿を、一人一人見ていた。そしてしばらくして、そばに立っているきくかえり、短くたずねた。


「……どの人?」

「えっと……」


 たずねられたきくは、身を乗り出して、てつごうの向こうを指差す。


「あの……あの人」

「そっか」


 けいは、きくの指差した先にいる、背の高い少女のぼうれいを見やって、静かに言った。


「あの人が――――


 その少女の、名前を。

 せいの〝遺書〟にあった名前。この少女は『無名不思議』として、あるいは『ほうかご』の学校のうすわるい背景として、無から発生した化け物ではない。彼女はせいと、それからきくとも仲間だった。去年いた『かかり』の、一人だったのだ。

 がき

 去年の六年生。その、変わり果てた姿。

 そして彼女だけではない。ここにいる全員が、だ。

 何十人、いや、もしかすると百人をえるかも分からないこのぼうれいの輪は、その全員が過去に実在した『かかり』で、そして全員が、『ほうかご』で

 この『無名不思議』――――『学校わらし』を担当する『かかり』は。

 正確に言うと、『学校わらし』の記録に少しでもかかわった『かかり』は、必ずだれか一人がその年の最後までに『ほうかご』で命を落とし、

 命と存在を失い、ぼうれいとなって、学校を取り囲む一人になる。

 昼の学校からは見ることができないぼうれいとなって、この『ほうかご』で、もしかすると永遠に、学校を囲んで立ち続けるのだ。


 ――――この学校から、『無名不思議』をために。


 このぼうれいの輪がどういうものなのか、過去の記録から分かっていた。この輪の外には、何者であろうも出ることはできないのだ。

 出ようとした『かかり』が、はばまれて出られないことは、古くから知られていた。

 この『ほうかご』からだつしゆつしようとした『かかり』は、数限りない。その試みの一つとして学校の外に出ることは多くの人間が考えたが、みんなこのぼうれいの輪にはばまれて、輪の外側に出ることができた『かかり』は、記録されている限りでは一人も存在しなかった。

 最初は、このように理解されていた。

 ぼうれいの輪は、『ほうかご』に『かかり』を閉じ込める『無名不思議』だと。

 しかし、やがて代を重ねるうちに、別の事例が記録されるようになる。輪を出ることができないのは『かかり』だけでなく、『無名不思議』も同じだったのだ。

 まれに、学校の外に出ようとする『無名不思議』が現れる。

 だがそんなかいも、『かかり』と同じように、ぼうれいの輪にはばまれて、一体たりとも外に出ることができなかった。

 ときおり現れるらしい。教室にとどまらず、自由に動き回る『無名不思議』が。

 そう、ちょうど今――――まさに校内をはいかいしている、あの〝〟のような。


「…………」

「! もりくん……!」


 外のくらやみの中に並ぶぼうれいたちを、てつごうに思い切り顔を近づけてかくにんしているけいに、きくが小声で、しかしせつぱくした様子で声をかけた。


「足音がするかも……」


 門の外を見ているけいの代わりに、周りの様子を見張っていたきく。耳をすますと、広がっているくらやみせいじやくの中に、かすかに足音が聞こえた気がして――――きくは〝〟が近づいているかもしれないと、ここを立ち去った方がいいと、声をかけた。

 だが。



 けいは言った。急に。


「えっ」

「ちょっと待っててくれ」


 今までなかったしゆうちやくを見せて、けいは門の外に目をやったまま、そこを動かなかった。


「に……もりくん?」

「もうちょっと。まだ全員、かくにんしてないから、もう少し……」


 てつごうに張りついて、必死に、見える限りのぼうれいの容姿を、全て検めようとするけいきくはその様子を見ていつしゆんためらったが、そのちんもくのあいだに、聞こえた気がした足音にちがいないことを確信して、あわててけいそでをつまんで引っ張り、首を横にった。


もりくん、

「!」


 けいが、びくっ、とその言葉に反応した。


「たぶん、。だから、もう行こ?」


 けいが何を探しているのか、きくは知っていた。だからきくは言う。答えずに、門のてつごうをつかむけい。その表情はきくからは見えなかったが、それでもきくは構わずに、続ける。


「言ってたよね、新しい人は絶対に、門の前に来るって」

「……!」

「前のシノさんもそうだったし、前の人も、その前の人もそうだった、って……それに、がたくんにはよ。がたくんが死んだのは『ここ』じゃない。だから、たぶん、どれだけ探しても、がたくんはきっと、ここにはいないよ……」


 ためらいつつも、しかしはっきりと言い聞かせるように、きくは言う。けいは、きくに背を向けたまま、『いる』と張り紙がられたてつごうを強くにぎりしめ、深くうつむいて、外に音が聞こえるほど、歯を食いしばる。


「だから、ね?」

「…………!」

「行こ?」

「………………っ!」


 説得する。けいあきらめきれない様子でそこを動かずにいたが、やがて未練もあらわに、それでもてつごうから手をはなす。

 そして、るように、門に背を向けて。


「…………わかった」

「うん……ごめんね……」


 表情を見せずに歩き出すけいに、きくは思わず謝って、それから立ち去るけいの背中に、小走りに続いていった。

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