ほうかごがかり 3

九話 ③

 ――――『学校わらし』は、『無名不思議』を学校の外に出さないために存在する。


 あれは化け物の〝おり〟である。

 過去の記録は、そう結論していた。

 だとするとあれが『無名不思議』であるのかすら、本当のところは分からない。だが少なくとも、あのおそろしくむごたらしいえんじんは、何も知らない子供たちが通う学校と『ほうかご』とをへだてて、中のものを外に出さないようにする存在だった。

 何十年か前にいたという、非常にれいかんが強かったという、とある『かかり』の女の子の言葉が残っている。外の世界と『ほうかご』は、たとえるなら人間の体の外側のと内側のねんまくのように裏表でつながっていて、あのぼうれいの輪は、内側にいるものが自由勝手に外に出てしまわないようへだてている〝かべ〟なのだと。

 せいの〝遺書〟によると、去年、『シノさん』と呼ばれていた六年生が『ほうかご』でせいになり、あの輪の中に加わったのだという。そして『シノさん』は、『学校わらし』の

 担当は、当時五年生の

 しかし『シノさん』が――――正確には当時の六年生の『かかり』全員が、せいの知らないあいだに『学校わらし』の記録を作っていて、そしてせいの代わりに命を落とし、せいの代わりにぼうれいとなったのだ。

 六年生全員が、せいを助けるために、そうした。

 そうしてせいは生かされた。たった一年の、延命に過ぎないにもかかわらず、そのために六年生全員が命を捨てた。



『この遺書が読まれてるということは、僕はぼうれいの一人として学校を囲んでいると思う』



 せいの〝遺書〟には、『学校わらし』のことにれて、そう書いてあった。



『でも、僕はそれを望んでいるので、悲しまないでほしい。僕はシノさんのとなりに立って、化け物から世界を守るという最後を、本気で願っているから。僕が今まで世界から受けた恩を、こうやってはっきりとした形で世界に返すことができるのはうれしい。ぼうれいになった僕を見ても悲しまないでほしい。それが僕の最後の望みだ」


 と。

 この〝遺書〟を読んで、けいは門までかくにんに行ったのだ。

 今まで間近には見たことがなかった、せいが担当していたという『無名不思議』を。それからせいの〝遺書〟に書いてあった、願いの結末を見届け、もしかするとそこでせいに会えるのではないかという、かすかな希望をいだいてだ。

 ……そして。


「――――――だ」


 あれから一言も話さず、足音の聞こえてくる方面をけて、正門から大回りして『開かずの間』にもどったけいは、心配そうに見守っていたきくの前で、長いちんもくの後で、やがてしぼすようにして言葉を発した。


「……えっ?」

「やっぱり、こんなの……だ。だろ。あいつが、自分が死ぬのをえにした、最後の、たった一つだけの希望がかなってないなんて。だ。これだと、あいつは本当ににじゃないか……」


 かすれた声で、けいは言った。おそらく『ほうかご』で死んだわけではないせいは、『学校わらし』の輪に。想像されるその事実に押しつぶされ、部屋の真ん中にくして、うつむき気味に目を見開いて、しかし何も見ていないけいの言葉が、がらんとした『開かずの間』の空間にひびいた。


「……」

「ああ、そうだよ」


 きくは何も言えない。だが『ろうさん』は口をはさんだ。


にだ。『かかり』の大半は、に死ぬんだ。九割九りんすぐに消えちまう化け物のえさになって、命も存在も、に消えるんだ」


 ようしやなどしなかった。机で背中を向けたまま、『ろうさん』は淡たんと言い放った。


「みんなそうだ。特別なことじゃない。あいつもそうなったってことだ」

せいは!」


 けいは声をあららげた。


せいは……! がたせいは、特別な人間だった!」


 さけぶように言った。もう何年も、人には聞かせたことがない、いや、自分でも聞いたことのない声でだ。


「何かを残せる人間だった! あいつも残そうとしてた! 何も残さずに死んでいい人間じゃなかった!」


 さけぶ。


「ずっと、あれからずっと……あいつが死んだことをなつとくしようとしてた! あいつが望んだことだから、かくしてたから! なのに、そうやって残そうとしてたものが残せてなかったなんて、どうやったらなつとくできるんだよ! なつとくできるわけないだろ! こんなじんが、許せるわけないだろ!!」


 体をふるわせてさけぶ。今まで、ばくはつするような感情の出しかたは強くよくせいしていたけいが、それをかなぐり捨ててさけんだ。さけんでいた。

 したたん。『ろうさん』は冷たく言い捨てた。


「残せるわけないだろ」

「は!?」


 感情が頭に上った。げきこうしかかった。


「それ、どういう……!!」


 顔を上げて、言い返しかける。だが『ろうさん』の言葉のほうが、わずかに早かった。そしてその内容もしようげき的だった。


「ああ、もちろんあいつはゆうしゆうだったよ。。『無名不思議』はんだからな」

「……は!?」


 しかけたけいの足が止まった。頭の中に満ちていた熱に、ひどく冷たいものが差し込まれた感覚がした。


「ずっと僕はここで、何人も何人もせいしやを見送ってきたんだ。そうしてるとそれでな、そのうち、何となく分かったんだよ。『ああ、あいつらは、子供の未来だか希望だか、そんなのをうんだな』ってな」


 冷たく静かに、『ろうさん』は背中を向けたまま、どこかてるように続けた。

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