ほうかごがかり 3

九話 ④

「能力のあるやつ、夢のあるやつ、前を向いてるやつほど、ここでは死ぬんだ。そうじゃないやつも、夢を見つけたやつ、前を向けたやつ、希望を見つけたやつが、その未来ごと、かいだんわれて死ぬんだ。中にはその『無名不思議』が、わざわざ担当してるやつに希望をちらつかせてるんじゃないかってやつもいる。たぶんじま君の『こちょこちょおばけ』はそれだった。僕はあれを『つきもの』じゃないか、って推理したけど、中国ではそれを『』といって、その仲間に『きんさん』ってやつがいる。そいつに取りかれるとめつするけど、めつする前にめちゃくちゃ金が手に入るんだと。そういう意図があるのかは知らないけど、そりゃあ先にでかい希望があった方が、絶望もめつもでかいよな。

 ああ、あいつは確かに、何年かに一人、出るか出ないかのいつざいだったよ。でもな、だからこそたぶん、あいつは『やつら』にとって栄養たっぷりのえさなんだ。あいつが『学校わらし』の輪に加われなかったのは、僕も少し意外だったよ。でも――――キミらは見たんだろ? そのいつざいの馬鹿デカい未来と悲劇を追加でった『こちょこちょおばけ』のやつは、いま生まれた場所のせまからを破って、学校中を元気に走り回ってやがるんだろ?」

「…………!!」


 話を聞きながら、けいは頭の中が急速に冷えた。それは冷静さではなかった。あまりのと不条理に対する、『無名不思議』への、いや、それをえた、もはや世界に対しての、殺意にも似た冷たいいかりだった。


「………………あの〝じま君〟は、これからどうなるんだ?」


 かなり長い、押し黙ったちんもくの後。

 やがて口を開いたけいが言ったのは、地の底からのような、押し殺したように低い声の、そんな質問だった。


「さあね。つうなら、そのうちそれも、だんだんと消えていって、しようめつするね」


 答えるが、その『ろうさん』の言葉は、やはりどこか冷たい。


「まあ、活発な『無名不思議』みたいだから、もしかすると表の学校でもうわさになって、しゆつぼつするようになるかもな。それで全国的な『学校のかいだん』や『都市伝説』になったりして。

 でもまあ、僕の見てきた限りじゃ、そこまでになった『無名不思議』は、この学校からは一匹ぴきも見たことがないからな。やっぱり何ヶ月かして消えるんじゃないか? 他のおんなじように消えていった、数えきれない『無名不思議』と、変わらずに」


 淡たんとした、よくせい的な、あく的な、『ろうさん』の答え。はなすような、さもなくばあおるようなその答えを聞いて、無言のけいはじっとうつむいてくしていたが、やがて静かに顔を上げた。

 そして、『ろうさん』に歩み寄る。

 近寄られた『ろうさん』は、無視するようにかなかった。

 そんな『ろうさん』に、けいは手を出す。手のひらを上に向けた要求する手。それを顔の横にきつけられて、『ろうさん』がようやく顔を向けた。


「……なんだよ」

「一枚……ううん、まとめて何枚かくれよ。『日誌』のやつ」


 無表情に言うけい。『ろうさん』のまゆが寄った。


「何するつもりだ?」

「何って。せいの後をぐ。『学校わらし』の『記録』を作る。あとは『こちょこちょおばけ』も僕がぐ。せいのできなかったことを、僕が全部やってやる」


 不自然なほどへいたんな調子の、けいの言葉。それを聞いた『ろうさん』は、大きくため息をついて、ろんげに問いかけた。


「……本気か?」


 だがすぐに、その自分の問いに、自分で結論する。


「いや……本気なんだろうな」

「本気だよ。実は今日、ここに来る前から、そうしようって決めてた。『学校わらし』を見に行って、もっと決意が固くなっただけだ」


 けいは答えた。

 そして言う。


「全部わかった。理解した。僕は『無名不思議』が、『学校の七不思議』が許せない。せいの未来も、最後の願いもうばった『やつら』のことが許せない。せいを、いけにえなんてなものに無意味に消費した、『やつら』を許せない。この『ほうかご』が許せない。

 僕は少しでも『やつら』のことを『記録』して、せいかたきをとってやる。少しでも『やつら』に傷をつけて、それで死んだらせいの代わりに『学校わらし』の仲間になって、『やつら』がここから出られないようにするかべの一部になってやる。せいの最後の願いの代わりになってやる。そうしないとせいかばれない。せいの死んだ意味も、生きた意味も、このままだとなくなる。そんなの、僕は絶対に認めない」


 わった目で、淡たんと言うけい。つい今しがたしたえたぎる感情を、腹の底に押し込めて、その圧力のこもった声で、淡たんと言いつのった。

 ぼうぜんと、悲しみと、いかりの、その先。

 絶望。けいは絶望していた。自分のことだけならば、まだ許せた。だがせいに、あんながたい人間に、あんな非情でざんこくな仕打ちをして、その希望も望みも結果のへんりんも残さずあとかたもなく消し去ったこの『ほうかご』という存在を、許すことができなかった。

 せいなつとくして死んだはずだ。せいは、常に自分の理想をえて、常にそのために行動していた。そんなせいは、志半ばでたおれる心残りはあれど、自分の道行きに、そして約束されていたゴールに、なつとくしてたおれたはずだった。

 自分の死が、最後のぼうへきになると信じ、だからこそ、彼はったはずだった。

 救いになるのはそれだけだった。せいの死という事実を知らされてから、ずっとはんもんしていたけいは、ぎによって知った『学校わらし』の内容に、一度希望を持った。半ばでたおれたせいが、それを織りこみ済みだと、彼の志は残っていると、分かったからだ。

 だからかくにんに行った。一目見ようと。本当にそうなったのならば、自分もなつとくしようと。

 せいの死の結果を見届けて、なつとくしようと。だがそれなのに、それがかなわなかったなんて、けいは認められなかった。その事実に、そして全てに、けいは絶望していた。


「そんなの、キミ、本当に死ぬぞ」


 ため息まじりに、『ろうさん』は言った。


「まだ『学校わらし』に、今年のぶんは加わってない。ここで『学校わらし』の『記録』に署名したら、もうキミだけが担当者みたいなもんだ。最終日までに絶対死ぬぞ」

「いいよ。僕がいない方が、母さんは幸せになれる」


 けいちゆうちよなく答えた。表情をゆがめる『ろうさん』。


「キミは……」

「それに、やらなかったら、死なない保証があるのか?」


 続けてそうけいが言うと、『ろうさん』はさらに表情をゆがめて、それこそ苦虫をみつぶしたような顔になった。


「……ないよ」


 認める。

 だが『ろうさん』は説得を試みる。おそらく、最後の説得を。


「でもキミら二人は、僕の見立てだと、つうにやってたら生きて『卒業』までやり過ごせる確率は高いぞ」

「……そうなのか?」

「ああ、いい線いってる。キミなんか、ほとんど『記録』に成功してるじゃんか。このままなら死なずにすむ可能性は高い。死なずにすむんなら、死ぬ必要なんかない。生きていけるんだぞ、生きろよ」


 その言葉にも、けいの表情は動かなかった。


「そっか。いいこと聞いた」

「だろ。だから……」

「じゃあどうじまさんが無事にすむ確率も上がるよな。『卒業』はどうじまさんだけでいいよ」

「えっ」


 その言葉に、きくおどろいたようなまどいの声を出したが、けいきもしなかった。


「…………」


 しばらくけいと『ろうさん』は、にらうように目を合わせていた。二人はそのまま、しばらくたがいにだまっていたが、いつまでも続きそうなそのちんもくを、結論の決まっているけいは、早々に破った。


「で、『日誌』は? くれないのか?」

「キミさ」

「あんたが反対なら、別にいいよ。勝手にやるから」

「はあー……」


 差し出していた手を下ろし、背を向けようとしたけいに、『ろうさん』はため息と共に机の上の紙束に手をばして、そこからひとつかみぶんの『日誌』の用紙をして、けいに向けて乱暴に差し出した。


「しないよ、反対なんか。そいつは僕の仕事じゃない。本気なら好きにしろよ」


 言う。


がたが、今年の『かかり』にはあたえる情報をコントロールしたいとか言い出した時も、僕はちゃんと言われた通りにしたんだからな。そんな僕が自殺志願者程度のことに、わざわざ反対するわけないだろ! キミみたいなのも、何人も見送ったよ!」

「……」


 けいかえる。そして、その『ろうさん』の言葉にも、わずかにまゆを寄せただけで、差し出された用紙を取り上げて、すぐにスケッチブックをクリップボードの代わりにして、空白の用紙に自分の名前を書き入れた。


『担当する人の名前』もりけい


 と。

 そして、


『無名不思議の名前』学校わらし


 と。


「……キミは今、自分のけいの書類にサインしたぞ」


 それを見届けた『ろうさん』は、処置なし、といった態度で息をき、見捨てたように背を向けて言った。

 けいは逆に言い捨てた。


「人間はみんな死ぬだろ。だったらこんなの、せいぜい臓器提供の同意書だ」


 書き込んだ『日誌』をかえす。かえされたそれを、かえりもせずに『ろうさん』は『日誌帳』にはさんで返し、けいはそれをだまって取り上げ、足元に置いていたリュックサックにめ込んだ。


「…………」


 きくが、そんな二人の様子を見ている。

 複雑そうな表情で、しかし何も言えないまま、胸の前でほうききしめて、二人の様子をながめていた。

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