ほうかごがかり 3

九話 ⑤

 その日。

 けいはスケッチブックに、『こちょこちょおばけ』の、最初のしたきこんだ。

 顔に大きな黒い穴が空いて、校舎裏にたたずむ、〝〟の姿。

 ぼんやりと立っているようにも、何かを探しているようにも見える姿。フィクションに出てくるゾンビにも似た、人間のを感じさせない、何かの下等な生物に脳をうばわれでもしたかのような立ち姿。

 その変わり果てた〝〟と。

 そんな〝彼〟の立つ、校舎裏の背景と。

 それから、それら全てを合わせたものと同じだけの、いやそれ以上の手間をかけてき始めた、その日。


 四時四四分四四秒。

 目を覚ましたけいの目に入った、自分の部屋のかべには、


「!」


 思わず、おどろいて見返した。

 その時には、穴は、夢の続きの残像だったかのように消えていたが――――それをげんかくさつかくと決めつけるほど、けいという人間は楽観的ではなかった。

 それに。

 それにだ。

 これはまだ、手始めにすぎないのだ。


 ――――これから、『学校の七不思議』をく。全部。


 けいふくしゆうする。

 全ての『無名不思議』に。そして『ほうかご』に。

 少しでもいて。『記録』して。

 そして。

 絵筆で傷をつけるのだ。少しでも。このじんな『世界』に。


 十九回目。

 チャイムと放送の後に、『ほうかご』に降り立ったけいは、きくと合流すると、先週と同じように学校の正門へと向かった。

 正門のてつごうから、未練と共に『学校わらし』の輪に目をやって、そこにせいがいないことを改めてかくにんする。そして重いため息の後、おもむろに『学校わらし』に背を向けて、かかえてきたイーゼルを正門の前に立て、そこから真っ黒な空の下にそびえながら窓に明かりをともす小学校を高く見上げて、その全容をわたした。


「……」


 静かに。

 静かに見上げる。

 そして立てかけたスケッチブックに、手にしていたえんぴつおおざつな構図の線を引き、次にえんぴつかせて全体のいんえいをつけて、画面の構想をまとめる。

 そうして、しばし景色を見つめた後、けいは両手を目の高さまで持ち上げた。

 人差し指と中指を合わせてばし、親指を直角にした、三本指で作ったピストル。両手のそれを組み合わせて、四角形のわくを作ると、けいはしばしその中に景色を収めてながめた後、横にいるきくに顔を向けた。


たのむ」

「うん」


 きくはそれに応えてうなずく。そして、けいの後ろから手をばして、けいが作った四角に、自分の『窓』をおおって重ねた。


「…………もりくん」


 そして、気がつくと数十分。

 集中して絵をいているけいに、きくが顔を寄せて、ささやくように名前を呼んだ。


「ん……」


 けいはスケッチブックから顔を上げ、暗く重い空に押しつぶされそうな校庭のせいじやくに耳をすませる。そしてそのせいじやくの中に、かすかな足音が聞こえるのをかくにんすると、きくにスケッチブックを押しつけるように持たせる。そして自分は急いでイーゼルをたたんでかたに。それからそっと二人で、正門前からてつしゆうする。


 …………

刊行シリーズ

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