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その日。
啓はスケッチブックに、『こちょこちょおばけ』の、最初の下描き描きこんだ。
顔に大きな黒い穴が空いて、校舎裏にたたずむ、〝留希〟の姿。
ぼんやりと立っているようにも、何かを探しているようにも見える姿。フィクションに出てくるゾンビにも似た、人間の自我を感じさせない、何かの下等な生物に脳を奪われでもしたかのような立ち姿。
その変わり果てた〝留希〟と。
そんな〝彼〟の立つ、校舎裏の背景と。
それから、それら全てを合わせたものと同じだけの、いやそれ以上の手間をかけて顔面の穴を描き始めた、その日。
四時四四分四四秒。
目を覚ました啓の目に入った、自分の部屋の壁には、黒い穴が空いていた。
「!」
思わず、驚いて見返した。
その時には、穴は、夢の続きの残像だったかのように消えていたが――――それを幻覚や錯覚と決めつけるほど、啓という人間は楽観的ではなかった。
それに。
それにだ。
これはまだ、手始めにすぎないのだ。
――――これから、『学校の七不思議』を描く。全部。
啓は復讐する。
全ての『無名不思議』に。そして『ほうかご』に。
少しでも描いて。『記録』して。
そして。
絵筆で傷をつけるのだ。少しでも。この理不尽な『世界』に。
3
十九回目。
チャイムと放送の後に、『ほうかご』に降り立った啓は、菊と合流すると、先週と同じように学校の正門へと向かった。
正門の鉄格子から、未練と共に『学校わらし』の輪に目をやって、そこに惺がいないことを改めて確認する。そして重いため息の後、おもむろに『学校わらし』に背を向けて、抱えてきたイーゼルを正門の前に立て、そこから真っ黒な空の下にそびえながら窓に明かりを灯す小学校を高く見上げて、その全容を見渡した。
「……」
静かに。
静かに見上げる。
そして立てかけたスケッチブックに、手にしていた鉛筆で大雑把な構図の線を引き、次に鉛筆を寝かせて全体の陰影をつけて、画面の構想をまとめる。
そうして、しばし景色を見つめた後、啓は両手を目の高さまで持ち上げた。
人差し指と中指を合わせて伸ばし、親指を直角にした、三本指で作ったピストル。両手のそれを組み合わせて、四角形の枠を作ると、啓はしばしその中に景色を収めて眺めた後、横にいる菊に顔を向けた。
「頼む」
「うん」
菊はそれに応えてうなずく。そして、啓の後ろから手を伸ばして、啓が作った四角に、自分の『窓』を覆って重ねた。
「…………二森くん」
そして、気がつくと数十分。
集中して絵を描いている啓に、菊が顔を寄せて、ささやくように名前を呼んだ。
「ん……」
啓はスケッチブックから顔を上げ、暗く重い空に押しつぶされそうな校庭の静寂に耳をすませる。そしてその静寂の中に、かすかな足音が聞こえるのを確認すると、菊にスケッチブックを押しつけるように持たせる。そして自分は急いでイーゼルをたたんで肩に。それからそっと二人で、正門前から撤収する。
…………