ほうかごがかり 3

九話 ⑥

 十九回目。

 二十回目。

 二十一回目。


 正門で。

 屋上で。

 あちこちのろうで。

 階段で。


 けいは校内をはいかいする〝〟をけながら、延々と移動をかえして、校内のスケッチをかえしていた。

 学校と、『無名不思議』のスケッチを。

 校内に存在する、全ての景色と『無名不思議』を写し取ろうとするかのようにだ。

 けいの思いは、固まっていた。

 くらく。重く。

 いかりがあった。いずれ『学校の七不思議』の全てをいてやりたいと、くらく、重く、固く、心の中で思っていた。

 けいからせいを、そしてせいが守ろうとしたもの全てをうばいつつある『学校の七不思議』を。

 全て、どうにかしてやりたかった。けいのできる限り。画用紙の中に閉じ込めて、り固めてやりたかった。

 大手をってあれらが自由にしているなど、許せなかった。

 絶対に許せなかった。この日からけいの生活からついやせるものは、全て、残らず、そのためにけられた。

 そのためだけにけいは生活した。全てをけた。

 時間。画材。技術。思考とさくと、そして――――のう

 全てをだ。鬼せまるほどに。それはかつて『まっかっかさん』をいていた時とよく似ていたが、それ以上にせいぜつだった。

 夏休みに入って、学校の授業がない、その空いた時間が、ほぼ全て使われた。

 部屋がみるみるれた。数えきれないほどのスケッチが、したきが、習作が、失敗作が数限りなくかれて、スケッチブックから破り取られたすさまじい数のそれらが部屋のかべりつけられ、立てかけられ、ゆかに並べられ、あるいは打ち捨てられて、積み上がった。

 部屋がコラージュのようになっていた。めくるめく、まいがしそうなほどの、一面をくす世界のさいへんのモザイク。切り刻まれてらされた、『ほうかご』という名の暗黒の世界。そしてそれは、けいの頭の中そのものだった。

 いまや、『ほうかご』のほとんどの景色と『無名不思議』が、けいのスケッチブックと、頭の中にあった。

 夏休みの全てを使って、けいは『ほうかご』をめぐり、目にしながら直接、あるいは後でおくから、あらゆる光景を、スケッチブックにき写していたのだ。

 そしてそれらを並べ、ながめ、はんすうし、考える。

 けいは目標を決めていた。

 この『ほうかご』という、けいせいと、その他の現在過去未来の全ての子供たちから、ただただうばい続けるこの絶対的なじんに対してできる最大のはんこうを、どうするべきか、けいはすでに決めていた。


 


 ぼうだいなスケッチを、ぼうだいな『ほうかご』を、一枚の絵につづり合わせる。けいはそのためにいま全てをついやしていた。スケッチをき、並べ、選び、し、き直し、頭の中で悪夢のようなパッチワークを構想し続けた。

 部屋のすみのイーゼルには、まだ何もかれていない、大きな油絵のキャンバス。

 かたわらに予備もある。けいかかえられるギリギリの、はばが六十センチをえる、この風景画向け比率の15号キャンバスは、この絵をくために、わざわざ買ったものだ。

 せいからいだ、絵のはんばいの売り上げからだ。

 そのお金からの貯金も一旦はたいて、新しい画材も買った。絵具えのぐに、油に、筆。せめてそれだけでも、せいいつしよに戦うために。

 けいは、スケッチをちりばめた――――いや、そんな言葉で表現するにはあまりにも密度と情念のこもった部屋の真ん中に座りこみ、まばたきもせずに目を開けて、じっと思考とイメージのしんえんに身をしずめ続けた。

 すんしんでめいそうするしゆぎようそうのようにさくし、ときおり並べたスケッチをえ、あるいはき加え、き直し、捨てては新しいスケッチをいた。

 連日。毎日。ゆうのような表情で。

 その様子を母親には見せないよう、母親が仕事に出かけた後の家で。

 きくは、そんなけいに『ほうかご』で協力しつつ、毎日のようにけいの家まで、様子を見に訪ねてきていた。

 大半の時間、無言か、独り言をつぶやきながら構想を続けるだけのけいといても退たいくつなだけにちがいなかっただろうが、きくは持ってきた宿題や読書などをしながら、けいの様子を見守り、ときおりたのまれる雑用に応じていた。

 きくけいの心身を心配していたが、けいを止めようとはしなかった。


「ずっと見てても退たいくつだろ。付き合わなくていいよ」

「ううん、少しでも協力したい。わたしも、がたくんのカタキは取りたいと思ってるから」


 一度だけけいたずねてみたが、きくの答えはそれだった。


「わたし、役立たずだったから……少しでも、なんでもいいから、役に立ちたい。わたしももりくんも、いつ死ぬか分からないから。もし何もしないでもりくんが死んじゃったら、去年みたいに絶対こうかいすると思うから……」


 そう言われて、けいもわざわざこばむことはしなかった。助かるのも確かだった。きくはお昼になると訪ねてきて、けいが食事をとったかかくにんし、必要なら買い出しも引き受けたが、けいだけならば忘れるか無視するだろうことが目に見えていたからだ。

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ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
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