ほうかごがかり 3

九話 ⑦

 二、三日に一度は、にも会いに行った。


「……協力するのは約束だからするけど、おれは『ほうかご』には行かないからな」


 そうめいわくそうにするとは、せいからいだ仕事についてや、せいに近い視点での『ほうかご』への対策や、作戦の話をした。

 せいのやっていたことを、げるものは残らずかくでいたけいだったが、金銭や機器類に制約の多いけいには不可能なことも多く、結局そういったことは全てたよらざるを得なかった。

 それに、はオカルトにくわしかった。同じオカルトでも、『ろうさん』とは方向がちがい、ちよう能力やじゆつじゆじゆつといったものに関心がかたよっていて、そして何よりも、現実をと結びつける思考が得意だった。

 の物の見方、考え方は、現実よりもオカルト寄りだった。

 一言で言ってしまえば変わり者だった。だから不登校になるくらい学校ではいていて、しかし同時に『かかり』の呼び出しをきよすることができるくらい『ほうかご』のルールに順応していた。

 と会った時点では、何をすればいいか実は分かっていなかったけいに、今の方向性をあたえたのはだった。

 せいの死による、悲しみ、いかり、行き場を失って空回りするだけのかく。内心に押さえつけていたそれらにまわされて、何をするべきかが分からなくなって、とにかくせいのやろうとしていたこと全てをごうとしていただけのけいに、できることとできないことを切り分けて、けいが『ほうかご』に対してできることを教えたのはだった。


「――――あんたは絵をけ。それしかできないし、それが一番いい」


 は言った。

 あの〝遺書〟について伝え、『学校わらし』の中にせいがいないことをかくにんし、そのやるせない事実をふまえてぎについていくつも話をした結果、はしばらく考えたあと、けいに対してそんな結論を下したのだ。


「うん、話を聞いたけど、やっぱあんたは〝それ〟しかできない。びっくりするほどそれしかできない。でもそれが一番有効なんだ。だったらそれしかないよ。最後の最後までき続けるのが、あの『無名不思議』のやつらが一番望んでることで、一番の痛手なんだ。それに専念するのが正解だ」


 半ばあきれたように言った。そして続けて、こう提案した。


「他のことは全部おれがやるよ。しょうがない。おれだって、『やつら』にはできるだけ痛い目を見てほしいしな」

「……助かる」

「それはおれにはできないし、あんたにとってもいいことだろ。まず何描きたい? やっぱりがた君を殺した、『こちょこちょおばけ』からか?」


 たずねた

 少しちんもくした後、けいは、ぼそりと答えた。


「…………全部」

「は?」

「全部。何もかも全部。全部描かないとえられない」


 その答えを聞いて、はぽかんと口を開いた。

 だがすぐに、引きつったように笑う。


「イカれてる」


 そして言った。


「でも、いいじゃん」


 ロックミュージシャンのような言いよう。ともかくそれで、方針が決まった。

 これから取り組むけいの画題は。


 ――――『学校の七不思議』


 きっと、けいの人生最後の画題。

 それからけいは、スケッチに取りかかった。きくと共に『ほうかご』をわたあるいて。ときおりの家を訪ねて、相談をしながら。


「あんたさ、来るたびに顔色が悪くなってるよな」


「あんたら二人だけでやってんだよな。他にだれかにたよれればいいんだけどな。『卒業』したOBとか。まあOBが『ほうかご』に入る方法がないんだけどさ」


「いま、助言くらいは受けられないかと思って、OB探してる」


「ネットでOBと一人、コンタクトが取れた。でもダメっぽい。『かかり』は基本イヤなおくだからみんなできるだけ関わりたくないし、大人が『ほうかご』のことをおぼえてられないみたいに、OBもだんだんと『ほうかご』のことを忘れていくんだってさ。早く忘れたいと思ってるやつの中には、卒業式の後に学校を出たしゆんかん、全部忘れるやつもいるって。それに、ずっと『ほうかご』にいる『ろうさん』よりくわしいやつなんかいないってさ。まあ、考えてみたらそれはそうだよな……」


 いつもボソボソとした早口で、態度もめいわくそうだが、思いのほか親身に、あれこれと考えて手をくしてしてくれる

 ずっと『かかり』からげ続けているせいでにんしきが甘いが、何とか『ほうかご』のウィークポイントやみちを探そうという思考を持ったちようせん的なと、たくさんの事例を知識として持っているが、そのぼうだいな悲劇に押しつぶされて保守的な『ろうさん』。方向性はちがうものの、どこか性質に似通った所のあるそんな二人を行き来して、それぞれから話を聞きながら、けいきくは、『ほうかご』のスケッチを増やし続けた。

 そして、部屋に並べる。

 並べたそれをながめながら、けいは頭の中で、パズルのように目まぐるしくならえる。

 その一枚で『ほうかご』を、できるだけ『記録』することができる〝画〟を探して。

 最もするどいちげきとなる絵を目指して。けいは日々を、そして自分の持つ全てを、ひたすらそれについやし続けた。

 日を追うごとに、徐じよに徐じよに、ほんの少しずつだが、けいはやつれていった。

 その小さな身体からだの内の、生命を燃やしているかのように。しかしそれとは逆に、日を追うごとにけいの目は力を増して、神仏の姿をかいようとするしゆぎようそうのように、時には爛らんと光を宿した。

 無数のスケッチに囲まれて、無表情に目だけを見開いて、部屋のはしに座るけい

 そんなけいを見守るきく。そんな日々がかえされる。週に一度の、〝〟のうろつく『ほうかご』には、きんちようや危険が何度もあったが、夏休みのあいだかえされるこの生活にはある種の安定があって、はたにはみようおだやかにも見える日々だった。


「……じゃあ、もりくん。わたし、そろそろ帰るね」

「うん? あ、もうそんな時間か……」


 この日も、そんな日がまた一日、終わる。

 そろそろ部屋に明かりがしくなる時間になると、となりの部屋で過ごしていたきくが、声をかけてかえたくをする。けいはそれを聞いて、日が落ちかかっていることにやっと気づいて、このめいそうじみた作業を中断する。そしてきくを送り出したあと、母親が帰ってくる前にこんせきを消すために、部屋を片付け始める。

 いつの間にか、そんなサイクルができていた。

 この日も作業をやめ、立ち上がるけい。立ち上がろうとして、ふらついた。あわててかべに手をついた。


「あっ……!」


 見ていたきくが、ふらついた本人よりもあわてて近寄ろうとし、スケッチをみそうになって、たたらをんだ。


「だ、だいじよう……?」

「…………ずっと座ってたから、足がしびれただけ。そっちこそだいじようかよ」


 転びそうになって、音を立ててふすまをつかんで何とかみとどまったきくに、けいは言う。きくずかしそうにする。けいは小さく笑う。


「……じゃあ、帰るね」

「ああ」

「ほんとに……だいじよう? 体の調子とか……何かおかしなこととか、ない?」

「なにもないよ」

「じゃあ……ばいばい。また、明日」


 きくが、小さく手をって、けいの家を辞する。けいはそれを見送った後、一人になった家で、自分の部屋の元の場所にもどり、またスケッチに囲まれて、座り込む。


「…………」


 じっ、と部屋をながめる。

 無言で、静かに。

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