ほうかごがかり 3

九話 ⑪

 やがて、顔を上げるけい

 キャンバスの数ヶ所に、色がられていた。

 数パーセントのしんちよくけいは絵筆を置くと、しばらくじっとキャンバスをにらむ。

 それからきくかえった。パレットナイフを絵道具の中から取り上げて、ズボンのベルトの後ろにばさみながら。


「次。見に行こう」

「あ……」


 ゆかに座りこんで、き進められる絵を見ているうちに、うとうとしていたらしいきくは、あわてて立ち上がった。


「行けるか?」

「う、うん!」


 そして、かたわらのほうきを胸に引き寄せて、言った。


「だっ、だいじよう。どんな危ないとこでも、だいじよう

「……行かないよ。わざわざそんなとこ」


 まゆを寄せて言うけいけい自身はかくを決めている。しかしだからといって、必要もないのにわざわざ危険をおかすつもりはなかった。

 死ねば、絵をき進められなくなるのだ。

 いざそうなってしまえば仕方がないし、『ほうかご』全ての絵をくなどという、そうなるだけのぼうなことをした自覚はあるが、だからこそ今は、余計なところでリスクをむつもりはなかった。

 自分への『無名不思議』のしんしよくに、けいはまだえられていた。

 げきれつしんしよくが来るかとかくしていたが、今のところは幸いにも、そこまでではない。

 それなら、少しでもこの状態を引き延ばしたい。

 だから、わざわざ危険な場所には行かない。

 なのだが――――


「でも、もし危険なとこに行くことになっても、だいじようだから」


 きくは、胸のあたりでほうきを、ぐっ、とにぎりしめて、気負って言った。

 人の役に立ちたいきくは、けいと二人だけになった今、やみかんになっていた。

 きくが危険をおかすことに、難色を示す人間は、もういない。きくの能力を気味悪がるかもしれない人間も、もうだれもいなくなった。

 だからきくは、もうだれの目を気にすることもなく、危険に飛び込もうとする。ずっと止められて、かばわれていた危険の中に、自ら飛び込んで、かくすしかなかった能力をだれにもはばかることなく使って、人の役に立つことができると。

 だが、実のところ。


 けいは、せいと同じく、きくを危険にさらすつもりはなかった。


 けいの絵に、彼女の協力は必要だ。だが彼女の望みには反して、けいはそれ以上の危険には彼女をさらす気はなかった。

 かばうつもりだった。パートナーとして感謝と情。しかしそれ以上に、それこそきくには不本意だろうが、せいが守ろうとした対象に、きくふくまれているというのが最大の理由だった。

 けいは、せいの使命をいだのだ。

 けいには、せいのように過保護にはできなかったし、するつもりもなかった。だが本人には何も言っていないし、言えばおこるか悲しむだろうが、きくを危険からできるだけ遠ざけるという方針は、明確に持っていた。

 きくは生き残らせる。

 自分が生きている限り。

 自分の命でえにできるなら、それで。

 だから、けいは――――きくには言わずに、ひそかに『テケテケ』の『記録』も作って、その『日誌』に


「行くか」

「うん」


 けいは、そんな思いを腹の底にかくして、きくをうながす。

 また、これからちやくさいする、別の場所を見に行くため。


「あっ……ちょ、ちょっと待って」


 そうして、二人で『開かずの間』を出たところで、きくあわてた声を出した。


「!? どうした?」

「えっと、これ、持って来ちゃった……」


 きくずかしそうに、で手に持っていた『日誌帳』を見せる。


「……確かにいらない」

「だ、だよね……」


 うっかり持ったまま出て来てしまった、明らかにじやになるだけの『日誌帳』。それを置きに、急いで『開かずの間』にもどきく。その背中を、けいあきれたように見守っていたが、思った以上に気を張っていた自分に気がついて、小さく息をいて、少しだけ笑った。

刊行シリーズ

ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
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