ほうかごがかり 3

九話 ⑫


「お前らー、こんなに気がゆるんでるってことは、夏休みは楽しかったみたいだな? よかったな。一応教えとくけど、お前らが長期休みでも、先生は別に休みじゃないからな。補習やら出張やら二学期の準備やらで、先生はつうに毎日出勤だったんだからな。少しは先生に感謝の心を持てよ。それから大人になったら一ヶ月以上の休みなんて二度とないから、今のうちにみしめとけよー」


 朝の会の開始時間になっても一部が私語をやめないクラスに向けて、担任のネチろうの説教が始まって、本格的に始まる新学期。

 そのかたすみにいるきく。始まった学校は、少なくともきくのクラスから見る限りでは、夏休み前と変わらない、へいおんそのものの学校だった。

 だが――――せいは死んでいるし、は消えている。せいのいたクラスは、中心人物だったクラスメイトの死という出来事に、明らかにざわついてあしっていたし、の存在は学校から完全に消えてなくなっていた。

 きくの新学期は、そうして始まった。

 はたには何の変わりもない新学期。しかしきくからすると、学校は明らかに、夏休み前とは変わってしまっていた。

 せいがいない。

 がいない。

 けいとの関係は深まっていたが、せいがいないせいで、学校で話すことはむしろ減った。

 そして――――夏休み前にはいなかったと思う『目に見えないモノ』が、休みが明けた学校には、

 元々霊れいかんのあるきくは、学校でも外でも、この世のものではない何かに人が近づいてしまっているのを見かけるたびに、それとなくはなすといったことを今までもしていたが、明らかにそうする必要のあるものが校内に増えていた。

 新学期になって数日して、きくが校内に危険な〝何か〟がいないかと、それとなく見回っていると、休み時間に一年生が、何人か校舎裏に集まっているのを見つけた。


「……なんの穴?」

「なにか見える?」

「見えない」


 かべに張りつくようにして口々に言い合っている、その小さな子たちの様子を見て、きくは思わずとなった。そこが『こちょこちょおばけ』のほんきよだったことをきくは知っていたし、何より子供たちが頭を寄せあうようにして熱心にのぞき込んでいるかべに、からだ。


「!」


 急いで『きつねの窓』を向けてかくにんすると、そこに穴が見えた。

 。そしてその黒い穴の奥から、じわ、とかびがった、つまさきちで穴をのぞいている一年生の目とれんばかりに近いと、それが見えていない様子の一年生。

 きくあわてて、その子供たちに近づいた。


「だ、だめだよ!」


 声をかける。おどろいてかえる一年生たち。


「あ、あぶないから、かべにイタズラしちゃだめ。先生に言うよ?」

「はぁーい……」


 きくの注意を受けて、立ち去る一年生。子供たちをはらったきくの背中に、視線を感じる。

 後ろには、校舎のかべしかないのに。『きつねの窓』を向けていないきくにはかべしか見えない。しかしどこから視線を感じるのかは、明らかだった。


「…………」


 そこに何がいるのかも、明らかだった。

 明らかに『無名不思議』が、昼の学校にみ出していた。

 元『かかり』の命を使った『学校わらし』の輪は、『無名不思議』が外に出ることをはばんでいる。だが小学校の中は〝輪の中〟だった。して育った『無名不思議』は、だんだんと学校に現れ始めるのだ。きくはそのことを知っていた。

 すでに『赤いマント』もそうなっている。

 いまやきくこわくて遠目でうかがうことしかできない、個室に赤いふくろが並んでがっている『赤いマント』のトイレは、なぜだか利用者が少ない。もくげきした子がいてうわさになっているのか、それとも見えてはいないがいやなものを感じ取っているのか、とにかくこのトイレは何となくけられていた。いつ見ても人がいないのだ。

 同じような現象を、きくはもう過去に経験していた。

 去年『かかり』のせいしやがだんだんと増えて、人が少なくなってしまった、後半にだ。

 減った『かかり』はじきにされて、同じ数の成長した『無名不思議』が現れて、学校をうろつき始める。去年の最後は、そうなってしまった学校をせいと二人だけで、ひたすら身をひそめるようにして、やりすごしたのだ。

 今回はずいぶん早くなった。

 せいは、そうならないようにしたいと願って、今度は防ごうと、あれこれ試みていたのに皮肉だった。

 今、また、取り残されるように二人だけになった。

 二度目。二人きり。命がけの『ほうかご』。今度はけいのことを手伝いながら。

 ただ――――


 そんな二人のじようきようは、意外なほど、安定していた。

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