ほうかごがかり 3

九話 ⑬

 二十二回目。二十三回目。二十四回目、二十五回目……ずっと『無名不思議』の絵をいているけいと、き進めるたびにかえしモデルを見に行って、そのたびに『きつねの窓』や見張りを手伝って、『かかり』として仕事をしている生活。

 そのかえしが、何だか安定していた。

 徐じよに徐じよに、少しずつじようきようが悪化を続けているのはちがいない見せかけだけの安定だったが、きくはその生活にある種の安定と、それからじゆうじつのようなものを感じていた。

 今のきくは、何の役にも立つことができない、ただ守られるだけの弱者ではなかった。

 役に立っていた。役目と能力が求められて、認められていた。

 おそれより、悲しみより、それによる喜びが勝った。

 きようと悲劇には、去年からの経験のせいであきらめとかくがあった。きっとけられないと。それならその過程には、喜びがあった方がいい。

 けいのお手伝いをする。

 そしてけいいつしよに、『ほうかご』につめを立てる。

 じんに死んだみんなのために、せいのために、そしていつかそうなる自分のために、『ほうかご』に少しでも仕返しをするのだ。いや、最終的にはそれもどうでもいい。きくけいのために何でもしようと思った。初めて自分を認めてくれたけいのために。

 死んだみんなのために、という思いはきくにもあったが、あきらめとかくのせいで、うっすらとしていた。

 だから、それはけいに任せる。この『ほうかご』というじんいつむくいたいという強い思いも、そのための手段も持っている、けいに。

 きくは、それを支えるかげでいい。

 それで幸せだった。絵を完成に近づけてゆくにつれて、どんどんへいしてゆくけいを支えながら、きくは思っていた。ずっと、このまま続けばいいのに、と。

 だんだんと、き進められてゆく絵。

 だんだんと、本人は何も言わないが、きっといているたくさんの『無名不思議』におびやかされて、弱っていっているけい

 いつか、終わりが来るだろう。

 もしかすると、すぐにでも。

 きくはそれを支える。少しでもけいの終わりを引き延ばそうと。

 一日でも長くけいに絵をいてもらおうと。そのためになら、きくは何でもする。

 だから。


「……またか?」

「ご、ごめんね」


 また、うっかり『日誌帳』を持ったまま出てしまったきくは、けいの少しあきれたような声を聞きながら、あわてて『日誌帳』を置きに、『開かずの間』にもどった。

 同じ失敗を、もう何度もやっていた。原因は簡単だ。けいが絵をいているのを待っている間に、きくも自分の『日誌』を書いているのだ。

 だから持ったままで、急に言われると、忘れて出てしまう。

 きくは『開かずの間』に、小走りにもどる。出てすぐにもどってきたきくに、『ろうさん』がいぶかしげにかえる。


「……なんだ?」


 きくはそのままって、『ろうさん』に『日誌帳』をわたした。


「これ……」

「ああ。またか」


 けいと同じことを言って受け取りながら、『ろうさん』は帳面をぱらりと開いて、中を流し見る。そして、さとそうとしているのか、それともあきれているのか、何とも判別のつかない苦々しい表情で、ぼやくように言う。


「まったく、キミらは」


 きくに目を向ける『ろうさん』。きくは何も答えなかった。ただ『ろうさん』に向けて、にこりとがおかべて、人差し指を一本立てて、しー、と自分の口元に当てて見せた。


「はあ……」


 ため息をつく『ろうさん』。

 それ以上は何も言わずに、目線だけで、さっさと行くようにとうながした。

 そして机の上に積まれていた他の『日誌帳』の上に、受け取ったきくの『日誌帳』を、ぞんざいに積む。


 『日誌帳』を。

 今年の『無名不思議』、七つ全ての『記録』のページと、その全てにけいと同じことをした『日誌帳』を。


 少しでもけいの助けになるため。

 少しでもけいに向かう『無名不思議』を引き受けるため。

 一日でも長く、けいに絵をいてもらうため。

 けいは生き残らせる。

 そしてここまでしたのだから――――


 この『無名不思議』のどれかによって。いずれ自分は死ぬだろう。

刊行シリーズ

断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
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