ほうかごがかり 3

九話 ⑭

 二十六回目。

 二十七回目。

 二十八回目。

 そして二十九回目の『ほうかごがかり』を終え、記念すべき三十回目。いつものようにチャイムと放送によって呼び出されて『ほうかご』に立ったきくは、それと同時に自分が、ことに気がついた。


「えっ」


 顔を上げる。そこは、自分が担当している『テケテケ』のいる教室。

 ろう側の窓をテープでふさいだ教室。ふさいだテープの間から、教室の後ろに子供たちが図画工作の授業でいた、たがいのしようぞう画が並べてってあるのが見える、いつも最初に目に入る教室だった。

 今は、『窓』をかいして見なければ、何の異常もないはずの教室だった。

 きくが、ふうじたはずの教室。

 その教室の、しようぞう画が。


 


 後方のかべ一面に、縦横に並べてられていただけだった絵が、いつの間にかちやちやに数をぞうしよくさせていて、完全に後ろのかべからあふれて、教室中のてんじようや窓やたなゆかや、黒板や机の板面に、おぞましく悪化した病変のように、おおって広がっていたのだった。

 絵が、教室内を、しんしよくしていた。

 そして教室をくし、

 すさまじい数にぞうしよくし、折り重なるように教室の中をくしていたそれらの、いびつで不統一に化された無数の目。それらがとこちらを、ろうに現れたきくの方を、いつせいに向いて、そしてぎようしていた。


「あっ……」


 かんが走った。とりはだが立った。

 初めて見る変化だった。絶対に、よくない変化だった。

 目が合っていた。かべうように広がった、無数の上半身の絵と。そしてかべってぞうしよくしたそれは、教室後方の出入口の、とびらすきからろうかべにあふれ出していて――――――



 しのと目が合った。

 画用紙の中のが、明らかにこちらへと向けて身じろぎした。

 動いたたんに、画用紙の下部でどうたいれてはなれた。その断面から、どっ、と大量の血があふれて、そして絵からろうかべに向けてこぼれ、カーテンのようにかべをつたって流れ落ちた。



 そして――――全ての絵が、そのしゆんかんに動き出す。

 人間の子供の上半身を模した何かが、絵の中からさなぎごうとするかのようにいつせいにみもだえし、引きちぎれた腹部から流血して、いつしゆんにして教室の中が、視界が、流れる血でいっぱいになった。

 、と紙をにぎってつぶす音がした。絵の人間が、画用紙のふちをつかむ音。

 あっ、ダメだ。そくさとった。下手くそな、あまりにもゆがんで化された、あまりにも原始的に人間を表現したから、きようれつしの、〝悪意〟を感じた。


「…………!!」


 思った。とうとうこの時が来た。

 顔が引きつった。ばくばくと心臓が鳴った。

 ここで、どうにかするしかない。きくは、手にしていたほうきを、おそれときんちようふるえながら、けいへの使命感だけを支えに、構える。

 が。


 


 かえった。えっ、と。

 そして絶望した。そこに見えた光景は、

 きくの背後の、教室の前側のとびらが、完全に開いていた。そしてそこからあふれだした異常な数の子供のしようぞう画が、ろうかべからゆかからてんじようまでを完全にくして、そこから何人ものしていて――――きくの足元にせまり、その先頭の一体が、きくの足首をしっかりとつかんで――――そしてきくを見上げて、目鼻口の造作のズレた顔面で、笑って、いや、わらっていたのだった。

 のうに、『テケテケ』の話がかんだ。



 追いかけてきた『テケテケ』につかまると、食べられてしまう。

 あるいは、まれたり、つかまれた場所が、くさってしまう。



 足首を痛いほど強くつかむ、明らかに人間の肉のかんしよくではない、紙ねんとゴムで生きた肉を再現しようとしたような『それ』の手のかんしよく。そんなまがものでありながら、しかし明らかに内部に血がかよっている異様なかんしよくに足首をつかまれて、動けないきくに――――手でゆかを歩くひたひたとした音が、教室の中で群れをなすのが聞こえた。


 ………………

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