ほうかごがかり 3

九話 ⑰

 つい先ほどまで、ふらふらとけんとうちがいに屋上を捜していたはずの〝〟が、けいき込みに集中して視線を外したそのわずかの間に、いつの間にか入口を照らす光の中に立って、真上にせているけいのことを、くうどうになった顔で



「――――――!!」



 、ととりはだが立った。ぽっかりとしたくうどうと目が合った。

 ぽっかりとした悪意があった。人間とは異質なちがう知能を持った、複雑な感情など持っていない、しかしそれにもかかわらず人間のふりをしようとしている、人間をしよくする生物の、ただただへいたんで空っぽの悪意。


 ばたばたばたばたばたっ!!


 いつしゆんの間の後、すぐさま〝それ〟は、けいに向かってった。

 けいがいる建物。今まさにけいせている、その建物の上に登るための、かべめ込まれた梯子はしごに、〝〟はぐにって、取りついた。

 上がってきた。梯子はしごを。おそろしい勢いで。

 顔のくうどうを、ぐ上に向けて、こんちゆうが人間の手足を動かしているかのような、どこか異様な動きで。


           


 まず最初に、くつ梯子はしごを上がる音が。

 そして次に、最初は聞こえなかった、もっと小さな音が――――


 


 と、梯子はしごをつかむ音が、建物の上の、けいに届く。

 やって来る。もうのない場所に。

 そのせまる音を聞きながら、息をつめて、梯子はしごのある方に目を向けて、目を大きく見開いていたけいは――――――


 とつじよ、筆をくわえパレットを持ち、さらにキャンバスをつかんで、

 そのまま化け物の上がってくる梯子はしごへとって、

 そして、


 

 足りない観察を、情報を求めたけいは、梯子はしごを上がってきた〝〟のかおを、至近きよ

 大穴の空いた、人間の顔面を。

 はだうぶまで分かるきよで。せまり来るそれと、れそうなきよで。


「…………っ!」


 その存在のに、全身の毛が逆立つ。

 おぞましさ。きよう。異常。不快。〝それ〟を見ている目と、空気をかいしてれているたがいのはだを伝って、体と心にきつけてくる感覚に、全身をかんがった。

 手がびてきた。のぞきこんだ、けいの頭をつかもうと。

 けいはそれを、自分の左手でかばった。手首がつかまれた。

 制服のそでごしに感じる、げるような強い力。そしてそこに感じたかんしよくは、冷たく体温の失われた、骨組みのまったねんのような死んだ肉のかんしよくだった。


「…………………………!」


 死とぼうとくが、そこにあった。

 引っ張られた。その力に、けいは反射的に、体を全面的にコンクリートのゆかにへばりつかせるようにして、体重とさつとを全力で使って、引き込まれないようていこうした。

 そして――――くわえていた筆を右手で持ち直し、絵を再開する。

 歯を食いしばって。引き寄せるうできようえながら。それでも今まさに間近で見ている質感と、きつけてきている感覚と、れているかんしよくを、ぜんれいをもって、目の前に置いたキャンバスに写し取っていった。


「…………!!」


 そうだ。これだ。

 これも足りなかったのだ。間近に見ること。れるかんしよく

 絵が完成してゆく。だが、ずるずると少しずつ、梯子はしごへ引きずられてゆく体。そしてけいうでを引っ張って、徐じよに徐じよに、けいのいる屋根へと上がってくる、〝〟。

 そして、


 


 とやがて。

 けいうでをつかんだのとは逆の、〝〟の手が、屋根のふちをつかんだ。

 そして――――


 


 と穴の空いた〝〟の頭が、屋根の上に。ふちから梯子はしごのぞいていたけいの顔の、れそうなほどすぐ横に、り上がってきた。

 かみれ、はだれそうなほどのとなりに。

 そして顔面の穴が、かじりつきそうなほど、けいの顔に寄せられて――――その穴の奥から人間のものではない息づかいのようなものを感じて――――けいがそのしんえんに目を向けた時、けいの左目に、


「!!」


 寸前に右手でかばった。だが明らかに目の表面をかすった。

 激痛。あふれ出すなみだ。閉じた左の視界が赤い。左目が開けられない。

 だがけいは、それを無視した。最後のピースをいま見たのだ。けいは左目を閉じたまま、顔のすぐ横に口を開けた顔面の黒い穴も無視して、なみだを流したままキャンバスに向き直ると、絵の中の〝〟のかおに空いた穴の、その奥にいた赤色の、そのさらに奥の真ん中に、

 だが、それがき終わらないうちに。

 すぐとなりの〝〟のかおの穴の中から、さらにえんぴつせんたんびた。

 それは、もうけいげられない、げないことを理解しているかのように。

 ゆっくりと、今度は外さないように、ていこうされないように、ねらいを定めて――――けいの白いくびに、えんぴつせんたんした。

 しゆんかん


「やめてっ……!!」


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