ほうかごがかり 3

十話 ①

 少し時間はさかのぼって。

 まだだれも来ていない『開かずの間』。その部屋のとびらが、ノックもなく開かれて、無言で姿を現したのは、きくだった。


 ――――血まみれだった。


 広がる血のにおい。もんいき

 傷だらけだった。とびらを開け、そこに立っていたきくは、むき出しのりよううでちようこく刀でったような深く長い傷が何本も口を開けていて、持っているほうきも、身につけているシャツもスカートも、ぐっしょりと赤黒く血でよごれていたのだ。

 血は顔まで飛び散り、代わりに顔色は血の気を失って、そうはくになっていた。

 失った血はうでをつたい、ばんそうこうだらけの足をつたい、服をてらてらと光るほど重くらしていて、重力に引かれて、うでや、ほうきや、乱れたシャツのすそや、スカートのすそから、ぼたぼたとゆかにしたたっていた。

 ひどい出血だった。中でも特にひどいのは、右手で押さえているわきばらだ。

 スカートからすそが出るほど乱れたシャツの、その腹部は、押さえた手の下にあるのだろう大きな傷からの出血をほうするほど吸って、もはや見た目の質感が、布地か血かも分からないような状態になっていた。


「…………」


 きくは、そんな状態で、苦痛にあぶらあせかべながら、部屋の中を見る。

 苦痛にまゆを寄せながらも、その苦痛をとおした冷静な表情。そんなきくを『ろうさん』はゆるりとかえり、そしてわずかに、顔をしかめた。


「……とうとうキミがうっかり作った、例のごくのフタが開いたみたいだな」


 そして言った。


「見た感じ、下半身を取られかけたな? 『テケテケ』は一説では、なくなってしまった自分の下半身を捜してるんだそうだ。体の一部がない点が同じ都市伝説の、『カシマさん』と混同が起こったかららしいけど、『カシマさん』はそうぐうした人間になぞかけをして、自分がなくしたのと同じ体の部分をうばって殺すおんりようだ。運がよかったな。『テケテケ』がうばう予定だったキミの足を傷つけなかったから、キミはその足でここまでげてこられた。がたくんの置いていった救急道具があるから、それで応急処置して時間まで待ってれば、もしかすると助かるかもしれない」


 そんな『ろうさん』の提案に、きくはうなずかなかった。提案に対しても何も言わず、ただ代わりに『ろうさん』に、ひとつたずねた。


「……?」

「まだ来てない」


 答える『ろうさん』。

 その答えを聞くと、きくはふらつきながらもきびすを返し、ろうもどって行こうとした。足元には、雨のような血のあと。そんな状態でどこかに行こうとするきくを見て、皮肉屋なふるまいをしている『ろうさん』も、さすがにあわてた。


「おい、どこ行くんだ! そのままだとさすがに死ぬぞ!」

もりくんを……助けなきゃ……」

「はあ!?」


 きくの答えに、『ろうさん』は声をあららげた。


「人のことなんか気にしてる場合か!?」

「絶対……いま、もりくんも大変なことになってるから……行かないと」


 つぶやくように言って、きくは動くたびに走るうでと腹部の痛みに顔をゆがめながら、ほうきの先を引きずって『開かずの間』を去る。


「おい!」

「ごめんね」


 後ろで『ろうさん』の呼び止める声がしたが、それだけ言い残す。言うことは聞かない。聞けない。それどころではない。きくはここにおくれて来たのに、まだけいが来ていないということは、自分がこうなったように、けいにも何かが起こったのだとしか思えなかった。

 そのわくは、痛みと出血でもうろうとしつつあるきくの意識の中では、ほぼ確信のようになっていた。足にらしいがないことが、確かに『ろうさん』が言うように、幸運だった。まだ歩ける。急ぐことができる。少しだけ予感がしていたのだ。今日の午後に。今日、下校した後のきくけいが、の家に行った、その時にだ。

 せいからぐことになったという、けいの絵の売り上げを使って、がネットの通信はんばいで注文した絵具えのぐを受け取りに行ったのだ。その時に、受け取った箱を開けて、中身を出しながら検品していたけいが、不意にぼそりと言ったのだ。


「…………もしかすると、次でき上がるかもしれない」


 そのつぶやきに、きくも、それからいつもそうしているように部屋に人を上げたことでごこわるそうにしていたも、思わず顔を上げた。


「!」

「……マジか」

「うん。その可能性があるところまで来た」


 けいは少しだけ二人の方に目をやって、うなずいて見せた。そして目をもどし、分類した絵具えのぐを自分のリュックサックにしまいながら、静かに淡たんと続けて言った。


「いけるかもしれない、くらいだけど、ようやくそこまで来た。次で全体が完成しなかったとしても、その次にはいけると思うし、いくつかの部分は絶対次で終わる。最悪でも『こちょこちょおばけ』は、次で絶対に終わらせる」

「……!」

「おおう……」


 その宣言に、きくおどろく。特にきくは、なおに目標の達成が見えたことを喜んだ。夏休みからずっと、二人でやってきたのだ。

 悲願だ。せいと、を殺した『こちょこちょおばけ』へのかたきち。

 それから『無名不思議』と、『ほうかご』全てへのはんこう

 それが目の前に来た。がんったがあった。

 だが、そう思いながらもきくの意識の奥底には、同時に何かモヤのような、うっすらとした不安感のようなものがいたのを、否定することができなかった。

 そして、そんなきくの不安感を。

 最初、いつしゆんきくと同じように感心しかけたが、まるでこうていしたかのように、すぐに思い直した様子で首を横にり、表情を苦々しいものに改めた。


「……いや、さすがに、このまますんなり終わる気がしない」


 言った。


「なんかいやな予感がする。おれのかんは当たるんだ。今日の『かかり』は気をつけた方がいいと思うぞ。絶対、あいつらはただやられてくれたりはしない」

「…………」


 が言語化したそれは、きくの奥底の不安感と、まさに同じものだった。

 もしかすると明日にでも何かが起こってついえるかもしれないと思いながら、それでも今までやって来たことが、実を結ぶ目前になったという希望。

 そんな大きな希望の奥底で、同時にがる不安。

 のうかんだのは、以前、『ろうさん』が言っていた言葉だった。


 ――――たぶん『やつら』は、子供の未来とか希望みたいなのをう。


 いだいたこの希望に不安をかかえながら、それでもこの道を進む以外に道はなく、きくはそのまま夜をむかえて、十二時十二分十二秒のチャイムを聞いたのだった。

 そして。



「………………っ!」

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