ほうかごがかり 3

十話 ⑤

「……もり君か」


 気づいた『ろうさん』が、かえってけいを見た。めずらしく少しあせっている『ろうさん』は、めずらしくけいの方をぎようし、けいの近くにだれもおらず、一人だけだということを見て取ると、あせった様子のままけいたずねた。


どうじまさんは?」

「……」


 けいは、だまって首を横にった。

 無表情に。それを見た『ろうさん』は、全てを察した様子で、天をあおぎ、忌いましそうに片手で目元をおおった。


「……だから言ったんだ……!」

「なあ、聞きたいことがあるんだけど」


 けいは、対照的なくらいに淡たんと、『ろうさん』に問いかけた。


「ここで死んだ人間を、めずに放っておいたら、どうなるんだ?」

「…………分からないよ。僕はここから動けないんだぞ」


 目元を手でおおったまま、いらたしげに、それでも『ろうさん』は答える。様子はそれどころではなさそうだが、それでも義務を果たそうとするかのように、説明だけはよどみなく、口からつむぎ出される。


「ただ、ぜんめつした前の年の最後の『かかり』の死体が、次の年に残ってたって話は聞かないから、消えるのか化け物に食われるのかは知らないけど、リセットはされるらしい」

「そっか」


 それを聞くとけいは、部屋のすみへと歩いて行って、たなすきに手を入れて、そこに押し込んであった長い木の板や棒をいくつか引きずり出した。

 それは歴代の『かかり』が、見つけたり持ち込んだりして〝墓標〟用にストックしてあるもので、けいたなに置いてあるひもと合わせて二本のじゆうを作ると、自分であぶらえのでそれぞれ名前を書き込んだ。


 どうじまきく

 じま


 と。

 それらを少しながめた後、けいは二人の名前の横に、西洋の古いごう本にあるような、小さなそうしよくの模様をき加えた。

 花と。

 小鳥を。

 それをかざつたと葉の植物の模様を。ちゆうからその作業をだまって見ていた『ろうさん』は、どこか気落ちしたような、しんみような顔でかくにんした。


「……二人のお墓か。めるのは……キミ一人じゃ無理だよな」

「無理。だからこれだけ立てる」


 けいは、『ろうさん』の方を見ずに答えた。


「リセットされたら、この世に、この二人のためのものがなくなるから」

「まあ……そうだな」


 けいの言葉に、『ろうさん』はそう応じたが、けいは目も合わせずに荷物を背負い直し、キャンバスとイーゼルに加えて作ったばかりの二本の墓標もかたにかついで、そのまま『ろうさん』に背を向けた。

 そして言った。


「じゃあ。会うのはこれで最後かもな」

「……は?」

「さっき分かったけど、たぶん『記録』が完成しそうになった『無名不思議』は、こっちを殺しにくる。僕はこれから絵を仕上げに行く。だから最後かもしれない」

「は!?」


 おどろく『ろうさん』の声。それに背を向けたまま、けいは『開かずの間』を出る。


「おい、待てよ!」

「じゃあね」


 とびらを閉めた。


「おい!」

「ごめんな、早い終わりで。たぶん僕がいたからだ。いつか、だれも死なない『かかり』になる日が来るといいな」


 言い残す。多分、自分のせいなのだろう。さっき屋上で思った。きっとけいがいたから、けいが絵がけたから、そしてけいが『ほうかご』のスケッチを続けていたから、『やつら』はこんなにも早く育って、けいたちはこんなにも早く死んでゆくのだろう。


「……キミらは! そうやって、いつもいつも!」


 部屋の中から、とびらしに『ろうさん』の声。


「いなくなるなら、僕をきらえよ! やさしくするなよ! どいつもこいつも、なんで僕に謝るんだよ! 死ぬのは僕じゃなくて、キミらなんだぞ!」


 そのり声を背中に聞きながら、けいは立ち去る。これでお別れだ。もうもどってるつもりはない。

 最初こそもちろん反感があったが、こうなってみると、けいは『ろうさん』を別にきらってなどいなかった。いくらかの同情もあった。彼のじようきように。死にゆくけいたちと、残され続ける『ろうさん』。どちらがマシなのかは、分かったものではなかったけれども。


「…………」


 そしてけいは、一人、ろうを歩く。

 ひどく静かな足取りで。すっかり慣れたかいをして、そしてげんかんから外に出て、真っ暗闇やみの空の下、グラウンドに足をれる。

 みすぼらしい墓標の立ち並ぶ墓地と化したグラウンドで、けいは一度イーゼルとキャンバスを置くと、そこにしてあった、いつだれがそうしたのかも分からないスコップを一本引いた。そして体格に合わない大きさの、いくつのけつったのかも知れないそれで、あやとイルマの墓標の近くに二つの穴をって、そこに新たな墓標を立てた。

 きくと、

 けいは、少しのあいだその二つを見下ろすと、またスコップを地面にして、イーゼルとキャンバスを背負い直し、正門まで歩いた。

 門のてつごうの向こうに、たおす子供の死体。

 の死体。門の外を取り囲んで並ぶぼうれいの足元に、うつせに、ちからきたようにたおれているそれを、けいはしばらくのあいだじっと見つめ、やがて背を向けて、イーゼルとキャンバスをまた一度下ろし、そこに立つ校舎を見上げた。


「…………」


 黒い空を背に、あつとうするようにそびえる、校舎。

 それを見上げるけい。不気味でせいひつだった校舎は、いまこうして見上げると、あつ的できよだいな群体めいた、生命の気配をうずくように放っていた。けいへと向けておおかぶさらんばかりの、その存在としての情報量。それにけいはさらされて、まいを起こすかと思うほどだった。


 


 と音もなく、後者は、けいを見下ろす。

 たぶん学校が、目を開け、そして、口を開けていた。

 学校と、それからこの『ほうかご』という空間の全てが、口を開けていた。その内に『無名不思議』という異常な存在を内包した、この空間という形をした〝生き物〟が――――人間が知っている生き物というがいねんからはかけはなれた〝存在〟が――――いまけいらうために目と口を開けているのだと、人間からはそうとしか表現できない変容をしたのだと、けいは、なおな子供とたくばつきという二つの感性をあわった五感で、そうにんしきした。

 窓という窓がきよだいな目で、その無数の目によって、見下ろされているかのような感覚。

 いや、もっと正確にたとえるならば、この『ほうかご』という存在の、人間で言うならば視覚に相当する知覚が、いま校舎の中を完全に満たしていて、それが窓を感覚器としてぼうだいに放射され、それが今まさに自分をとらえているのだという、うぶが逆立つような感覚。


「……」


 あつとうされ、あせかべてそれを見上げながら、ふと、くびに手をやった。

 血でよごれた首筋。そこは屋上で〝〟におそわれた時に、された場所だった。


 

刊行シリーズ

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