ほうかごがかり 3

十話 ⑦


「……っ!!」


 自分の担任している児童が死んだ。

 そんな悪夢を見て、小学校きようの『ネチろう』ことすみろうは、自宅のしんしつで、全身にあせをかいて目を覚ました。

 開けた目に、常夜灯の暗いオレンジ色の光。

 たった今まで止まっていたにちがいない、苦しい呼吸。あえぐようにかえして、ばくばくと心臓が鳴る、胸の中の苦しさがやわらぐまでの間に、額と胸にびっしりとかいたあせが部屋の空気で冷やされ、張りつくような冷たいかんしよくに変わってゆく。


「…………!」


 そしてやがて、がばっ、ととんから身を起こした三角が、真っ先にしたのは、まくらもとの読書灯のスイッチを入れることだった。それからかたわらに積んである仕事の本や書類の中からクラスめい簿を引っ張り出して――――目が覚めてもなおはっきりとおぼえている、夢の中で死を告げられた、生徒の名前を探した。

 三角はこの学校ににんしてから長いが、どういうわけかにんして以来、年に一度か二度、必ず同じような悪夢を見る。自分が学校らしき場所にいて、自分が担任している児童が死んでしまったと、しかもひどい死に方で死んだと告げられる夢だった。

 この夢のせいで、三角は生徒と仲良くなるのが苦手だ。

 必要以上にきよが近くなることにきようを感じる。だからそれとなくはなし、大人げないいやな先生としてっている。

 それでも、夢は変わらずに見続けている。

 きっかけと思えることが、ある時もあるし、ない時もある。

 ただ今回は、理由に心当たりがあった。夏休み前に学校で児童の死亡事故があって、おおさわぎになったのだ。

 重傷者と死亡者が一人ずつ出た。えんぴつさったさんだった。何があったのかは、子供同士のことで、しかも当事者以外にもくげき者が出てこなかった上に、残った一人の言うこともさくらんしていたため、正確なところは分かっていなかった。

 だがおそらく、争いがあったのだろうということが分かっている。えんぴつで校舎のかべいたずらをしようとした児童と、それを注意した児童とのトラブル。事件か事故かは判明していない。片方は、最近は落ち着いていたが乱暴者とされていた児童。もう片方は、非の打ちどころのない優等生。

 あまりにもショッキングなので、かんこう令がかれている。

 夏休みの間じゅう、会議、会議、対策と、担任ではない自分もぼうさつ状態だった。

 今もまだ、平常にはもどっていない。今日の悪夢は、それへの精神的な積み重ねが、ここにきて現れたのだろうと思われた。

 だから、例年よりも早く見たのだろうと。きっとちくせきしたストレスのせいで、こんな夢を見るのだ。いつもはもっとゆっくりとちくせきして、三学期に入ってから見ることが多いので、自己診しんだんでしかないが、そう予想していた。

 何度見ても、慣れることのない悪夢だった。

 そのたびに三角は、全身にいやあせをかいて目を覚ます。呼吸はあらく、ばくばくと心臓は激しく脈打ち、夢の中の自分が、激しいショックを受けていたことが分かる。

 そして、目を覚ました自分もだ。

 ショックを受けている。社会人になってすぐに教職にき、もう五十歳を過ぎた教師としての生活。見知った児童のほうれたことは一度や二度ではないが、幸運なことに、自分の担任している子供が死んだという知らせを受け取ったことは、まだなかった。

 だが定期的にこんな夢を見るということは、せんざい的におそれているのだろうか。

 シチュエーションはいつも同じだ。自分はなぜか子供のころの自分で、それは子供のころに学校の『開かずの間』に置き去りにされた自分で、そんな自分がどういうわけか大人の自分が担任している子供が死んでしまったと、別の子供から伝えられる。

 子供のころの三角が、この小学校に通っていたころからある『開かずの間』。

 しきも校舎も改築される前の、今のような形ではなかったころの話。当時からそこは『開かずの間』で、中がどうなっているか知るはずもない。

 しかし夢の中の三角は、そこが『開かずの間』であることを知っていて、そこにいる自分は子供のころに、過去の夢の中に取り残された半身のようなものだとにんしきしている。そんな子供の自分が、大人の自分の教え子が死んだと教えられるのだから、じようきようも時系列もちやちやなのだが、それを聞いた子供の自分は、激しくショックを受ける。

 そして目を覚ました大人の自分は、夢の中のどうようをありありと引きずったまま。クラスめい簿を出して、夢で聞いたばかりの名前をかくにんをするのだ。

 もう十年近く、ずっとそうしていた。この学校への赴任は二度目だが、前の時から。

 そして、今日もまた同じことをしている。やがて三角は、クラスめい簿かくにんを終える。そして今回も大きくあんの息をき、胸をなでおろす。


「…………はあー」


 よかった、と。いつもそうするように。

 分かってはいた。だが分かっていても、かくにんしてしまうのだ。

 あまりの夢のリアルさに、その感情のリアルさに、ついめい簿かくにんしてしまうのを止めることができない。夢の中で告げられた、死んだ子供の名前がめい簿っていないか、いつもかくにんしてしまう。今まで一度だって、夢で見た名前が、めい簿にあったことなんてないのに。


 


 三角は今までいくとなくかえした大きなあんの息をくと、かくにんし終わったクラスめい簿を書類と本の山にもどした。

 そして夢のせいでひどくしようもうした心身を、再びとんの中にもぐり込ませて。

 もういちどねむりにつくために、そして全てを忘れるために、とんから手をばして読書灯のスイッチにれて、パチン、とその明かりを消した。

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