ほうかごがかり 3

十話 ⑪

 ささやく、『まっかっかさん』の声。血のにおいがした。かれたのどから流れ出している血のにおいが、ささやき声と共に、耳元でただよった。

 こしのあたりに重みを感じた。

 こしの後ろの、ベルトの内側。そこにるすようにしてはさんだパレットナイフに、なぜだかみように意識が向いて、そのがれた鉄のに重みが増すような存在感を感じた。


 


 と言わんばかりに。

 そして、その切っ先で自分ののどけ、と言わんばかりに。


「…………っ!」


 それを必死に、はらうように無視して、必死に校舎をぎようした。

 あせり、その間にも時間が過ぎたが、どれだけ探しても、何も見つけることができなかった。

 校舎はただ、きよだいかげのように、立つだけ。

 けいみした。強く、強く思った。



きつねの窓』があれば……!


 あの子が、きくが、ここにいれば。

 見つけることができたかもしれない。すぐに。そもそもそれ以前に、まず絵の完成までに、これほどの時間はかからなかったはずなのだ。

 今まできくの存在が、どれだけがたかったかを思い知った。できるだけ考えないようにしていた事実だった。あそこまでけいのために身を張って、さらには命まで失ってしまったきくに、まだたよろうとするなんて、あまりにもはじらずに思えて考えないようにしていた事実が、いま強く身にみた。

 きくがいたから、ここまで来れたのだ。

 そのきくを失った。このままでは、絵を完成させることはできないだろう。

 近づく四時四四分四四秒。このまま目を覚ますわけにはいかない。だとしたら。


「……!」


 かんだ。最後のせんたくが。けいが『ほうかご』で死ぬための、最後のせんたく――――『まっかっかさん』がけいにささやき続けているが、にわかに生々しい現実味を帯びた。


 ――――わたし、役に立ってる?


 不意にきくの言葉が、のうかんだ。

 けいと二人でいる時に、くちぐせのようにかくにんしていたきくけいこうていすると、うれしそうに、はにかむように、ひかえめに笑っていた。


「……ああ。役に立ってたよ。すごく」


 けいおくの中のきくに向けて、小さな声で言う。

 きくがいなくなったたん、このざまだ。けいは、あきらめてかくを決めた。

 がしゃ、と音を立てて、けいは、絵筆とパレットを地面に落とした。

 パレットナイフをにぎるためだった。ここで死ぬためだった。

 背中に『まっかっかさん』の笑い顔を感じた。目を向けず、くちしく校舎を見上げた。

 あんなにがんってくれたのに、だった、ごめん。けいは口の中で謝ると、せめて最後の別れにと、たおれたきくを置いたままの屋上に向けて――――――二人で絵の構図をとる時にいつもやっていた、人差し指と中指を合わせてばす、けい独特の三本指で作る窓を、けるようにして作った。

 


 けいの作った窓に、


「!?」


 いきなり音もなく、頭の後ろから、背中からくように二本の白いうでびてきて、四角形を組んだけいの手に指をからめたのだ。そして息をみ、どうもくしたけいの目の前で、そのは『きつねの窓』を作って――――――



 ――――――――

 ――――――――――――!!



 しゆんかん、神社のすずの音が、耳と頭が割れそうなだいおんじようで世界にひびきわたった。

 それはけいの目の前で作られた、『きつねの窓』の向こうにが見えたしゆんかん、そこから学校のチャイムのように大音量であふれ出し――――――そしてそのままガラスを割るように、周囲の景色をいつしゆんにして、小さな『きつねの窓』の向こうに見えた景色と同じものに変えてしまった。


「え……」


 見えたのは、そして現れて広がったのは、あまりにもきよだいな『たそがれの森』だった。

 世界が真っ赤になった。目玉と脳がけそうな赤い赤い夕焼けが空を一面にりつぶし、そしてその下に真っ黒な森がしげり、黒くて暗くて深いきよだいで広大な山のりようせん彼方かなたに延びてひろがっていた。

 地面は白く、一本の白い道が、黒い森を割って、彼方かなたへと延びていた。

 そしてそこには一本の鳥居。大きな鳥居が、赤く赤く夕焼けよりも赤く道の真ん中に立っていて、そしてその鳥居には、黒くシルエットになったが、ぶらりと太いひもるされていた。

 そして、ひもでくくられた子供の死体の首には、大きな大きな丸いすず

 神社の正面にるされている、あの大きな丸いすずが、ふたつ首にくくりつけられて、子供の死体がれていた。

刊行シリーズ

断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
ほうかごがかり3の書影
ほうかごがかり2の書影
ほうかごがかりの書影